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空をかける恋

三河拓郎


約 10386

- 空をかけるようにはかなく、鮮烈な既婚者同士の遠距離恋愛

桜の満開になる季節になると、亜紀と過ごした短い日々を思い出さずにはいられない。ごく一瞬のきらめき、胸の張り裂けそうな熱さとともに、切なくもある思い出。今もこの街のあちこちに感じることのできる亜紀の面影が、僕をとらえて離さない。

 
二人のあいだには、容易には越えられない、障害だらけの行く手に阻まれており、僕は苦難の恋と言っても差支えないこの経験を忘れることはできないだろう。

 
例年よりだいぶ遅くやってきた春が、精一杯の力とともにやっと桜の花を咲かせたのと同じようにして、難しいやりくりを超人的な努力で可能にして、やっとの思いで東京にやってきた亜紀が、僕の眼にはとても愛おしく可愛く感じられた。
 
そもそも、僕たち二人の出会いそのものが、偶然の重なりの末に芽生えた運命の出会いのように思えてならない。あのタイミングで時を同じくして交流サイトで出会った僕たちが、微妙な駆け引きを繰り返した後に初めての衝撃的な出会いをして、同時に訪れた心の葛藤をお互いに乗り越えながら、二度目の再開を果たす。
 
いくら恋愛の経験を重ねていたとはいえ、こんなに感動の多い、心の揺さぶられるような経験をしたことは後にも先にも亜紀だけだ。
 
「おはようございます。今、名古屋から新幹線に乗りました。連日の忙しさで寝不足なので、こだま号で眠りながら行きます。もうすぐ、あえますね。 亜紀」

 

(一) 再開の日

亜紀から携帯メールが入ったのは7時半。浮き立つ心の中とはうらはらに、なにひとつ変わらない日常を装い、自宅から出勤する直前だった。亜紀が4月の8日に東京に出てきますと伝えてくれた日から3週間。どれだけこの日の朝が来るのを待ち望み、淡い期待を精一杯膨らませてきたのだろう。
 
受け取ったメールで、彼女が7時24分発のこだま号に乗り、10時過ぎには東京に着き、12時半には待ち合わせ場所の銀座松坂屋で会えることが確定し、夢が現実になったことを実感した。
 
日々、名古屋市内の病院で介護職を勤める彼女は、夜勤明けであまり寝ていないらしい。
午後から半休を取った僕は、午前中の間、ずっと心の片隅に亜紀が今どこにいるのだろうかと想像しながら丸の内の皇居沿いにあるオフィスでいつもどおりの仕事をした。
 
途中、そういえば亜紀は男性がオーデコロンを振ってもその匂いを嫌がりはしないかと確認の携帯メールを打ったが、幸いなことに気にしないという。
12時半に待ち合わせ場所に着くようにと、僕はいそいそと午前中の仕事を終えると、部下の女性に声をかけて、浮足立つしぐさを感じ取られないように落ち着いて、オフィスを出た。

 

そして、春の陽光に照らされて眩しい丸の内仲通りを、まっすぐに日比谷方面に歩き、途中、プラタナスの木の下でオーデコロンを振り、亜紀に渡す花束を買おうと、有楽町イトシアにある、青山プランテーションに立ち寄った。

 

(二) ショーウィンドウの前に輝く亜紀

二日前に、亜紀とのデート用にどんな花束やブーケが良いかと考えあぐねて、丸の内、銀座界隈の花屋さんをいくつか回ってみた。春らしい花を黄色や若草色中心にいくつか選び、大きな花束にしてもらうか、持ちやすくブーケにするかを考えた。
 
亜紀は東京に来るのを楽しみにしているのだから、きっとあちこちの街を見たがるに違いない。それならばブーケにしようと決めた。
 
銀座のお花屋さんは、その場所柄かあまりにも艶っぽく、濃紅やどぎまぎするような黄色の花が多かったので止め、比較的OLの客が多い青山プランテーションのものと決めていた。
 
