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空の向こうに第二回小説コンテスト入賞作品

鈴木和音


約 48971

プロローグ

 昼間は暑さで陽炎すら立ち上るアスファルトも、夜になるとすっかり冷え切って、昼の暑さが嘘のように感じられる。むしろ、ちょっと風が強い日は長袖を一枚羽織りたくなるときすらある。
 仙台駅の地上改札から出てくる人々、地下鉄の入り口から出てくる人々。サラリーマン、OL,髪を染めた若者。あらゆる方向から歩いてきた人たちがあらゆる方向へ向かって歩いて行く。ほとんどの人たちは家へ帰って行くが、中には一杯飲みに行く人もいるかもしれない。それぞれの人に帰る家があり、遊びに行く場所があり、歩く目的があるのだ。
 それでも、Tシャツにベージュのパンツ姿の二十歳の女が一人、道路端のアスファルトに胡坐を搔いてアコースティックギターを弾いて歌っていると、数多くの通行人のうち、何人かは足を止め、女が歌っている姿を見下ろし、その歌声と、彼女が奏でるギターの音色に耳を傾ける。人が集まり始めると、どうしてそこに人が集まっているのか気になるのが人間の心理なのか、次第に人の数が増えていくときもある。
 一曲歌い終えると、温かい拍手が沸き起こる。
「ありがとうございます」
 歌い終えた女性ミュージシャンが会釈をすると、肩まで掛かっている茶色いストレートパーマの髪が前に垂れ、彼女は一度前髪を搔き分ける。
「お姉さん、名前は何ていうの?」
 どこかで一杯引っ掛けてきた帰りだろうか。頬が赤い年配のサラリーマンが腰を屈めて訊ねてきた。
「大熊櫻といいます。栃木県栃木市から来ました」
 比較的低めの声は、一度聞いたら忘れづらい特徴だ。櫻にとって自分の声は、中学生の頃までは重荷のように感じていたものの、高校時代に組んだバンドでは、高音の女性ボーカルと一緒に歌うときのハモりが美しいと色んな人たちから褒めてもらえた事が逆に自信となり、今では自分で作詞作曲した歌を歌うときは、自分の声に合わせたキーで堂々と歌っている。丸みのある小さな鼻には不釣合いにも見える大きめの口。子供の頃はよくそれでからかわれていたためこちらもコンプレックスだったが、路上ライブをしながら日本全国の旅をしている今では、歌を歌うのにちょうど都合の良い口の形で生まれてこれたのだと思えるようになった。

 櫻は故郷の栃木を出て日本全国の旅を始めたばかりで、約二ヶ月ほど仙台に滞在している。週三回ほどのペースで仙台駅前で路上ライブをやっているが、明日あたり、そろそろ次の土地へ移動しようと思っているので、今日は仙台で行う最後の路上ライブだ。
「喉渇いたでしょ? 良かったらどうぞ」
 中にはそう言って、飲み物やおにぎり、お菓子を差し入れてくれるお客さんもいる。
「ありがとうございます。いただきます!」
 もう終電は終わっている。さっきからずっと歌を聴いてくれていた二十代半ばくらいの女性が自動販売機で五百ミリリットルのペットボトル入りの水を買ってきてくれて、白い手袋をはめた手でキャップを外して渡してくれた。櫻は一口飲むと、それからまた演奏を続けた。歌っていると喉が渇く。一曲終わるごとに、女性が買ってきてくれた水を飲みながら、女性と雑談を交わしたりする。他のお客さんはもう帰ってしまったし、人通りも少なくなってきた。それに、何やら眠気も催してきたところなので、今日はもうお開きにしようかと思っていると、急激に瞼が重くなってきた。

   ×   ×   ×

「お姉さん、大丈夫?」
 男の人の声がして櫻が目を覚ますと、目の前には仙台駅前の歩道橋の階段、自分の傍には警察官の男性二人が立っていた。空は明るみを増しており、ビルの谷間に垣間見える藍色の空に雲が浮いているのが見えた。
「え……どうして?」
 何がどうなっているのか分からない。櫻はギターを抱えたままアスファルトの上で寝ていたようだ。すぐ傍には背中に背負うタイプのギターケースと、ペットボトルの水が置いてある。どうしてだろう? いつもならアパートの部屋で寝るはずなのに。
「女の人がこんなところで一人で寝てたら危ないよ」
 自分とした事が、路上ライブをしていてそのまま寝てしまったのか。こんな事は初めてだ。
「あぁ、すいません。もう帰ります」
 小さな耳たぶがカッと熱くなっているのを感じる。慌ててギターをしまって立ち上がると、パンツのポケットから財布がこぼれ落ちた。高校時代からずっと使っている、ピンク色の財布だ。
「あ!」
 拾い上げたとき、異変に気付いた。
「お金がなくなってる!」

 女がくれたペットボトルの水に睡眠薬が入っていたのだ。一万円札が二枚と千円札二枚、そして小銭が少々。幸い、財布の中の交通系ICカードとキャッシュカード、そして櫻にとって命の次に大事なギターは無事だったが、現金が全て綺麗に抜き取られている。交番に行って届出をしたが、犯人を見つけるのは難しいと言われた。
 せっかく親切な人に出会えたと思ったのに、まんまと騙されてしまった。

