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花図鑑

新津康陽


約 5732

『方 恋』

「アネモネ」

もし私が風になったら貴方は気づくのかしら。
目に見えない私の想いのように、
貴方は気づくことはないのかしら。
言葉を口にすれば風になるから、
私は今も何も言えないまま。

 

 

「ツツジ」

私の服が目立ち過ぎるとあの人は言う。
私が蜜を撒いているとあの人は言う。
私は私でいるだけなのに、
あの人はいつも私を邪険にする。
平行線の私達は、いつ交わるのだろう。

 

 

「ヘリクリサム」

貴方は知らない。
その乾いた言葉が私の心を傷つける。
硝子のような言葉を一つずつ抜きながら、
それでも寄り添うのは私。
こんなに深く貴方を愛してしまった私の罰。

 

 

「シモツケ」

昨日、引きちぎった真珠のネックレス、
全部かき集めたつもりなのに一粒見つからない。
まるで私のよう、
貴方の心を満たすにはいつも何か足りない。
きっと、いつまでも見つからない。

 

 

「クレマチス(その1)」

クレマチスを一輪水盤に活け、
そうして、身支度を整える。
貴方は水面(みなも)に映るクレマチスを見ながら、
私を探すのだろうか?
安堵するのだろうか?

 

 

「ムラサキツメクサ」

シロツメクサ、アカツメクサ。
私の埋め草になるのはどちら。
シロツメクサ、アカツメクサ。
あの人の抜けたこの穴を、
やがて静かに私は塞ぐから。
 
 
 

『春』

「梅」

遠くから梅の香り。
爪先ほどの恋。
花が散ったらわたしは変わる。
貴方を真っ直ぐ見つめるから。
真っ直ぐに。

 

 

「オーニソガラム」

螺旋の階段を昇りながら、
何処まで行けるか考える。
踏み締める階段は花びら。
咲き開く花びらが散る前に、
貴方の胸にたどり着きたい。

 

 

「シデコブシ(ヒメコブシ)」

頬が紅く染まった。
あなたは見ている、私を見ている。
新しく花がふんわりと開いた。
春の予感をつれて。

 

 

「ブルーデージー」

貴方が空の色に染まるなら、
私は海の色に染まりたい。
水平線の彼方では、
空の青と海の青が混じりあう。
それが私の願い。

 

 

「センダイハギ」

いつから貴方が眩しく見えたのだろう。
いつから貴方が近くに見えたのだろう。
重なりあう掌は、力強く、私達を結びつける。
不思議な力で。

 

 

「ヤマブキ」

貴方が笑う、私も笑う。
何度も冬を越えて、
私達は一つになる。
笑いながら一つになる。
今巡りくる春の中で。

 

 

 

『幻 影』

「梅(八重)」

幾重に重ねた花びらは、
まるでかたくなな貴女のよう。
ただひたすら香る思いを、
残しながらいつも手が届かない。

 

 

「ホオノキ」

記憶の森を歩いていた。
遠くから甘い香り、朴の木。
その花の香りが私を幻惑する。
さっきまで此処にいた貴女の残り香を、
すべて覆い隠すから。

 

 

「ボタン」

貴女は部屋から飛び出し庭に座り込んだ。
そして牡丹の花になる。
そんな夢を夜毎見る私は、
何が本当か疑いながら庭を見る。
貴女はいないが牡丹が今年も咲いている。

 

 

「アベリア(その1)」

通り過ぎていったのは誰?
ほら、葉が動いて風だと分かる。
通り過ぎていった愛は、
何が動いて分かるものなのか。
誰も見ることができない。

 

 

「ヤマボウシ」

貴女の残したハンカチ。
空を飛ぶかもめの群れ。
青い空に映えては何かを思い出す。
遠くに見えるヤマボウシの白い花、
思い出したものは何だろう。

 

 

「シャガ」

この木漏れ日の下には、何が埋まっている。
この木漏れ日の下には、思い出が埋まっている。
いつか、たまった思い出が、葉を伸ばし、花をつける。
この木漏れ日の下で、花になり、思い出は風に揺れる。

 
 

 

『郷 愁』

「シュンラン」

あの人にもらった春蘭がまた今年も咲いている。
変わらないもの、変わりゆくもの。
私が振り向いたその間に、
貴方はいつの間にか消えていた。
春の風とともに。

 

 

「アマリリス」

いつの間にか咲いた花なのに、
あんなに大きく咲いた花なのに、
散ったことさえ気がつかなかった。
貴方の手が暖かだったことを、
思い出せなくなったように。

 