残念だったのは、作り売りのものを買ったので、鮮度が切り花から作ってもらうブーケほど良くはないこと。
 
とはいえ一分でも早く待ち合わせ場所に着きたい僕としては、オーダーで5分も待たされるのはごめんなので、そのままブーケを買って銀座松坂屋へと急いだ。
 
遅くやってきた春とはいえ、日中は23度まで上がると予想されていたとおり、途中、道を一本間違えて、20分も歩くと額からは汗が流れ、空を見上げれば雲ひとつない快晴。
 
まるで僕たちの再開のために天が用意してくれた天気としか言いようがない。
銀座通りは、この日のためにおろしてきたような春物の衣装に身を包んだ女性が、この世の春を謳歌する勢いで闊歩している。
 
銀座松坂屋の角にあるGUCCIの角に行くと、ショーウィンドウの前にまぶしいくらいの白いスプリングコートを身にまとった亜紀が立っていた。ヒールを履いてスカート姿だ。大きな紙袋を下げ、赤いキャリーバッグを足元に置き、まるで清楚な少女のような雰囲気を全身から発して、亜紀がこちらにほほ笑んだ。
手を振ると彼女も手を振り返してくれて、嬉しさが込み上げてきた。
「こんにちは」と挨拶して、握手を求める。今回は手袋もしていないから、彼女のみずみずしい手に触れて、本物の亜紀を実感する。
 
今までの2か月、どんなにこの一人の女性と会いたかったか。
彼女にかけた僕の想いが今こうしてかない、劇的な出会いとなったことが嬉しい。こういう一瞬のために僕は生きているのだと思う。
 
心の内を悟られるのが恥ずかしいからか、
「久しぶりに君と会うものだから、ひょっとしたら顔が火照って真っ赤になって、眼鏡が曇ってしまうんじゃないかって、心配だったんだよ!」と、おどけてみせる。

 

(三) 新緑の街角

「はい、これどうぞ。」と、花のブーケを渡し、代わりに亜紀の持っていたキャリーバッグを預かり、銀座通りへと出る。
 
正午を過ぎたばかりだから、陽光がまぶしく照りつけて、汗が出るくらいだ。
「今日は相当暑くなるらしいよ。今朝見た天気予報ではね、百葉箱に入れてあった温度計が昨日28℃まで上がったんだって。今日も外気で20℃は越えるらしいよ。」
「今は一番良い季節かもしれないわね。」と、亜紀がまだ緊張した面持ちで言う。
 
「そのメガネにすると、いちだんと変わって見えるね。亜紀さんはいくつも顔を持っているみたいだ。」 亜紀が交流サイトから初めて自分の顔を写メールで送ってきてくれた時のメガネをかけると、清楚で美しさが光る感じがする。
 
「新幹線の中では眠れた?」と聞くと、乗車した時には眠れたらしいのだが、停車するにつけ、子供連れが乗り、サラリーマンが乗り、眠るどころでは無いらしかったらしい。
 
「ところで、明日の晩はどうするの?名古屋に帰るのかな、それとももう一泊して行くのかな?」と尋ねると、妹さんの家に泊まるらしい。亜紀とのデートの計画は綿密に立てたつもりでいたのに、帰りの時間までは聞いていなかったのだ。
 
今夜泊まるホテルの名前は聞いていたので、銀座通りを真っ直ぐ二人で歩くつもりでいたら、どうやら同じ系列でも新しく汐留にできたホテルらしい。
 
聞くと、イタリア街にあると言うので、それならば歩いていては間に合うまい、タクシーを拾おうと手を挙げる。
 
「お昼はこれからでしょ?」と尋ね、僕の考えたチョイスを亜紀に選んでもらう。
「僕と会ったときには必ず鰻がたべられるっていうのもアイデアだったんだけど、下見に行ったら食券制で、サラリーマンで込み合っているからとても亜紀さんを連れて行くのに相応しい雰囲気ではなかったんだ。
 
あと、汐留シティセンターに、東京タワーがよく見える羨望の良い高層レストランがあって、”Oregon&Grill”って言うんだけど、何度も予約の電話をしたけど繋がらなかったんだ。
 
他にも、青山のAOビルに、テレビでやってたオーストリアのウィーン料理店があって、贅沢な肉料理なんかが出てくるのだけど、食べられるかな?」と振ると、ウィーン料理は気が進まないようだ。
それならば、汐留シティセンターの高層フロアで良い店を選ぼう、という話になって行く先は決まった。
 
