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MEMORIA

新津康陽


約 4844

 ―雪の章―

いつまでも、空を見ている。お前には羽も翼もないと知ってて。

鉛筆の芯が折れる、折れる、折れる。書けない君への手紙の文字。

二人でいても寂しいから。いやきっと、誰といても寂しいのだと。

 

『六月の桜』

ふるさとの雪の便りが聞こえてくる。
この街で根雪のない僕の冬が始まる。

 

『冬の手紙』

その日。
空が良く晴れていたから、僕は貴女を逃してしまった。
窓を開けた瞬間、貴女は天へと帰ってしまった。
手紙を書くと言い残して。

ナナカマドの葉が落ち、実だけになる頃、
六花(りっか)の手紙は降りしきる。
けれど僕には読めない文字ばかり。

 

『冬晴れ』

今日も冬晴れ。
雪は降らない。
毎度毎度のこと。

あの人の携帯番号は、
光ることはない。
毎日毎日のこと。

いつ削除しようか?
いっそ今度の吹雪に。

今日も冬晴れ。

 

『根 雪』

貴女は私に六花(りっか)の手紙を読んでくれる。
恨みも憎しみも昇華された言葉を読んでくれる。

そんな夢を見たのは根雪になった朝のこと。
踏みつけられた雪は恨みと憎しみとを固く閉じ込めている。
貴女に許されることはないのだろう。
春が来ても。

 

『鳥は飛ぶ』

大きな羽根の音、鳥の群れ。

渡りの夜。
転んでいた自分に、一瞥して去っていった鳥の群れ。
何があっても鳥は飛ぶ。
飛ばない鳥は闇に消えるだけ。
転んでいた自分も起き上がらなければ。
「さようなら」と改めて口にして君と決別し、
自分も明日(あす)を飛ぶ。

『be was were been』

散っているのは白い花びら。
吹雪のように白くたくさんの花びらが自分を埋めていく。
心地よい香り、
冷たさも痛みもない感覚の中に、
自分がすっかり埋もれた後、
茶色く花びらは腐り落ち纏わりつく。
泥海に沈んだと気付いたのはその時。
泥海にいたのだと気付いたのもその時。
全て「既に」。

 

『手は笊に似て』

僕は人を愛していない。
そうして此処まで来た。
愛していないのではなく、
愛せないのだ。
なのに、
誰もが望んでやまない、
愛という名の水が溢れる泉を僕は知っている。
けれど、
掬った掌は笊に似て、零れ落ちる、必ず全て。

 

『物理的』

「一人に慣れたように見えても、会って自由に話せる人は、今は誰も居ないのだと。」
ふと気付く時がある。

それは言えない重さ。
それは見えない重さ。

綿1KGも、鉄1KGも、
同じことだと知っていても、
寂しさの重さが変わる訳でもない。

物理的な諸々のもの。
文字に表してもただそれだけのこと。

塩1KGなら、
一晩雨に打たれればそれでいいのに。

 

『ダイレクトメール』

いつものように深夜、ドアを開けると、
店でマスターが一人、酒を飲んでいる。
しばらくご無沙汰したままの、その店。

不意の知らせが友から届く。
辿り着く結末は見えていた。
今更、現実がわからない年でもあるまいが、
その後、灰になる日、僕は友の誘いを断った。

まだドアを開けるとそこに居るのだ。
ただ、しばらく足を向けていないだけだ。
ただ、しばらく顔を出していないだけだ。
閉店のダイレクトメールは未だ見ない。

『受胎告知』

生まれる時にあまりに多くのものを違(たが)えてきた。
それらを隠しながら生きて来なければならないから、吹雪の道を歩き、仲間を求める時もあるわけだ。

統計学が描き出す凸の字の端のほうにいることを知ったのは、わずか十年後。
キリストではないけれど、磔には適した漢字。
その磔のままただ半世紀。
まだ半世紀。

 

