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織田の血|ショートショート集「本能寺の片隅にて」第2話

佐井優輝


約 1273

「ふふふふふ。」

幼い三人の娘と別れたお市は、不敵な笑いを浮かべると、燃え盛る城の奥で自害した。

信長の妹であるお市は、信長が天下をとることを確信していた。

しかし信長は本能寺で非業の死を遂げた。天下をとる一歩手前であった。無念であったであろう。兄の気持ちを慮ると、同じ織田の血が流れる者として天下とりへの執念を持たざるを得なかった。

信長の子はどれも凡庸で天下人の器量はない。誰が信長の後継となり天下をとるか。

柴田勝家か羽柴秀吉か。

お市は、すでに一度他家(浅井長政)に嫁ぎ三人の娘がいる。若くはない歳ではあるが、主人は信長に殺され今は独り身だ。もともと世間でも評判であった美貌を武器に信長の第一の家臣、柴田勝家に言い寄った。

しかし今、お市とその3人の娘は、激しく燃える小谷城の入り口にいる。目の前には、三人の娘を迎えに来た秀吉の使者が立っていた。柴田勝家は秀吉との戦いにやぶれたのだ。お市は、秀吉に手紙を書き、自分が勝家とともに死ぬ代わりに、三人の娘だけは助けてくれるよう頼んでいた。

お市は、使者に聞こえないよう小さい声で、しかしとても力強い声で言った。

「天下をとるために生きるのよ。」

娘たちは何も答えなかったが、その目を見て、お市は何かを確信した。

長女の茶々は、幼いながらも母の最期の言葉を十分理解し記憶していた。

秀吉が天下人になり、子ができずにいるのを知ると母親譲りの美貌を利用し、秀吉に近づき側室となった。後の淀殿である。そして秀頼を生んだ。

「ふふふふふ。」

淀殿の秀頼への偏愛ぶりは、よく知られている。織田の血、そして母の最期の言葉がそこには生きていた。

織田の血が流れている秀頼が太閤秀吉の後継ぎとなった。

茶々は、母が失敗した原因も肌で学んでいた。

血の分散が必要。妹たちにもそれを伝えた。豊臣の時代が長く続くとは限らない。次妹のお初には、秀吉の家臣で名家の京極高次に嫁がせ、末妹のお江には、豊臣家の仮想敵であった徳川家の継子秀忠に嫁がせた。

大阪の陣で、秀頼と淀殿は、徳川家康、秀忠によりに滅ぼされたが、その後、お江は、徳川三代将軍となる家光を生んだ。将軍家に織田の血を注いだのである。

またお江は、姉の教えのとおり、血を分散させるため五女の和子を天皇家に嫁がせた。

和子は、後に明正天皇となる子を生む。

こうして天皇家にも織田の血を埋め込み、これでお市の言葉どおり織田は遂に天下をとった。

しかし、お市の想いは、ここで終わってはいない。

三女のお江が徳川秀忠に嫁ぐ前、豊臣秀勝との間に生んだ女子、完子は九条家に嫁いだ。その直系の子孫となる九条節子は、大正天皇と結婚し、そして昭和天皇が生まれた。

今の天皇家にも織田の血が流れているのである。

どこからか聞こえる。

「ふふふふふ。」

(完)