イタリア街と言ってもまだ開発途中にある新しい街なので、運転手さんも指定したホテルが分からず、5分ほど走ってミラノのサンマルク広場をかたどったところで下ろされる。
 
近くのお店の若者に道を尋ね、ワンブロックほど歩いたところでホテルに着いた。目新しく、綺麗な内装と落ち着いた感じのするホテルだ。亜紀がチェックインをしている間、「これも置かせてね」と、僕のショルダーバッグもフロントに預けさせてもらう。
 
さあ、身軽になったところで僕たちのデートの始まりだ。
僕は再び亜紀の手を握り、嬉しそうにリズムをつけて手を振って歩き始めた。新しく整備されたばかりのイタリア街の石畳が、まるで僕たち二人を新婚旅行の外国に連れてきてくれたような気分にさせてくれる。 「なんか、ハネムーンみたいだね!僕たち」と、自然に声が上擦るのが分かる。

 

(四) 光が降り注ぐ 都心の眺望

二か月もの間、亜紀とこうして手をつなぎ、デートに出かける日のことを心待ちにしながらせっせと時間を縫うようにメールを送ってきた僕は、この一瞬の時間をかみしめるようにしながら石畳の道を歩く。イタリア街は、6年前に完成した汐留の再開発からやや離れたところにあるため、電車のガード下をくぐり、テレビ局の脇を通って汐留シティセンターに向かう。

 

亜紀は昨年の6月に上京した時にも汐留にやってきて、このテレビ局でタレントと握手したことがあるらしい。小さな文字で書かれた街路表示が見づらいので、ビルにたどりつくのに手間がかかるが、汐留シティセンターのエレベーターに乗り、あっと云う間に高層フロアにたどりつくと、2階分吹き抜けの木目調のラウンジがあり、高価なソファーが並べられてしっかりと別世界が広がり、亜紀の目を楽しませる。

 

2階部分から荘厳に降りてくる階段を見ては、「どんな人が降りてくるのかしら。」と、亜紀の想像力をかきたてる。

 

そういえば、浜松で初めて亜紀と会った時にも高層ビルのアクトシティの展望レストランに行った時にも同じような2階吹き抜けのらせん階段があり、亜紀の眼を楽しませた。

 

閑散としたラウンジを挟むようにしてゆったりと構えるレストランに連れて行くが、“Oregon & Grill”のランチコースは肉料理中心で亜紀の好みにあわず、別の店を探すことにした。高層階にしては珍しく、高級居酒屋があったりしたが、無難なところでイタリアンのお店、ベルヴェデーレに入る。

 

この店は他の店と同様に内部が2階吹き抜けになっていて、ちょっとしたイベントもできるくらいのゆとりがある。テーブルや間取りにも高級感が感じられて、亜紀との時間を楽しむのに丁度よい店だ。

 

東京タワーや品川方面の都心が望める窓際席に通されて、亜紀はフェデリーニ・海老のサフランソースを、僕は牛スネ肉のボロネーゼ・リガトーニのランチコースを頼む。

暖かな春日の眩しい午後の太陽が、都心を白く染め上げて、お台場に通じるレインボーブリッジや品川の高層ビル街、六本木ヒルズに東京タワーを間近に眺めて、亜紀は息を飲むように眺望に吸い込まれる。

「わあ素敵、こんなに眺めがいいんだ。嘘みたいだわ。」

 

(五) 光が降り注ぐ 都心の眺望

亜紀は、18歳の時に静岡県の熱海にある親元を離れて東京にやってきた。やがて結婚して名古屋に移り住むまでの3年間を東京で過ごしたらしい。

 

静岡出身ということで僕との接点があり、そこが交際のきっかけとなったのだが、亜紀には生まれ故郷や、今住んでいる名古屋よりも東京への愛着が強いらしい。

僕が仕事帰りに撮った都心の夜景をブログにアップさせると、亜紀はことさら喜んでくれ、そういうことならばと、デートコースに眺望の綺麗なレストランを入れることにした。

ディナーにはカレッタ汐留の、東京ベイエリアを見下ろせる”ソラシオ”、そしてお昼は丁度反対側の都心側が見下ろせる汐留シティセンターだ。

 

お店はおしゃれなOLや、パリッと着こなしたサラリーマンが1時過ぎの遅いランチを楽しんでいる。サラダにパン、パスタと小さなデザート、そしてコーヒー・紅茶と、ランチセットは贅沢だった。