 重い足取りでアパートまで歩いて帰り着く頃には、太陽はとっくに空の上に上がっていた。
 お風呂に入ってから寝る。ついさっきまで寝ていたとはいえ、四時間も寝ていないし、固いアスファルトの上だったので、気持ち的にもだいぶ疲れている。
 幸い、アコースティックギターはどこにも傷が付いていない。櫻にとっては、現金を盗まれた悔しさよりも、「ギターを盗まれなくて良かった」という安堵の気持ちの方が強い。というのも、このギターは死んだ兄、隆史(たかふみ)の形見なのだ。七つ年上の兄は高校時代に軽音楽部、大学時代にはサークルでバンドをやっていて、兄が中学生のときにこのギターを買ってきたときを含めると、計十年間ずっと使い続けていたギターだ。物心付いた頃から兄がギターを弾いている姿を見ながら育った櫻にとって、このギターは今や、兄がこの世に生きていたという確かな証なのだ。
 かつて、兄に言われた言葉を思い出す。
「櫻は優しくていい子だけど、世の中には櫻みたいないい人ばかりじゃないから、気を付けた方がいいぞ」

「はぁ……」
 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、ベッドに横たわった櫻は壁に立てかけたギターを眺めながら、大きく溜め息を吐く。
「これからは知らない人から食べ物や飲み物を貰ったときは、自分で封を開けるね」
 櫻はギターに向かって呟き、そのまま深い眠りに着いた。

前編

 関東平野の北部、栃木県の南側に、栃木市という街がある。西に聳える太平山は古事記にも登場するほど歴史のある名所で、栃木駅から北に向かって歩いて行くと、区画整理された蔵造りの街並みが広がっている。江戸時代には宿場町として栄え、太平洋戦争では空襲を免れたという事もあり、江戸時代に造られた建物がそのまま残っているのだ。市の真ん中を流れる巴波川は、江戸時代から昭和初期にかけて、北関東と江戸(東京)の物流を繫ぐ重要な水路としての役割を担っていた。
 その蔵造りの街並みが眺められる巴波川から少し西へ入った町内に、この街では見慣れた土蔵の塀で囲まれた屋敷がある。瓦屋根を被った木造構えの門扉を潜ると、二階建ての母屋に、石畳が敷かれた庭を挟んで蔵造りの倉庫が建てられた立派な屋敷。
 大熊櫻はこの家で育った。

 櫻の家が江戸時代から代々継承してきた「大熊堂」は、地元では結構名の知れた老舗の駄菓子製造会社だ。櫻の祖父にあたる九代目の社長は櫻が中学生のときに亡くなっており、今は櫻の父親が十代目の社長だ。
 社長令嬢だけあって、赤ん坊の頃から何一つ不自由なく育った。物心ついた頃には既にピアノを習っていて絶対音感も持っているし、小学校六年間は英会話教室にも通っていた。
 幼い頃の櫻は、両親や兄と一緒に巴波川に向けて餌を投げて、鯉が我先にと口を開けて寄ってくる様子を眺めたり、船頭が観光客を乗せて竿を漕ぐ遊覧船が、幸来橋から下流に数十メートル下った巴波川橋の間を往復する姿を見るのが楽しみの一つだった。特に、遊覧船に乗っている観光客に手を振って振り返してもらえたときは、櫻は満面の笑みを浮かべて喜び、さらに大きく手を振ったものだった。
 巴波川の名前の由来は、川でたびたび渦が起きて波打っていたから、という説と、かつてこの地を治めていた皆川家の家紋が三つ巴が渦を巻いている紋様だったから、という説があるが、櫻が生まれるだいぶ前から、この川が渦を巻いている姿を見たという者は、地元にはいない。
 小学校三年から五年生のときは、高校生だった七つ年上の兄が同級生とやっているバンドが自宅の倉庫で度々練習をしていて、櫻は兄のバンドの演奏を倉庫で見学するのが楽しみの一つだった。テレビからは流れてくる事のない、兄のバンドのメンバーが作詞作曲したオリジナルの歌を直に聴いているうちに、櫻もいつの間にか、自分で作詞作曲が出来るようになっていた。兄がギターの弾き方を教えてくれる事もときどきあり、櫻も中学校を卒業する頃には、ギターの基本的な弾き方は理解していた。
 櫻は兄が卒業した市内の県立高校へ入ると、かつて兄が所属していた軽音楽部に入部。同級生の女子三人で「エバンズビル」という名前のバンドを組み、三年間活動を続けた。
 エバンズビルでは、櫻はベースを担当。その他のメンバーは、ドラムの詩音、そしてヴォーカルとギターの千夏だ。櫻と詩音は中学校も一緒だったので気心知れていた。櫻の自宅から高校までは歩いて二十分ほどの距離で、高校からの帰り道は途中まで詩音と一緒だったので、櫻と詩音はほぼ毎日一緒に歩いて帰っていた。宇都宮の中学校出身の千夏は櫻が高校に入ってから知り合ったが、一年生のときにクラスが一緒だったので、三年生の部長から「気が合いそうな人と一緒にバンドを組め」と言われたとき、何となくこの三人で集まってバンドを組んだのだ。
 バンドを組むとき、誰がボーカルをやるか、という話になり、三人は駅近くのカラオケに行った。断トツで一番点数が高かったのが千夏だったので、千夏にやってもらう事になった。千夏の声は高音を出すときも震えたりする事がなく、安定した歌声を持っていた。小さい頃から音楽に触れて育った櫻でも、歌声では千夏に敵わなかった。

 部活は学校の視聴覚室の奥にスタジオが設けられていて、他のバンドと時間を割り振って、一回一時間の練習を週二回程度やっていた。その他、櫻の自宅には庭先の離れに倉庫があるので、高校時代の兄のバンドがやっていたのと同様、櫻が父親に頼み、エバンズビルも週二回ほどは櫻の自宅倉庫で練習をしていた。父さんも若い頃にバンドをやっていたらしく、倉庫にはドラムもしまってあった。倉庫の分厚い壁は防音効果もあり、好きなだけ音を出す事が出来た。学校の文化祭だけでなく、二年生からは地元のイベントや宇都宮のライブハウスにもときどき出演するようになったので、いつも直近のライブに向けて練習するという目標が、三人にとって練習に打ち込むモチベーションとなっていた。
 櫻は作詞作曲も出来たので、ライブのときはカヴァー曲だけでなく、櫻が書いたオリジナルの曲を三人でバンド用にアレンジしながら練習して演奏した。自分が書いた曲を、学校の生徒や教職員のみならず、校外で行われるイベントや、宇都宮のライブハウスで全く知らない人たちが聴いて、一緒に歌ったり、手拍子をしてもらえる事は、櫻にとっても、エバンズビルのメンバー全員にとっても、最高に気分が良いものだった。

