文学少女
霧島将史
約 3425
私は文学が大好きだ。ファンタジー小説や随筆、興味がある事なら論文のようなものも読む。
私の一番好きな作家は、芥川龍之介先生だ。それを友達に言うと、ほとんどの確率で「凄いね」と言われる。正直、意味が分からない。その中の一人に理由を聞くと、「だって、芥川龍之介って超難しそう」と言われた。やっぱり意味が分からなかった。芥川先生の小説は、どれもファンタジックでとても面白いものばかりなのに。(因みに、そういった子が読んでいた本は司馬遼太郎の本だった。……、その本の方が私には難しそうに見えるのだが……)
私にとって、文学とは【唯一の居場所】だった。それが今では、文学に加え音楽も【居場所】になった。或る音楽家が、「音楽と文学は似たようなものだと思う」と言っていた。私はそれを聴いて、『だから私は音楽に惹かれたのかもしれないな』と思った。
ある暑い夏の日、私はいつも通り一人で学校から帰っていた。その日、私はとても気分が悪くて、立っているのもやっとだった。そんな時、ふと上から飛行機の音がした。その音が何だか近い気がして、私は何気なく上を見上げた。その瞬間、空を見上げた私の目の前が真っ暗になった。そして、私はそのまま気を失ってしまった。
気が付いたとき、私は真っ暗闇の中にいた。頭もちゃんと働いて意識もしっかりしているのに、何故か目の前が暗かった。初め私は、何らかの理由で目隠しをされているのだと思った。そこで私は、その目隠しを取ろうと手を目に持っていった。そして気が付いた。目には何も巻かれていなかったのだ。私はしばらくそのまま動けなかった。そしてその意味が分かった瞬間、私はありったけの声で発狂した。その声を聞きつけて、何人かの人がやってきたのが足音でわかった。その中に母の声がして、ようやく私は落ち着いた。母が言うには、ここは病院で、道端に倒れて動かなかった私を、通りがかった人が見つけ救急車を呼んでくれたらしい。原因は、「有り得ないくらいの高熱」だそうだ。お医者さんが言うには、「よくあれだけの熱で、学校に行けて授業が受けられたものだ」そうだ。
しかし正直私には、どうやってここにいるのかとか・原因だとかは、どうでも良かった。私に重要だったのは、今から一生全く目が見えないという事だけだった。
『もう、本が読めない』
その事実は、本が一番大切で、読書で生活がまわっているような、孤独な十七歳の高校生には耐えられない現実だった。
入院してから一週間で退院した私は、「一人じゃ歩けないから」と、車椅子に乗せられた。それを母が押し、車から降り家の中に入っていった。ドアが開く音がして、「ほら、あなたの部屋よ」と言いながら母がその部屋の中に入っていった。私は記憶の中の自分の部屋を思い浮かべた。自分の机・ベット・タンス、そして、部屋の大部分を占めている本棚。
私は、母に
「ごめん。ちょっと、気持ちを落ち着かせたいから、一人にして」
と言った。
母が部屋から出て行き、ドアが閉まる音を聞いたのを合図に、私は立ち上がった。そして、手探りで机などから伝い歩き、本棚につくと、そこに入っている本を掴み、床に投げつけた。そこから私は、手当たりしだい本達を投げていった。
「……んで。……、なんで……。なんで。なんで。なんでっ!!」
落ちた本で足が滑りそうになる中、そう叫びながら本を投げ捨てていると、涙がとめどなく出てきた。
「なんで!! なんで……。……なんでっ……」
その日から、私は部屋から一歩も出なかった。中から鍵をかけて、誰にも入らせないようにした。
学校にも行かず、ご飯も食べない私を心配して、両親が私の部屋の前に来て
「ご飯食べないの?」
だとか
「ずっと閉じこもっていたら、体を壊すぞ」
などと声を掛けてきたが、私はそれをずっと無視し、答えなかった。
部屋の中で一人閉じこもっていると、部屋の窓から色んな人の声が鮮明に聞こえてくる。
「そのバック、可愛いっ!!」
「えっ? そう?」