 

証券マン根性を地で行く僕は、ランチなどかき込んで食べるものと相場が決まっているから、意中の女性とこうして展望フロアから景色を眺めながらゆったりと食べるなど、夢でしか

あり得ない。この幸せをたっぷり味わう。

 

オリーブオイルにパンを付けて食べながら、僕が眼下に見える都心の風景のひとつひとつに解説を付けて自分史とともに話し込む。

 

「あそこに見える愛宕山ヒルズ、あそこには、僕が新卒で就職した会社が入っているんだ。そこで僕は12年間、修行したんだ。」

 

「その向こうに見える六本木ヒルズ、こちらも森ビルなんだけど、証券会社で働いた6年間はきつかったよ。」

 

「東京タワーの真下には、フランスの化粧品会社、ロレアルがあって、そこで学生時代に随分と羽振りの良いバイトをしていたんだ。年上のお姉さま方に可愛がられながらね。”疲れたでしょう。ミルクでも飲む?”って、ブリックパックの牛乳を持ってこられたんだぜ。」

 

日頃のハードスケジュールと睡眠不足でいささか疲れの見える亜紀は、やっと東京に着いたという安心感もあってか、青白い顔をしながら僕の語りを子守唄のように心地よく聞いている風に見える。

 

彼女と会うのは2度目だが、いつも僕は語り続ける役回りのようで、やたら頻繁に水をお替わりする。

 

亜紀も、この2ヶ月間に家庭で起こったことを近況報告のように語る。僕は仕事が大変だが、亜紀には仕事と家庭と、守るものが二つもあって一層大変だ。

パスタはとってもボリュームがあり、「東京にしては珍しく量が多いね」と言って、得をしたように僕たちは料理をたいらげた。

 

(六) エレベーターの中で

東京と名古屋という、遠距離がゆえに会おうとしても滅多に会えず、さしずめ「僕たちは織姫と彦星だね」と、身の不憫を切なく自称するのだが、必ずしも悪いことばかりではない。

 

恋愛の古今東西を問わず、容易に付き合える気の合うカップルは、簡単に会えるがために壊れるのもたやすい。

 

反面、お互い好き合っているが、間に障害がありすぎて容易に恋を進められないカップルは、燃え上り方も激しい。

今まで経験してきた不倫の恋とは違い、亜紀との出会いはまさに障害だらけで、毎日切なく相手を想っても、実際会えるのは数か月に一回、数時間だけで、凝縮された想いが会う都度に一気に噴き出すから、激しく、熱い。

 

イタリアンを出て、次の目的地に向かうべくエレベーターに乗った僕たちは、静かで落ち着いた空間の中、やっと二人きりの世界を手にした。

 

地上に着くまでの45秒間、僕はおもむろに亜紀を抱きしめ、彼女の細い体を壊れるくらいの勢いで、「会いたかった」と、本心のありったけをぶつけて、情熱的なキスをした。

この一瞬を、どれだけ待ったか分からない。

 

(七) 車窓の風景

新橋駅に向かう車道に出て、信号の変わる間際にあわてて亜紀と自分の体をタクシーに押し込むと、「御成門を通って東京タワーの下を通り、外苑東通りから六本木を抜けて、青山通りへ出て、左に曲がったら表参道まで行って下さい。」と道順を伝える。

 

「このルートで行けば丁度、観光も兼ねて六本木ヒルズから東京ミッドタウンまで見られる筈だよ。」

タクシーは芝公園の坂を上がると、東京タワーの麓までやってきて、いやがおうにも東京タワーの全景が目に入る。先週、亜紀が昨年の旅行で撮った東京タワーのネオンの写メールを送ってくれたことを思い出し、橙色の標準のネオン色は平日に点灯していて、金曜の夜だけ赤と青の特別ネオンに変わる話をする。亜紀は光り物が大好きだ。

 

「そうだ、今日は音楽プレーヤーにリズムの良いポップスを入れていてね、僕が毎朝通勤の時に欠かさず元気づける曲がはいっているんだ。都心の風景にもぴったりマッチするはずだから、聞いてごらん?シェリル・リンの「I’ve got a faith in you」だよ。僕は勝手に邦題を付けて“朝のトキントキン出撃マーチ“って呼んでいるけどね」 と言って笑った。