 ベースは祖母が高校の入学祝に買ってくれた。櫻が高校に入ると同時に、兄は大学を卒業して音楽を辞めてギターを櫻に譲ってくれたため、家では兄がくれたギターを使って作曲をした。
 兄は大学時代は都内のアパートに下宿していて、卒業して実家に帰るが、家業を継ぐ前に社会経験をしっかり積むため、さいたま市内の企業でサラリーマンとして働いていた。
 櫻が物心付いた頃の兄はとにかく色々な場所へ出かけるのが好きな人で、雨さえ降っていなければしょっちゅう自転車で市内南部の渡良瀬遊水地や佐野の三鴨山までサイクリングをしに行っていた。特に何をするわけでもなく、「日常的に行かない場所へ出かけてみると、気持ちに刺激が入って新鮮な気分になれるんだ」と言っていた事をよく覚えている。高校時代には学校の国際交流事業でアメリカにホームステイに行ったり、大学時代は友人らと一緒にアジア数カ国を周遊したりと、旅行が好きな人だった。
「アメリカに行ったとき、日本の文化との違いにカルチャーショックを受けたけど、アジアを旅したときはさらに衝撃を受けたよ。アメリカに比べれば、アジアは日本に近いし、似てるように思えるだろ? でも実際には、中国、インド、ベトナム、タイ、それぞれの国にそれぞれ文化の違いがあって、それぞれ日本と全然違う。そんなに遠くない国なのにこんなに文化が違うのか、って、毎日驚きの連続だった」
 アジア周遊を終え、すっかり日焼けして帰宅した兄が話してくれた世界の話は、思春期真っ只中の櫻にとって、同級生の友達からは聞く事の出来ない、本当に神秘的な話だった。
「世界は広いぞ。世界全体を、櫻が通ってる高校の敷地の面積に例えるなら、俺が持ってる知識なんて、まだまだ名刺一枚の面積にも満たない。どんなに勉強したって、実際に世界を見てみなきゃ、見聞を広めた事にはならないと思う」
 櫻もいつか、自分も旅をしてみたいという憧れを持つようになった。自分がまだ見た事のない世界を、この目で隅々まで見てみたいという思いを抱くようになった。

 櫻が高校二年生の夏休みに入って最初の日曜日。その年一番の猛暑日となり、外では朝から蝉がけたたましく鳴いていた朝だった。
 櫻が部屋で寝ていると、学校がある日でもないのに、母さんがそれまでに見た事がないほどに青ざめた表情で部屋に飛び込んできた。
「櫻! 隆史が交通事故に遭ったって!」
 目が覚めたばかりの櫻には、何が何の事だかさっぱり理解出来なかった。もっとも、母さんはあまりに突然の出来事に、物事を正確に伝える事も出来ないほど動揺していたのだ。
 二十四歳だった兄は会社の休日を利用して友達と遊びに出かけるため、朝早くから車で家を出て行き、道幅の広い県道の交差点に差し掛かったところで、居眠り運転で信号無視をした車に横から突っ込まれ、還らぬ人となったのだ。救急車で病院に運ばれたものの、病院で死亡が確認された。ほぼ即死だったという。警察から自宅に電話が掛かってきたとき、既に遺体は警察署に搬送されていた。知らせを聞いたときはショックとか悲しいといった感情はまだ湧いてこず、ただただ、何かの間違いではないか、と思うだけだった。
 兄の遺体が自宅に運び込まれたときは、怖くて兄の顔に被せられた布を自分で外す事が出来なかった。親戚の人たちがやって来て顔を見ようとしても、櫻だけは俯いて、兄の顔を見ないようにしていた。当時は背中まであった黒髪が前に垂れ、現実から目を反らす櫻の表情は、周囲の人たちからは見えなかった。櫻は兄が死んだ事が嘘であると信じていたかったのだ。死顔を見てしまえば、兄が死んだ事実を受け入れざるを得なくなってしまう。これは何かの間違いだ、何かの悪い冗談なのだ、悪い夢を見ているんだ、そう思いたかった。
 それでも、納棺の儀で兄の死顔を見たときは、堪えきれない涙が次から次へと溢れ出てきて、ハンカチで拭っても止める事が出来なかった。

 お兄ちゃんは本当に死んでしまった。

 受け入れたくもない事を受け入れなければいけないこの現実は、櫻の胸の奥深いところをえぐり取っていき、その後の櫻が生涯抱えていかなければいけない、大きな大きな傷となった。
 葬祭場の祭壇に並べられたのは、兄が高校時代にホームステイしたアメリカでの写真や、大学時代に友人とともにアジア周遊したときの写真の数々。

「世界は広いぞ」

 写真の中で、世界遺産であるフエの王宮を背景ににっこり笑っている兄の声が聞こえてくるような気がした。
「そんなに広い世界の中に私を遺して、どうして逝ってしまうの?」
 通夜、告別式が全て終わり、骨となった兄を連れて自宅へ帰ると、櫻は自分の部屋に閉じこもり、兄が大学時代まで大事に使っていたギターを抱きながら、夜遅くまで泣き続けた。