 

「オステオスペルマム」

貴方が私を照らしているから、
嬉しかった。
誰もいない夜。
今は一人の部屋で私は眠る。

 

 

「シャクナゲ」

黄昏時に石楠花を見ている。
明日は晴れるだろう。
夕焼けに溶ける石楠花の花、
そうしてそれは懐かしい景色。
二人で眺めていた日もあったのに。

 

 

「ハナズオウ」

遠くに見える紫の塊。
それが咲けば、いなくなった貴方も手紙を、
出すようになるはずだと。
けれど、さようなら。
幾年重ねても、貴方からは手紙は来ない。

 

 

「アケビ」

庭のフェンスにアケビを植え替えようと思ったのは、
それがあの人が残した唯一のものだから。
縁台で種を口から吐き出していたあの人は、
庭のあちこちにアケビの芽を作っていた。
ノスタルジーの嵐のように。

 

 

「イワウチワ」

時々あなたの夢を見る。
その指先が私に触れた時、
私は目を覚ます。
小さなお花畑の真ん中で。
夢の中の中でまた見る夢。

 
 

 

『花 火』

「ミツマタ」

窓越しに花火が上がる。
一つ、二つ、そして幾つもの花火。
手漉きの葉書きに別れの言葉、
花火の光で点滅する。
既に、貴女はいない。

 

 

「ツルニチソウ」

あの貴女(ひと)は、
抱きしめればいつも腕からすり抜けてしまう。
まるで青い鳥のように腕から飛び立っていく。
本当は身近にいるという青い鳥。
それはあの貴女(ひと)なのか誰も教えてくれない。

 

 

「クレマチス(その2)」

貴女の浴衣の柄が好きだった。
白地に描(か)かれた鉄線の花。
会うたびに花は咲き乱れ、
私のまわりで踊りだす。
何処かで遠くまだ花火の音。

 

 

「ガクアジサイ(品種名:墨田の花火)」

花火の夜、下駄の鼻緒が切れて、
地下道で一人立ち止まった。
押し寄せる人波に飲み込まれながら、
思い出したのは、貴女の顔。
あの晩も、貴女の鼻緒が切れましたよね。

 

 

「クレマチス(その3)」

クレマチスの蔓が支柱に絡んでいる。
針金のように固く絡んでいる。
私の赤い糸は何処に絡んでいるのだろうか。
あの人に絡んでいるのだろうか。
いや、よそう。初めからなかったのだから。

 

 

「エノコログサ」

夏の夜、二人子犬のようにじゃれあった。
あれは夏の終わりとともに終わった恋。
エノコログサを引き抜いて、
猫と一人じゃれあう。
それが心の埋め草になるとは思わないけれど。

 
 

 

『夏』

「オオヤマレンゲ」

何処からか甘い匂い。
分かっている。君の匂い。
君は行くがいい、僕を残して。
自分の信ずるままに。
振り返らずに、甘い香りだけ残して。

 

 

「サルスベリ」

夏の日盛り。
僕達は別れを誓う。
もう二度と会わない。
いや、もう二度と会えない。
サルスベリが赤い花をつけていた。

 

 

「アベリア(その2)」

夏の公園を歩きながら、
そよぐ梢の音を聞く。
かすかに聞こえたのは、君の声。
「さよなら」
そう、この公園で君の声をまた思い出す。

 

 

「キショウブ」

月の下、二人よく歩いたね。
はしゃぎながら、笑いながら、
道の上で寄り添いながら。
月だけが変わっていない。
今もそこに輝いている。

 

 

「アサガオ」(その1)

朝顔市で君を見た。
寄り添う男性(ひと)と君を見た。
二人笑いながら朝顔を見ている。
それを見ている僕は、
ただ阿呆のように見ているだけだった。

 

 

「ショウブ」

橋の下、川面に捨てた言の葉は、
橋の上、波に千切れる音がする。
我が身を捨てる意気地はなくて、
ただただ見つめる川の色、
いつからこんな色だったのか。

 

 

「キクイモモドキ」

君を失ってから僕は、よく夢を見る。
君の出てくる夢を見る。
夢だと分かっていて僕は君を抱きしめる。
未だに抗うことのできない君の幻よ。
それは、すっかり君を忘れる日まで続くのだろうか。

 
 

 