 

亜紀に、僕のお気に入りのポップスを聞いてもらいながら車窓の風景を楽しんでもらうのも、僕の演出するアイデアのひとつだ。今回はドライブではないから、こうして音楽をどこかに入れるのも良い。

 

「ありがとう。とっても軽快でリズムの良い曲やねー。」と、亜紀は名古屋のイントネーションで話す。生まれは同じ静岡とはいえ、もう名古屋の生活の方が長くなったらしいから、向こうのイントネーションが強い。そんな些細なところにも僕は亜紀に魅力を感じる。

 

「そういえばね、この間ネットで名古屋弁、瀬戸弁のマニュアルを見つけたんだ。」と言って僕はポケットから名古屋弁のアンチョコを取り出す。

 

こわける、おそがい、ときんときん、ぬくとい、と、人情味のあふれる言葉がたくさん出てきて面白く、僕にとっては名古屋弁を使ってみるのがひとつのマイブームだ。なかでも、“ときんときん”と、“こわける”は、交流サイトの日記でも頻繁に使い、三河在住の視聴者から、「怒った時にぽんぽん出てくる三河弁はプロ級ですね。」と褒められたくらいだ。

 

(八)車窓の風景

タクシーが六本木交差点に差し掛かるにつれて、僕の馴染みの街、思い出の店などがあちこちに現れるので、熱を込めて説明する。

「ほら、そこに見えるイタリアンのシャンティ。元長野県知事の田中康夫が小説家としてデビューした時に、“なんとなくクリスタル”の中に出てくる店だよ。あの本に刺激を受けて、僕は東京でおしゃれな大学生活を送ることに決めたんだ。」

「そこを入っていくとスクエアビルがあって、居酒屋やクラブがたくさん入っているんだ。よくそこでOLを集めて合コンやったんだよ。」

 

自然と話は男女の出会い、今風の恋愛談へと傾いてゆき、自分たちの世代と比べた30代世代のふがいなさへと発展していく。

「なんだか今時の30代って、恋愛して結婚へと駒を進めることに切迫感が無いみたいで、シングルのまま妥協するのも良しと考えてるみたいな気がするんだ。

と言うのも、せっかく親心から合コンをおぜん立てして、本人たちには至れり尽くせりの出会いの場を提供してやっているにも拘わらずだよ、ちっとも会話を進めない男が多くって、その場を取り繕ってしゃべり続けるのが僕の場合が多いんだよ。会話の出来ない男って、ダメだよね。後になってOL達から“どうして達夫さんばっかりしゃべっているんですか?”ってとがめられるんだけど、無気力な男が増えているんだよ。」

 

まったく若手世代のおとなしさ、覇気の無さについては僕の舌鋒は激しくなるばかりで、

とどまるところを知らない。20代のころは徹夜で遊び、前日の服のまま仕事に出かけたという武勇談を持つ亜紀もまた、人生観は結構ワイルドで、僕と似ているような気がする。

 

(九)青山通り

タクシーが東京ミッドタウンや乃木坂を超えて青山通りにぶつかり、広々とした道を左に曲がると、風景は派手やかさを増して、モダンでおしゃれなビルや、神宮前の銀杏並木など、また違った雰囲気に囲まれる。東京で一番おしゃれな街角だ。

 

表参道に近づくにつれて車が込み合うが、表参道を超えた骨董通りの角でタクシーを降り、青山学院を間近に見ながら、元紀伊国屋スーパーのあったビル、AOビルへと向かう。

「独身の頃は、妹が青山学院の短大に進んでいて、丁度同じ年に就職してからは、2人で住んでいたんだ」と話す。

 

AOビルは、今年の3月に出来た流行のビルで、近代的なストライプの縞が入った外壁に、

外側を斜面を作るように削り取られた外観から、まるでピサの斜塔を思わせる。別棟1Fにはシャネルが入り、高級感を漂わせていた。

 

1Fから順番にお店を見ていくが、亜紀は女友達とならたっぷりと時間を掛けてお店めぐりができるらしいが、男といっしょだと気の向くままにショップ巡りというわけにはいかないらしい。

 