 夏休みはバンドの練習をしていても、ついついボーッとして練習に身が入らない日が続いた。ドラムが作り出すリズムに合わせて間違えずにベースを弾く事は出来るのだが、どうしても演奏に気持ちを込める事が出来ない。
 これまでも、櫻や父さんよりも帰りが遅かった兄は、晩御飯を家族とともにする事が少なかったし、櫻が朝起きると兄はとっくに出かけた後だったので、同じ家に住んでいながら顔を合わせる機会は少なかったものの、自宅の敷地に停めていた二台の車のうち、主に兄がよく使っていた軽自動車が事故の日以来戻ってこないままスペースが空いているのを見て、家族で食事をする居間に設けられた後飾り壇で微笑を浮かべている兄の遺影を見ていると、もう兄は帰ってこないんだという実感が湧いてきて、身体中の力が抜けてしまう。座ったり立ち上がったり、何かちょっとした動作をするたびに、いちいち溜め息が出てしまうのだ。

「何のために音楽なんてやってるんだろう?」

 詩音も千夏は通夜、告別式に来てくれたが、それ以降、兄の話題には一切触れず、かといって過剰に優しくしたり気を使ってきたりする事もなく、今まで通りに接してくれた。きっと、二人でそういう取り決めをしてくれたのかもしれない。櫻にとっては、下手に軽々しい慰めの言葉を掛けられるより、ずっとありがたかった。二人ともそれぞれ兄弟姉妹がいるが、いつもだいたい同じ時間になれば帰ってきていた家族が、もう二度と帰ってこない、二度と会えないというこの喪失感は、さすがに同じ経験をした事がある人にしか分からないだろう。
 何でも話し合える大親友の三人でも、踏み込めない話には立ち入らない。親しき仲にも礼儀ありなんて言葉があるが、わざわざ言葉にしなくてもそういう事が出来るのだから、私たちはだいぶ大人になれた。櫻はそんな事を感じ取った。

 とはいえ、生きる目的がなかなか見い出せずにいる櫻に手を差し伸べてくれる事となったのは、夏休みがもうすぐ終わろうという頃、宇都宮にある「アイソトープ」というライブハウスから、エバンズビルに出演依頼が来た事だった。アイソトープは夏休み前に学校行事で出演したライブ以外、校外で一度だけ出演した事がある店なのだが、自分たちみたいな、音楽活動を始めたばかりの高校生でも、力を必要としてくれる人がいる。お店の方から「出演しないか?」という誘いが来たのは、櫻はもちろん、メンバーの全員にとって飛び跳ねるほど嬉しい事だった。
 初めて出演したときはお客さんの数がそんなに多くなかったが、今回はファンを多く動員出来るミュージシャンが対バンにいたため、四十人ほどのお客さんを前にして演奏をした。先輩ミュージシャンに比べれば、自分たちのレベルはまだまだひよっこだ。それでも、ライブではお客さんの多くは一曲終わるごとに拍手をしてくれたり、アップテンポの曲を演奏中に手拍子をしてくれたりもした。
「練習はどれくらいのペースでやってるの?」
「次のライブはいつ?」
「あの曲凄く良かったよ!」
 ライブが終わった後、色んなお客さんが声を掛けてくれた。特に櫻にとって嬉しかったのは、お客さんがカヴァー曲よりも、自分が書いた曲を褒めてくれる事だった。自分が書いた歌詞に共感したとか、切なかったとか言ってもらえると、一曲の生みの親として、時間を割いて曲を書いて良かったと思えた。
 他のメンバーとの話し合いでも、もっと色んな店に出演しよう、レパートリーを増やそうという話になり、櫻はますます作詞作曲に精を出し、三人で学校のスタジオでデモCDをレコーディングしては、宇都宮の別のライブハウスに音源を送って営業をかけた。音源を送るのは、宇都宮に住んでいる千夏がやってくれた。そうしているうちに、アイソトープ以外にも、高校在学中に二件のライブハウスに出演する事が出来た。
 中でも、三年生になるとアイソトープは二ヶ月か三ヶ月に一回くらいのペースで出演依頼が来て出演した。アイソトープのオーナーは塚本さんという、四十代後半の男性なのだが、演奏に対する批評よりも、曲と曲の間にチューニングを合わせるときに他のメンバーが話の場を繫いだり、他の出演者の演奏が全部終わってから出演者たちにきちんと挨拶してから帰るとか、舞台に立つ者としての心構えとか礼儀といったものをよく教えてくれた。
 ライブが終わると、お客さんはたいてい「可愛いね」とか「高校生なのにこういうところに来て演奏してて凄いね」とか、褒め言葉を並べて帰っていくのだが、オーナーは逆に苦言を呈してくる事があった。特に、メンバー同士の打ち合わせが不十分で曲と曲の間のMCで間が開いたりしたときは、ライブが終わった後でたびたび注意されたものだ。
「今は高校生だからまだ多めに見てもらえてる部分もあるけど、大人同士になると、チューニングがなかなか合わなかったりMCで白けたりしてたら『可愛い』なんて言ってもらえなくなるぞ」
 単なる趣味の感覚でいるなら、ライブハウスに出演する必要はない。お客さんにしてみれば、せっかくお金を払っているのだから、MCでメンバーだけの自己満足な会話をしたり、練習不足な状態で演奏をするのは、レストランの店員がお客さんがいる店内で雑談したり、失敗作の料理をそのままお客さんに出すようなものだというのだ。
「音楽で生計を立てているわけではないとはいえ、お客さんからお金を貰ってステージに立つ以上、プロとしての意識は忘れるな」
 オーナーから指摘されたとおり、三人はライブが終わった後は、次の練習で集合したとき、MCも含め、ライブ全体の反省会をするようになった。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉があるが、それなりに闊達な意見が飛び交い合う。誰かの欠点を他の誰かが指摘すると、また別の人がフォローして改善策を提案する。厳しい事を言い合って喧嘩になりかける事があっても、必ず三人で力を合わせて方向性を見い出した。――そうやって自分たちは確実に大人になっている。そんな実感を嚙み締めてもいた。