『恋 唄』

誰も何も伝えてはくれない。
当たり前のことをわかりもせずに、
僕はただ君を信じていた。
君の言葉を信じる以外何ができたのだろう。

言霊はいないとわかったあの日。

今宵独り、歩きながら唄でも歌おうか。
月の下で、悔やみながら唄でも歌おうか。

下弦の月が聞いている。
川面の月が揺れている。
唄はいつしか嗚咽に変わり、
橋の彼方でただ木霊している。

―月の章―

理由などなかった。また気がつけば朝焼けの道を歩いて帰る。

寂しいと最初に言った方が負け。月は独り、僕も独り、今。

僕は、風に揺れる月を見ている。未だに砕けてこぼれる光。
 

『猫の目』

「誰を恋うも恋わざるも自分の自由。
愛するも信じるも全て自分の自由。」

お前は確かに言い切った、
俺の言葉を切り捨てて。
引いては返す潮(しお)の中を、
お前の言葉は漕ぎ出した。

今夜も月は、猫の目に似て。

 

『月冴ゆる』

折角の満月を僕は君と見損ない、
一人ホームで電車を待つ。
明日(あした)、月は下弦に向かい、
君の横には誰が立つ。

見損なった満月。
人の群れ。
もう思い出してはいけない。

電車に乗り込み一緒についてくるのは、
君と見損なった満月。

 

『寒 月』

靴音が聞こえる。
その角を曲がれば、まだ間に合うと思っていた。

靴音も人影も既になく、
影踏みの苦手な自分が相変わらずそこには居る。

誰も彼もが「思い通りに行かない」ことを、
誰も彼もが知っているのに、
何も彼も「忘れたいんだ」と、
何も彼も失くした部屋へ、
一人眠りに帰る。

 

『空は満月』

君の言葉の後ろに何があるのか、
僕は未だにわからないから。
空は満月。
君の落し物を見つけたくないんだ。

君は旅先で雨だと言ってたあの日。
TVでは晴れだと言ってたあの日。
満月の光の中で、
君は僕に落し物をした。

満月は下弦に向かい、また戻り来るけど。

 

『三日月』

君と見た明け方の三日月は、
細く鋭く薄曇りの向こう。
二人新宿駅への陸橋を渡る。

眠くて仕方のない君は、
電車の中ですっかり眠りこける。
僕は電池の切れそな携帯を握りながら、
降りる駅を見張っている。

「またね」
と言いながら僕は先に電車を降り、
聞きそびれたアドレスと携帯番号をあきらめる。

欠けた月もやがては満ちて、
また君と会う日も巡り来るから、
今は静かに三日月を見つめている。

 

『真冬の月』

君が言葉を話す度、幾つもの意味が零れ落ちる。
僕が言葉を話す度、幾つもの意味が零れ落ちる。
それでも互いに今日までやって来れたのだけれど、
今夜の月は僕等の言葉の意味を掬い取る。

零れ落ちるその意味を君は知っているのか。
零れ落ちるその意味を僕は知っているのか。

月はもっと輝き息よりも白く残酷なほど凍てつくものだ。
凍えぬ君はそんなことさえ想像の中でも知りはしない。

 

『錯 覚』

君が今見ている月は、
僕が今見ている月と、
同じ月ではない。

君が今話す言葉は、
僕が今話す言葉と、
同じ言葉ではない。

月も言葉も違うから、
何が伝わったのか、君に。

空に一つしか月はないのに。

 

『月の裏』

月の見事なまでの自転周期と公転周期の一致。
昨日(きのう)、君が僕を呼び間違えた人の名前は誰。

 

『新月の夜』

それは新月の夜。

「さよなら」の一言だけ交わし、
君は別の誰かの家へ帰る。

僕は「君」の家へ向かう。
君の知らない「君」の家へ帰る。

互いの秘密を月は見ない、今夜だけは。

 

『Blue』

本当に一番好きな人は誰?
月だけが僕を見ている、銀色の光で。

本当に一番愛している人は誰?
銀色の光は雪を照らし僕を孤立させる。

轍から抜け損なった車のように、
月の光から抜け損なった自分がいる。

本当に一番愛せる人は誰?
僕は何も言えない。
月はただ銀色に光るだけ。

 