ピローヌというフランス雑貨店があり、ファンシーな色合いの文具や雑貨を置いた店があり、魚の形やら子供の顔を模した風変りなペンやらフォーク、インテリアが置いてあり、僕たちの目を楽しませる。

 

上の階にはウィーン料理の店があり、今日のランチの候補にも挙がっていたのだが、ソーセージ料理やら、エスプレッソの源流となった濃いめのウインナーコーヒーがメニューに並んでいる。

 

3階には、裏側に小さなテラスが広がっており、神宮前の閑静な住宅地やイスラム寺院の流線形にとんがった建物が見える。僕たちは4月の暖かい風に吹かれながらしばし外の景色にみとれた。

 

亜紀の白いスプリングコートがあまりにも周りの街並みに溶け込んで綺麗なので褒めると、「それがね、旅行に出てくる前にクリーニングに出したら、お店の人が”みちがえるように綺麗になったでしょう”って褒めるのよ。まるで余程汚れていたみたいじゃない。失礼しちゃうわよね。」と言って可愛く笑う。

 

(十)表参道

亜紀は、仕事を持っているとはいえ、他の主婦と比べたら良く外に外出しては広い世界を見に行く方なので、自分のことを「自由人だから」と称していた。決して枠にはまった考えをしない、自由奔放な心の広さが亜紀の魅力だ。

 

青山通りに出て、表参道に入る前に、地下鉄の表参道駅に下りる。ファッションの街にふさわしく、コンコースのウォールボードが一面、オレンジ色をした間接照明に照らされたモダンな駅を亜紀に見せたかった。残念なことにその風景は改札の外からは見られなかったため、諦めて表参道に出ると、ハナエモリビルが目の前に広がる。

 

まだ食後の満腹感がさめやらないので、オープンカフェに入る気も起らず、亜紀と手をつないで、初々しい新芽の葉づきはじめた表参道を歩く。とても気持ちが良い。

原宿方面に向かって歩くと、僕が30代の頃に英会話の練習のために通った東京ユニオンチャーチがあり、その先には、まるで城塞の壁のように堅牢にできたエルメスの店などがあり、亜紀の眼を驚かせる。

 

最近にぎやかになった裏参道で、若者びいきの雑貨屋さんや古着屋さんを覗こうと脇道に入ると、ハーレーダビッドそんのオートバイが2台、70年代のヒッピー風のカフェの前を轟音を響かせて通って行く。こんな風景はこのあたりでしか見られない。

 

(十一) 表参道

表参道を隔てた向こう側の裏参道も覗いて見ようと、僕たちは歩道橋を渡る。

反対側の裏参道は人通りが多く、先鋭のファッションセンスに長けた若者達がたむろしている。帽子屋さんに入ると、色とりどり、形も様々な帽子が並んでいて、亜紀は珍しそうにあれこれと帽子を取っては当ててみる。

初めて知ったのだが、亜紀は夏になるとアーミー調の迷彩帽に、Tシャツ、ジーンズを着ることもあるらしい。確かにスリムでチャーミングな彼女ならばそんなワイルドな恰好も似合うだろう。

 

想像しただけで彼女の虜になりそうで、

「もう彼女は放さないぞ。」と固く心に思う。今まで知り合った同世代の女性と亜紀は、明らかに違い、彼女のすることなすことの一つ一つが、僕の心を魅了していくのが分かる。そして、お互いに既婚者であり、遠距離にあるという2人の間の障害が、ますます僕の心を熱くさせる。

 

お店を出て更に歩くと、タイの民芸品や服を扱っている店に入る。ここでも様々なアクセサリーや、安くてカラフルなデザインの服に夢中になる。

 

表参道の通りに戻る途中で、僕のこらえきれない感情を発散させようと、亜紀を抱きしめる陰地を探すが、なかなか見当たらない。

 

疲れている亜紀を休ませるためには、椅子とテーブルの小さなオープンカフェよりも、ふかぶかとしたソファーのブルガリ・カフェが良いと思い、再度歩道橋を渡る。

 

てっぺんで二人とも、通りの携帯写真を撮る。あとあとの想い出になるに違いない。

ブルガリの2階にあるカフェに入ると、落ち着いたマホガニー色のインテリアに統一された店内には、おしゃれな若者が多くいた。

 

(つづく)