「あまり格好付けて着飾る事なく、自然体に」

 バンド活動をする上で、三人で心掛けていた事だ。ライブハウスに行けば大人の世界を垣間見ているとはいえ、高校生でいるうちは、高校生じゃなければ出来ない歌を作ろうというのが、三人の共通認識だった。

 卒業式が終わった翌日、栃木市内の公民館で、櫻が通っていた高校だけでなく、市内の高校の軽音楽部が毎年合同で開催している三年生の卒業ライブイベントが開催された。多くのバンドにとって、この日が高校生として出演する最後のライブになる。もちろん、中にはこの日を最後に音楽を辞める人もいる。
 櫻は一年生と二年生だったときもこのイベントを観客として見に来ていて、これから新しい人生に向かって羽ばたいていく先輩たちの集大成ともいえるライブを見て、自分があの舞台に立つときはどんな気持ちになるんだろう、と思いをめぐらせていたが、実際に卒業ライブの舞台に立ったときは、演奏を始めた時点で既に涙が出始めてしまった。千夏と詩音を見れば、やはり二人とも目に涙を浮かべている。
「最高の笑顔で高校生活を締めくくろう」
 この日のライブに向けて練習をしていたときは、三人で話し合ってそう決めていた。エバンズビルの三人は、卒業してからも、定期的に集まってライブをしようと決めていた。だから、この日はただ単に高校生活で最後のライブというだけで、エバンズビル最後のライブという意識は、メンバーの誰も思っていなかったのに、実際にライブが始まったら、次から次へと流れてくる涙を止める事が出来なかった。特に最後の曲では、千夏の声が震えて、櫻のコーラスとのバランスが崩れてしまうほどだった。
 学校のスタジオに比べて薄暗い、冷房も暖房もない倉庫で練習した日々。放課後や練習後には、駅の近くにあるファミレスで、ドリンクバーを何杯もおかわりしながら、三人でライブの打ち合わせをしたり、雑談をして過ごした日々も、もうこれで終わりなのだ。そう思うと、涙を止める事など到底無理な話だった。
 振り返ればバンドを結成したばかりの一年生のとき、三年生の先輩から「同級生のガールズバンドは長続きしないから気を付けろ」と言われていた。単なる仲良し集団になって、音楽に対して真剣に取り組めなくなってしまうというのだ。それでもエバンズビルのメンバーは、例えば「スタジオ内は飲食禁止」などの部の規則をきちんと守り、お互いが間違った事をしていれば、お互いに注意し合える関係だったし、櫻の家の倉庫で練習をするときも、遊びではなく、練習をしに来ているんだという意識をしっかり持って、倉庫の中では音楽以外の話はしないといった自律を保ちながら三年間活動を続けてきた。単なる仲良し集団だけで終わらず、三年間のバンド活動を通して、三人で一緒に大人になれたという事は、三人の人生にとって、実に誇らしい事だと思っている。

 櫻にとって、兄を亡くした喪失感が癒される事は、これから先もなさそうな気がする。それでも、そんな櫻のえぐられた胸の隙間を埋めてくれたのが音楽であり、エバンズビルの活動だったのだ。兄の死さえ除けば、エバンズビルのおかげで、高校三年間は実に充実したものになった。いやむしろ、エバンズビルの活動があったからこそ、兄の死を乗り越える事が出来たのだ。エバンズビルのメンバーはこれから先、一生付き合い続けていく親友でいられそうな気がしている。

 勤務時間を終えた櫻は、上司から貰った給与明細をロッカールームで広げる。高校卒業から半年が過ぎ、今日は二十歳の誕生日を迎えてから最初の給料日だ。
「……ん!」
 高校卒業以来、髪を耳が隠れる程度の長さに保っている櫻は給与明細を見つめながら頷いた。二十歳になったため、給与明細には、今月から住民税の控除が記載されている。手取りの給料が少なくなるから損した気分と同時に、名実共に大人の社会人になれた実感を嚙み締めた。税金を払うという事は、社会に貢献するという事だ。
「何難しい顔してるの?」
 ロッカールームに入ってきた、三十代前半の先輩女性社員の声が後ろから聞こえてきた。
「あっ……。今月から住民税が引かれるので、それを確かめてました」
 櫻は給与明細を畳み、ロッカーの中から出したリュックサックにしまう。
「そっか。大熊さん、二十歳になったんだね」
 先輩は胸に付けていた名札をロッカーにしまい、自分のハンドバッグを取り出す。
「でもいいじゃん。お金持ちの実家暮らしなんだから、自分の好きなようにお金使えるでしょ」
 そう言うと、先輩は「お疲れー」と言いながら足早にロッカールームを出て行った。
「そういう自分だって実家暮らしなのに……」
 櫻はロッカールームの扉が閉まると、俯きながら呟いた。

