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音姫対悩める若き青年

村本 耕輔


約 3571

序 曲

肌寒く、暗い朝、私は女子大のトイレにいた。冤罪になる前に断っておくが、忍び込んではいないし、仕方なく使っただけで、これには多くの訳がある。そして、何より大事なことは、私がそこで音響装置・音姫に出会い、そっと思考を重ねたということだ。

まず、何故女子大にいたのか。それは、アルバイト先の塾主催の模擬試験の会場が女子大であり、私がその会場運営要員として駆り出されていたからである。女子大には男性用トイレがほとんど存在しない。我々に使用が許されたスペースは女子トイレのみ、そこで各階の女子トイレ片方を張り紙付きで男子トイレにビフォーアフターさせて頂いたのだ。

私の役割は、会場外にて、受験する高校生を誘導する立ち仕事であったため、事前にトイレに向かい、排泄行為に勤しんだ。普段であれば入るだけで、犯罪者として捉えられ、批難糾弾の末に人生損壊の危機であるが、今日は合法的に立ち入ることが許されている。誰が見ているか分からないので、別にただのトイレだろ?的な雰囲気作りに徹し、いざ。

まず驚いたのは鏡の多さだった。洗面台が付いていない細長の鏡、おそらく身だしなみ用であろう、が多く並んでおり、さながらニューヨーク、ブロードウェイの化粧部屋である。圧倒されながら中へ進むと、個室が左右に5つずつズラズラ配置されている。私は、無数の選択肢の中から無難に右手一つ目の個室に入ることにした。そして、私は何もしていないはすなのに、入室と同時に、突然何か清らかな音楽が独りでに流れ出したのだ。これが、私と音姫との馴れ初めだ。

 

邂 逅

ただ入室しただけであるのに、何故音楽が掛かるのだ。どこか触っただろうか。コンビニシステムだとは知らされていなかったぞ、などと考えている暇はない、私はお手洗いにお手洗いしにきたのだ。体内から溢れ出んとする彼らを見送らなければならないのだ。

無事に峠を越え、周りを見渡す余裕が出てきた。すると、男子トイレの個室と違う機能や機器が幾つも存在することにまず目がいった。音姫と書かれているセンサー付きの機器はどうやら排泄時に出る汚濁な音を、清らかで爽やかな音でシャットアウトし、羞恥心なく心置きなく全力で体外に彼らを押し出すためのもののようだ。何故女性にのみ許されたシステムなのかは甚だ疑問であるが、なるほど役割については合点がいった。しかし、やはり女性にのみ許されているという点において、発展的に考える必要がある事柄が幾つかあるので、それは後ほど詳しく述べようと思う。
私がもう一つ気になったのが、便座の左後ろに設置されていた生理用品などをラッピングする機器だ。ゴミ箱のような外見ではあるが、蓋はなく、黒いロールのようなものが二つぎゅうぎゅうに詰まっていて、そこに何かゴミ箱には捨てられないものを入れると、ロールが回転し、備わっているビニールで真空パックのように密閉することができるようだ。何故これほど詳しいか。それは私が好奇心に身を任せ実際に使用を試みたからである。男子トイレの代わりに使用が許されたのなら、その中にあるものは全て使用可能であるはずだ。咎めるでない。まあ、そんなこんなで女子トイレってすごいなあ、と感嘆しながら私は個室を後にした。

直立不動、 待機、 暇潰し

さて、場面は変わり、私は受験者を正しく会場へ誘導する仕事をするべく、外に出て立ち位置に付いた。風が強く、気温の割には少し寒いように感じた。試験時間が迫ると受験者たちはぞろぞろと一斉にやってくるが、各科目の試験が一度始まってしまうと我々誘導の面々は暇になってしまう。しかし、当然お金を貰っているのでその場からふらっと消えてしまうわけにはいかず、私は時間を持て余した。私は、何もせずに時間を潰すことを酷く不得意としている。それゆえに、立ちながらその場で出来ることを精一杯探した。