「斬新な形だね」
「でしょ~?」
「いいな~。私も欲しい」
けれど、そんな会話が聞こえてきてどんなに窓から外を見ても、私にはそのバックがどんな形なのか、ましてや、どんな色なのかすら想像できない……。
そして、それから一ヶ月が経った。(といっても、外の音となんとなくの雰囲気でしか分からないので、多分なのだが……)
ある日、まだ自分の部屋にこもっている私のところに、流石に一ヶ月も学校を休んでいるのを心配したのか、クラスメイトがきた。
「ねぇ、 ちゃん。学校行こう?」
「そうだよ。今、化学の授業で実験しているんだ~。楽しいよ」
「一緒に、行かない?」
全く話した事もないクラスメイトの女子達が、ドアの向こうから話しかけてくる。おそらく、クラスの話し合いで決まったのだろう。
「……、ごめん。まだ、行きたくないんだ……」
「……。そっか……。じゃあ、また来るね」
「そうだね。……、じゃあまたね」
「バイバイ」
私がそう言うと、その子達はあっさりと諦めた。私が少しホッとしていると、ドア越しから小さな声で
「なんで、出て来ないわけ?」
「私達、わざわざ来たのにね~」
「大体、目見えないくらいでそんなに落ち込む事なくない?」
「あれなんじゃないの? 本が読めないからじゃん?」
「あ~。『本が唯一のト・モ・ダ・チ』だもんね~」
と、笑いながら話している声が聞こえてきた。
ドアの近くからその子達の気配がなくなると、私は大声で泣いた。何故、一切関わった事のない子達にそんな事を言われないといけないのか。あんな奴等、いなくなれば良いのに……。
その瞬間、芥川先生のあの名言が思い出された。
【周囲は醜い。自己も醜い。そしてそれを目のあたりに見て生きるのは苦しい。】
芥川先生が「杜子春」や「河童」等を書いた理由が解った気がした。
部屋でじっとしていたら、死にたくてたまらなくなった。どうせ、私が死んでも誰も悲しまない。もう本を読む事も出来ないのだから、生きていても仕方がない……。
そんな事を毎日考えるようになった。
そんなある日、ドアの向こうからこちらへ向かってくる足音が聞こえ、ドアが優しくノックされた。
「 ちゃん。ちょっと良い?」
その声は、中学の頃唯一仲の良かった女の子のものだった。
『なんで……』
そう思っていると、その子は
「おばちゃんから聞いた……。開けなくても良いから、話ししよう?」
と言った。
「……良いよ」
親友だったということもあり、私はとても久しぶりに人と話をすることにした。
「目、見えなくなったんだ……」
「……うん……」
「……」
「……ねぇ」
「ん?」
「……私、もう死にたいよ……」
やっと話せるという想いから、私はその子に想いの丈を打ち明けてしまった。
「……」
「……」
気まずい空気が流れ、耐えられなくなった私は何か話しだそうとした。
「……あっ、あの」
「♪~♪~」
「……えっ?」
その時、その子が急に鼻歌を歌い始めた。聴いていると、それは私が大好きなアーティストの曲だった。私は思わず、その曲に聴き入っていた。
「♪~。……。聴こえた?」
「……うん……」
「ね? 本が読めなくても、まだ楽しめるものはあるでしょ?」
「えっ!?」
私は、その言葉に驚いた。
『そうか……。私にはまだ音楽があるんだ……』
そう思ったら、私は自然と部屋の鍵を開けていた。
私が部屋の外に出ると、
「えっ!?」
と言うその子の驚いた声が聞こえた。
「○○ちゃん、どこ?」
手を伸ばし、その子の居る場所を探していると、ふいに何かに包み込まれた感触がし、抱きしめられた事が分かった。
「えっ……!?」
突然の事に驚いていると、その子は私の耳元で
「私はここに居るよ」
と囁いた。その言葉を聞いた途端、私はその子に縋りついて泣いていた。
音楽に助けられた私は、その後「盲目の女性シンガー」として、毎週オリコンTOP10入りするという、とても有名な歌手になった。
もちろん、その隣にはいつもあの子が居る。