 櫻は高校一年のときから音楽の道に進みたいと思っていたので音大の受験を希望していたが、それには偏差値が低すぎて、三年生の夏に断念した。
「私って、大熊堂を継ぐべきだと思う?」
 高校三年の夏休みに、櫻は父さんに相談した事がある。本来跡取りだった兄が亡くなった事で、大熊堂の後継者はいない現状なのだ。櫻は台所でお菓子を作る事は好きだが、会社の経営となると、全く話は違うと思っている。小さい頃から、父さんの会社は兄が継ぐものだと思っていたので、自分が会社の経営をするなんて考えた事もなかった。高い革張りの椅子に座って、部下が持ってきた書類をチェックして、事務所や工場に顔を出して、管理職の人に偉そうに指図をして、取引先のお偉いさんと上手く商談をして、いかに会社に利益をもたらせるか考える。高校三年間、バンド活動と作詞作曲に明け暮れるばかりで、将来の事なんて何も考えていなかった櫻にとって、自分が二百年も続く老舗の暖簾を守るなんてとても想像出来ないし、自分にそんな能力があるとも思えない。むしろ、自分のような者が継いで潰れたりでもしたら、それこそ従業員やその家族、そしてご先祖様に申し訳が立たなくなる。
「自分がやりたい事をやりなさい。会社は能力がある人が継ぐべきだ」
 櫻が小さい頃から、父さんは兄に対しては厳しい人だったが、櫻に対しては甘かった。兄は将来、父さんの会社を継ぐ事が前提だったから、子供の頃から塾に通い、大学で教養を身に付け、社会人としての常識をしっかり身に付けるためには、いきなり親の会社に入るより、社長の後取りだという事が通用しない他社に入って社会経験を積まなければいけないんだという教育をしていた。
 一方、櫻に対しては、ピアノを辞めたいといえば辞めさせてくれたし、英会話教室に行きたいといえば通わせてくれた。高校で軽音楽部に入部して、ベースの弦を張り替えるときも、必要なお金は親が出してくれたし、バンドの練習をするときも、スタジオを借りるとお金が掛かってしまうからという事で、家の倉庫を自由に使わせてくれた。将来については、特に大学に行けとも言われなかったし、父さんの会社に入れとも言われなかった。
 生まれながらにして人生の軌道を決められていた兄に対し、櫻は自分の好きな道を選びながら歩んでこれた。ただ、高校卒業後の進路という事になると、高校受験に比べ、進路の概念がだいぶ変わってくるように感じられた。

 エバンズビルでボーカルだった千夏は看護師になるため、県北部にある医療系の大学に進学した。ドラムの詩音は美容師を目指すといって、都内の専門学校に入り、一人暮らしを始めている。

 私は何をすべきなんだろう?

 音楽以外にやりたい事が見当たらなかった櫻は、取りあえず高校の進路指導で斡旋していた地元の都市銀行の採用試験を受けて就職した。勤務先は小山支店だ。
 中学校も高校も徒歩通学の圏内だった櫻にとっては、毎朝早起きをして電車に乗るというのが人生で初めての経験で、これが想像していた以上になかなか疲れるものだった。朝は六時には起きて化粧をし、栄養ゼリーを食べながら駅まで歩いて、それから電車に乗って小山まで行く。高校生のときはのんびり家で朝食を摂ってから学校に行ってトイレで化粧を、なんて事もあったが、社会人になった今はそんなわけにはいかない。黙って授業を受けていればそれで何も問題がなかった高校時代とは違って、銀行では一日に莫大な額のお金の管理を、自分に任されている。自分が「〇(ぜろ)」の数を一つ打ち間違えただけで、銀行全体の信頼にかかわってくるから、責任は重大だ。
 櫻は高校時代、コンビニのバイトをしていた時期があり、その頃は学業とバンド活動、そしてバイトの三足のわらじを履いて忙しい毎日を送っているつもりでいたが、今になって思えばとんでもない。毎日働く社会人が背負うプレッシャーやストレスに比べれば、勉強も部活もその比ではない。コンビニのバイトだって、多いときでもせいぜい四時間から五時間の勤務を週四回程度までのシフトだった。それでも毎日くたくただったが、社会人の今は当時の倍くらいは疲労が溜まっている。
 仕事を終えて家に帰り、夕食と入浴を済ませれば、だいたい八時くらいからは居間でテレビを見たり、自分の部屋でゆっくり過ごせるから、その時間を使ってベースやギターの練習をするが、翌日も仕事なので、あまり夜更かしは出来ない。疲労度が音楽の感性にも影響を与えるのか、高校時代は一曲が完成すればすぐ次の曲のメロディーや詩が自然と浮かんできた櫻だが、今では全くメロディーが思い浮かばない。高校時代は学校からの帰り道、自宅近くの巴波川沿いの道を蔵造の街並みを眺めながら歩いていると、自然と頭の中にメロディーや詩が浮かんできたのに、今では同じ道を歩いていても、何も浮かんでこないのだ。休みの日に、普段は出かける事のない県庁跡の堀の周囲を散策してみたりもするのだが、これといった変化がない。
 よく、若い頃に一曲だけヒットして姿を消していくプロのミュージシャンがいるが、自分の音楽の実力は高校三年のときが人生のピークだったのだろうか。――櫻はそんな事も考えるようになった。

 十代がもうすぐ終わろうとしている晩夏には、高校時代からずっと付き合っていた彼氏の駿一とも苦い別れ方をしてしまい、下がり気味だったモチベーションがさらに下がった。
 気が付けば、あんなに好きだったギターもベースを弾く頻度も減っていき、今ではただ、部屋に飾るだけのものになってしまった。
 会社に行けば、一回り年上の先輩からは「若いのに何でそんな疲れた顔してるの?」「この程度の仕事で辛いなんて言ってたら私の歳まで続かないよ」とさんざんなじられる。上司からは「目標を持て。目標があれば、人間は頑張れるんだ」とか、「向上心を持て」と言われる。

 同じ事を繰り返すだけの毎日で、一体どんな目標を持てるというのだろう?