そうすると、やはり人間なのだなあ、私は歌を多く歌った。この頃好んでいる日本語ラップであったり、先日友人と熱くセッションした桑田であったり、他にも今更魅力に気付いたゴスペラーズなど。歌を歌っていると意外と時間が経つのが早い。30分交代で場所をローテーションしているので、30分が目下の敵であった。しかし、いくら歌が時間経過に役立つとはいえ、そこには限界がある。私は、感情を歌や踊りで表現する習慣を持つ民族ではないのだ。
では、私が他に何をしていたか。それは思考である。ただぼけーっと突っ立っている状態では、頭を使うしかない。そこで、私は、先ほど潜入を果たした女子トイレについてあれこれ考えることにした。女子トイレの様々なものの中で、何よりも考え、問題意識を抱えたのは前述の通り音姫である。
その存在理由は、羞恥心の強い私からすればよく理解できる。汚濁に塗れた音はなかなか聞かれたくはないものだ。しかし、私が問い質したいのは、先ほども述べたように、何故女子トイレにのみ設置が許されているのか、という点である。これは絶対に納得がいかない。しっかりと考える必要がある。
そして、ここからは分岐的に二つの側面から議論を進めたいと思う。まずは、何故女性にのみ許されたシステムであるのか。次に、女性にのみ許されたシステムであるならば、それ相応の責務を果たしてほしい、という二つの疑問、主張である。

 

音 姫 論

まず、女性にのみ許された閉鎖的システムとして音姫を運用することが気に食わない。私だって羞恥心の塊として生きてきてもうすぐ20年である。人よりもそのせいで思い悩み、多くの負の感情を抱えてきた。そこらのおなごに羞恥心では引けを劣らない。しかし、現実として音姫を男性トイレに設置しようなどと考える者はいない。そこには、男性は汚くてもいい、女性は綺麗でなくてはならない、というような社会通念が働いているように思う。何と不当なことか。我々はブリブリと音を立てることに恥ずかしさがないとでも?いやいや、滅茶苦茶、赤面するほど、タイミングを伺ってなかなか出来ない程に、恥ずかしいですよ。あんなに清らか、爽やかな音とともに個室に入室し、汚濁な音もかき消せるなら、我々の日常生活にも大きな陽的影響を与えてくれるに違いない。ずるい、女子だけずるい。つんく♂さんと議論を交わしたい。

女性だけが音姫を使用し、不当に清潔感や安心を優位的に搾取している現在の状況は確実に改善されるべきである。社会的には男女平等を叫んでおいて、個室というプライベートで、秘密的空間においては音姫というハイテクノロジーを独占的に享受するとは。非道徳だ。

そして、この憤りはさらに舌鋒鋭く勢いを増すこととなる。現在、女性のみが音姫を享受していることを鑑みると、それ相応の責務、対価を払ってもらう必要がある、ということだ。

私は政治家になるつもりもないし、公共設備にあれこれ口を出せるポジションにいくつもりもない。なので、音姫が男子トイレに設置されない未来についても当然思考の手を伸ばしておく必要がある。
排便という、人間がプラスなイメージとは乖離して認識している行為を、音姫があるだけで清らか、爽やかな行為へと変容させることができる。こんなことが女性には許されている。ならば、こちとら出るとこ出させてもらいましょうや。
私はこう思う。あんなに清らか、爽やかに排便しているのなら、その人間は確実に人間的に素晴らしい、道徳の教科書を作ってしまうような人間になるはずだ。音姫のない我々は、自分から発せられる汚濁に塗れた音を毎日のように聞き、自己嫌悪、自己卑下を繰り返し、どんどん嫌な、悪い人間の部分が際立ち確立されていく。そんな汚濁と二人三脚な我々男性陣には、人間としてダメな部分が少しばかりあったとしても、音姫がないことを鑑みればそっと目を瞑れる。しかし、女性はどうだろう。毎日、清らか、爽やかに日常に潜む汚染を回避し、健やかに個室から出てくるのである。晴れやかだろうなあ。そんな生活環境で性格の悪い女性なんて許されるのだろうか。音姫が側にいながら、性格が歪み捻れる事なんて有り得るのだろうか。

勿論暴論である事は様々な角度から検証済みである。反論の余地しかない。しかし、ここで分かってもらいたいのは、私がここまで狂い書き殴るほどに、音姫に衝撃を受け、その存在を羨んでいるということだ。
いつか音姫が男性にも許され、開かれたシステムとなる日が来るだろうか。その日が来たとすれば、世の中の男性も綺麗な目をし始め、世界平和が訪れるのもそう遠くない未来となることだろう。

 

次に音姫に会えるのは果たしていつになるのか。

 

2016年12月23日 齢十九