『かさぶた』

「エキナセア」

貴方の言葉が私を傷つける。
私の心にかさぶたができては、
何度も剥がれ落ちる。
夜、独り私は薬を塗りながら、
それでも貴方から離れられないのは何故(なにゆえ)。

 

 

「バ ラ」

花といえば、
薔薇とチューリップしか知らない貴方が、
何故か知っていた花がある。
私を薔薇とは言わないけれど、
刺がささった薬指が指輪を拒んでいる。

 

 

「アッツ桜(ロードヒポキシス)」

私の名前を呼ばないで。
私の名前を覚えていて。
相反する私の心。
あの人がホントに見ているのは私じゃない。
私の遥か向こうの美しい貴女(ひと)。

 

 

「ツユクサ」

今日も一つ散り、一つ咲く。
貴方がついている嘘のよう。
その透き通る花びらが今日だけなんて、
信じられずにいると、背後からあなたの声。
振り向こうか、振り向かまいか。

 

 

「ホタルブクロ」

蛍が光る。
互いの半身を捜しながら、
蛍が光る。
私の半身はホタルブクロの中に、
消えていったまま。

 

 

「御殿場桜」

誰も知らないところへ行きたい。
誰にも会わないところへ行きたい。
ひとりでそっと思った。
あの人がもういないから、
そんなことを思っている。

 

 

「ニワフジ」

覚えているのは、貴方のジーンズ。
藍色のかすれたジーンズ。
何故、忘れられないの。
何故、覚えているの。
目の奥に焼き付けられたように、ただそれだけを。

 
 

 

『不可思議』

「セイヨウフウチョウソウ」(その1)

飛んでいったオオミズアオ。
追いかけていく暇もなく、
闇に消えて行った。
手元には幾つもの蝶のような花たち。
薄闇に笑っているように揺れる。

 

 

「セイヨウフウチョウソウ」(その2)

「あの花は何という花?」
「あれは、わからない。」
そうわからない、あの花の名と同じく。
気がついた時にはもう、
答える相手は何処にもいない。

 

 

「インゲン」

緑の蔓が無数に這い回るところに、
私は迷い込んでいる。
白い蝶が咲き乱れ、
私を追いかけているよう。
夢を見ているのは分かっているのに。

 

 

「キュウリ」

どこかで聞いたCMのように、
貴女は「キュウリって漢字で書ける?」と、
尋ねてきた。
はるか遠いシルクロード、
貴女もそこが故郷だったよね。

 

 

「シロヤマブキ」

あの貴女(ひと)に似ているひとを私はまた見かけた。
まるでこの世の者ではないように。
黄泉から帰ってきた貴女はいつも、
自分の記憶の中の幾人もの貴女に似ている。
苦い想い出を連れながら。

 

 

「ヤマユリ」

貴女と初めて会った時、
まだ、すっぴんの少女だったのに、
いつの間にか化粧を覚えた大人になった。
籠から逃げた小鳥のように貴女は去り、
残り香だけが強く想い出を何度も呼び戻す。

 

 

「ケイトウ」

そろそろケイトウが色づく頃。
バスから見える曲がり角に、
何回見ていたのだろう、
燃え盛るような花を。
今はもう乗らないバスを思い出す。

 

 

 

『回 帰』

「アサガオ」(その2)

朝顔がフェンスに花をつける。
涼しげな花とみどりの空間。
その下で貴方は切り出す。
「別れたいんだ。」
涼しげに貴方の言葉が響く。

 

 

「カラー」

式はウェディング・ドレスで。
ブーケは、白のカラーの花をメインに。
サムシング・ブルーはまだ決めてなかったけど、
もう決める必要もない。
私たちは振り出しに帰って行くから。

 

 

「アサガオ(品種名:ヘヴンリーブルー)(その3)」

「天上の青。」
私は思い出す、
その青を。
一面、青いベールに包まれる日を夢見て、
私は種をまく。

 

 

「エリンジウム」

冷たいのはどちらだろう。
貴方は私が冷たいと言い、
私は貴方が冷たいと言う。
満月がカーテンの隙間から漏れている。
一番冷たいのは、ふたりの年月(としつき)。

 

 

「オニユリ」

私が怒ると、
貴方はいつも、
「顔を真っ赤にして」と、
笑っていた。
だからしあわせだったのかもしれない。

 

 

「ニンドウ」

すいかずらの花を思い出に閉じ込めて、
私は記憶に蓋をする。
甘い匂いと一緒に封じ込めたものは何?
それは誰にも言えない貴方の思い出。
貴方の呪縛を閉じ込めるのだから。