 十一月に入り、栃木駅から北へ向かって伸びる例幣使通りでは、栃木市で二年に一度行われている一大イベント、とちぎ秋まつりが行われた。通りには無数の屋台が建ち並び、九つの町内から十三の山車と二頭一対の獅子頭がくり出し、それぞれの町内の法被を来た人々が練り歩く。それぞれの山車に乗った人たちがお囃子や太鼓を鳴らしているので、市のメインストリートである例幣使通りは軽快なメロディが左右から飛び交い、押すな押すなの大盛況だ。
 櫻が住む町内には山車はないが、父親が経営する大熊堂が毎回祭りに協賛しているので、大熊堂の屋台ブースもある。
 櫻は今年も祭りを見に行ってみたが、家族連れで来ている人たちの姿を多く見受けた。子供たちは、それぞれ射的で誰が一番良い景品を獲得出来たか競い合ったり、綿飴やバルーンアートの作品を親に買ってもらってはしゃいでいる。
 そういえば、櫻も幼い頃からよく、両親や友達と一緒に山車を見に行ったり、屋台でゲームに興じたりして楽しんだものだ。子供の頃は何も考えず、ただ純粋に祭りを楽しんでいた。社会人になって最初の参加となる今年のとちぎ秋まつりは、祭りを楽しむ反面、どこか、憂鬱な気持ちにも襲われた。この祭りが終わってしまえば、明日からはまた仕事の毎日が始まってしまうのかと思うと、身体中が重くなる。

 次の週末には、新幹線に乗って那須塩原に行ってきた。
 東北新幹線の車窓から見える山々はすっかり紅葉が進んでいる。もう少しすればあっという間に木々の葉が落ち、冬がやって来て、少し標高の高い山は白い帽子を被ったように雪が積もった状態が続く。

 グレーのコートに赤いブーツを履いた櫻は那須塩原で新幹線を降り、バスに乗って千夏が通っている大学にやって来た。
 今日は千夏の大学で文化祭が開催される日で、千夏が所属しているアカペラサークルが出演するライブがあるため、櫻も鑑賞しに来たのだ。

 高校を卒業するとき、定期的にライブをやろうと話し合っていたエバンズビルのメンバーとは、卒業してから半年に一回ペースで集合している以外は、全く集まる事が出来ていない。詩音は東京に住んでいるし、今でも宇都宮の実家に住んでいる千夏も、生活圏が県北部になるため、例え週一回でも、一つの場所に集まって定期的に練習するというのが事実上無理に近いのだ。もちろん、それぞれ学校やバイトがあるからなおさらだ。三人で集合したときだって、都内で遊んでから詩音のアパートに泊まったり、一泊二日で横浜に遊びに行っただけで、バンドの練習はしていない。千夏は大学のサークルでアカペラグループを組んでいるが、詩音は全く楽器に触れなくなってしまった。櫻もここ数ヶ月はすっかり音楽から離れているので、もはや、エバンズビルのライブ復活は幻になりつつあるのが現状だ。

 カラッと晴れた青空の下、露店が建ち並ぶ大学の構内は、学生や家族連れの客で賑わっている。露店の大学生らは他所の店に負けじと、大きな声で客を呼び、焼きそばやクレープ、綿飴を売っている。きっとこの日のために打ち合わせと準備を進めてきたのだろう。
 活き活きとした表情の大学生たちを見ていると、櫻は、自分もどこか大学へ行ってれば良かったかなぁ、などと考えてしまう。
「まだ二十歳なんて羨ましいね。青春真っ只中じゃない」
 職場にいる年配の先輩からよく言われる言葉だが、櫻は、自分には全く的外れな言葉だと思っている。来る日も来る日も仕事に明け暮れ、趣味もなければ目標も見い出せない。それのどこが青春と呼べるのか。でも、こうして自分と同世代でありながら、社会の重みをまだ経験していない大学生が楽しそうにキャンパスライフを謳歌している姿を見ると、実に羨ましいと思う。
「この後十二時からライブをしまーす! よろしくお願いしまーす!」
 ライブが行われるという講堂の入り口の前まで行くと、ライブの宣伝をするプラカードを持った千夏が他の学生と一緒に白い息を吐きながら呼び込みを行っているのが見えた。
「チナ!」
 特徴のある低音の櫻の声で、千夏もすぐ振り向く。
「櫻!」
 櫻が千夏の下に駆け寄ると、千夏は櫻の顔を見て、真っ白な歯を見せながら笑ってくれた。千夏は櫻よりもやや背が高いが、櫻がブーツを履いている分、今日は櫻の方が少し目線が高くなる。
「春にエバンズビルで集まったとき以来だね」
 最後に集まってから半年以上経ったが、なかなか三人全員の予定が合う事がなく、今年はもう集まれそうにない。こうやって、三人はどんどんバラバラになっていくのだろうか。櫻はそんな不安を抱いていた。
「エバンズビルのメンバーに私のグループのライブを見てもらうのは初めてだからめっちゃ嬉しいよ!」
 長い髪をポニーテールに束ねた千夏は、化粧が上手くなったというのもあるのかもしれないが、高校時代よりもより大人びたように見える。目の周りに施したアイシャドーも、彼女のパッチリとした瞳を良く強調しているが、それでいてわざとらしくない。顔といえば口の大きさをからかわれてきた櫻にとっては実に羨ましい事だが、こればかりは持って生まれたものだから仕方ない。両側の耳元から顎にかけて垂れたカールのかかった前髪も、彼女の美しさを引き立てている。

 講堂にはざっと百人くらいのお客さんが集まっているだろうか。ステージの上に千夏をはじめ、五人のメンバーが登場する。そのうち一人は男性だ。照明が落ち、ステージの中央に立った五人にスポットライトが当たると、マイクを持った五人はヒップホップのナンバーをアカペラで合唱し始めた。
 伴奏もパーカスもベースも、全て声だけで「演奏」している。それでも、まるで一つのバンドが各々楽器を使って演奏しているようにすら聴こえてしまうほど、五人はレベルの高いライブを楽しませてくれるが、その中でも千夏の歌声は格別だった。千夏は一曲目はボーカル、二曲目はコーラス、三曲目は伴奏といった具合に、彼女の高音を生かしたパートで「演奏」を作り上げていた。歌の世界に吸い込まれてしまったような、この世の全てを忘れさせてくれる。千夏の歌声には、そんな不思議な力がある。