『月下点』

月を見るのは、
月がいつも僕を見ているからだ。
寂しがっているのはあの白い月。
細い銀の光で僕の眼を呼び覚ます。
そして僕は月の光と対面する。

たった一人の恋人よ。
誰も裏切らないから。
あの人と違って。

 

―花の章―

閉まりかけた扉の向こうは記憶の森。貴方がまだ笑っている。

潮風が頬を撫でる。忘れてもいい頃だと。もう海には来ない。

切なさは、記憶の底で風に溶け、木々の葉裏をまた揺らしてる。

 

『記憶の意味』

思い出せないことと、
思い出してはいけないことと。

何を僕は思い出したのだろうか。

君。
君の泣き顔。
別れの情景。
思い出したことが僕の罰なのだろうか。

あれから僕は道を踏み外し、
未だに何処を歩けばいいのかわからず、
硝子の道で立ち止まっている。

 

『月の石』

アポロが持ち帰った月の石は、
誰も触れることはできない。

去っていった君に、
僕は触れることはできない。

月の石なんて月に行けばゴロゴロと転がっているのだろうに、
なぜ君は、そこかしこにいないのだろう。

時折、誰もが君に見えてしまうのは、
まだ僕が「僕」のままだからなのだろう。

この「僕」に別れを告げられず、
未だに戸惑い続けている。

 

『バベル』

君は「さよなら」と言う。
僕にはわからない。
ただ音だけが伝わる。
まるでバベルの塔が崩れたかのよう。

君は「愛してる」と言った。
君は「愛してる」と言った。
君は「愛してる」と言った。
それだけが記憶の全て。

君は「    」と言う。
僕にはもうわからない言葉で。
塔とともに君も崩れ去り、
僕は言葉の通ずるものを探し始める。

 

『たそがれ』

君の訛りが今は嫌いだ。
誰ぞ彼(たそがれ)
君はとうに僕に使わず。

 

『消失点』

橋の真ん中で河の上流を見る。
消失点にまた橋が架かっていて、
その橋でも、
また同じ光景が見えるのを僕は知っている。

「さようなら。」
何度も繰り返す光景。
なぜ、一度しか言ったことのない台詞だけが
残る。

「さようなら。」の景色の消失点には、
また新しい「さようなら。」の景色。
今も橋のように架かっている。

 

『眠りし者』

どうして君は「別れよう」と決めたんだろう。
どうして僕は頷いたんだろう、あんなに素直に。
「別れよう」と言いたかったのは、本当は僕だったのかもしれない。

自分の心の奥底に眠る本当の自分。
僕でさえわからないのに、
貴方は何も答えず、ただ笑って見つめている。

 

『おやすみ』

明日(あす)が今日の続きだと、
誰もが疑わないから。
何事もなく通り過ぎる人の群れにその身を溶かして、
君の夜は始まったばかり。

 

『こんな時間』

こんな時間に僕は何をしている。
空はすっかり白くなり、太陽はすぐそこに。
PCはデフォルトに、携帯はリセット済み。
捨てた写真や日記は既に海に流れたか?

河に飛び込むにはもう遅い。
でも急がなきゃ。
今夜こそ。

 

『夜中の手紙』

「愛したい」と「死にたい」と「殺したい」とは、どこが違うの?
誰か僕に教えて。

愛って良くわからないから、一番近い言葉を捜してみたんだ。
ほら、昔、一緒に死んだりするお話が良くあっただろう?
愛しているから死にたいの?
誰か僕に教えて、次の新月の前に。

今、「君を愛している」って言ってもいいかな?

『必 然』

いつも気がつけば君は横断歩道の反対側にいて、
渡ろうとする僕は赤信号で足止めを食らう。

今日もいつものように赤信号の向こうに君がいる。
それは偶然?

僕は横断歩道を渡らずに違う道を歩くことにする。
君はとうに知っているのだから、赤信号の理由(わけ)を。

『四月の桜』

季節はずれの雪。
君はそう言うけれど、
季節通りの雪。
君が知らないだけだ。

四月の桜、二月の梅。
君の暦で僕を見ている。
四月の別れ、二月の恋。
君の知らない六月の桜。
ただ静かに咲いている。