 高校生のときから、千夏はそうだった。櫻は一曲のアイデアが浮かぶと、まずは三人で集まったとき、櫻がギターの弾き語りで新曲を口ずさんだ。まだ完成してない部分のフレーズは鼻歌や口笛で聴かせた。ここのサビは繰り返そうとか、ここの歌詞はこの言葉に入れ替えようという話し合いを四人でしながら一曲を完成させると、千夏は櫻が歌詞に込めた想いの一つ一つをしっかり汲み取り、音域の広い彼女の声で、櫻がイメージした以上の感情を表現する歌声を聴かせてくれた。エバンズビルを組むとき、「カラオケで一番良い点を取った人がボーカル」という案が出て、三人でカラオケに行ったら千夏が最高点だったわけだが、彼女の歌声には、カラオケの点数ではとても語り切れない、一人の女としての魅力が備わっていたし、ライブを見に来てくれたお客さんからそういう評価をいただく事もあった。
 また、千夏は歌が上手い事も含め、そんな自分を自慢しないという謙虚さも持っていた。千夏は絵を描くのも上手で、小学校低学年の頃からいくつもの賞を獲得していて、中学三年生のときには、県の作文コンクールで最優秀賞を取って新聞にも載ったほどなのだが、高校では一切自分からそういった話題を話さなかった。エバンズビルのメンバーでさえ、高校に入学して何ヶ月も経ってから、千夏と同じ中学校出身の同級生から教えてもらってそういう経歴を知ったほどだった。
 おまけに千夏は美人だ。人柄が良くて歌も上手く、それでいて、女の目線から見てもうっとりとするような美しさを兼ね備えている。インターネットの大学進学情報サイトで千夏が通う大学のページを開けば、「在学生の声」として、大学生活がどんなものかを彼女が語ったコメントが、彼女が笑っている写真付きで紹介されている。当然高校時代、四人の中で告白してきた男子の人数が一番多かったのも千夏だった。もちろん、それだけ自分が男からモテる事も人に向かって自慢しないものだから、なおさら男たちは彼女に擦り寄ろうとしていたものだ。

 櫻は千夏のアカペラグループのライブを見ていて、千夏はもちろん、他のメンバーも、心から音楽を楽しんでいるのが伝わってきた。いきなり社会人になるのではなく、進学の道を選んだ大学生たち。この人たちは普段、ストレスといったものは抱えているのだろうか? あったとしても、そんな事は全く感じさせない。全てを忘れて、自分たちの音楽を表現している。
 櫻は音楽のジャンルこそ違えど、高校時代にエバンズビルでライブをやっていた頃の自分の姿を重ね合わせてライブを見ていた。私にもあんな頃があったんだ。私にとっては過去形だけど、千夏にとっては、今も音楽を楽しんでいる。

 羨ましい。

 櫻の頭と胸の中はただ、その一言でいっぱいだった。

「なかなかカッコ良かったでしょ」
 ライブが終わった後、学食で向かい合わせに座って食事をしながら、千夏が櫻に話し掛けた。
「高校時代の事を思い出しながら見ちゃったよ」
 櫻は首をすくめながら苦笑してみせる。
「櫻は、今でも作詞作曲はしてるの?」
「それが、仕事で毎日くたくたで、全然イメージが湧いてこないよ」
 気だるそうな櫻の表情を見て、千夏は社会人は自分が想像している以上に疲れるものなのかもしれないと思った。千夏はアルバイトはしているが、毎日フルで働くなんて考えられない。
 高校時代、千夏は櫻が「新曲が出来た」というラインでの報告がいつも嬉しくて、バンドで集まって編曲をするのが楽しみだった。櫻がどんな想いを込めてこの歌を書いたんだろう? そんな事を考えると、自然と自分の気持ちが高揚していた。高校時代の櫻は、学校からの帰り道に、いつも違う道を歩いて帰っていた。毎日違う道を歩く事によって脳に刺激が行き、ゆっくり景色を見ながら歩いていると、メロディや詩が自然と浮かび上がってくるというのだ。今では千夏も作詞をするが、高校で櫻と出会えたからこそ、今のボーカリストとしての自分がいると思っている。
「何か刺激になるような事ないかなぁ……」
 櫻は大きく溜め息を吐く。
「社会人って、有給休暇があるんでしょ? 有休使って、旅行とかしてみたら?」
「旅行か……」
 櫻は一年半働いてきて、貯金はだいぶ溜まっている。子供の頃、兄が旅の話を聞かせてくれた事もあり、興味は持っているが、海外旅行はなかなか日数がかかる。そんなにまとめて有休を使えるような空気は、櫻の職場にはない。
「私、夏休みに沖縄に行ってきたんだけどね」
 千夏は大学の友達と一緒に三泊四日で沖縄旅行に行ったそうだ。
 千夏の話では、沖縄には神社がほとんどない代わりに、御嶽(うたき)と呼ばれる場所に神様が住んでいるとされていて、そこを崇拝する習慣があるという。
「『そば』って書かれた看板の店に入ったら沖縄そばの店だったの。沖縄じゃ沖縄そばの事を『そば』って呼ぶらしいよ」
 千夏は沖縄本島を隅々まで回ろうと思っていたそうだが、思っていたより広く、とても三泊四日で回りきれるような広さではなかったという。
「国際通りってところで路上ライブをやってる人がいたんだけどね、その人は東京出身の人で、路上ライブをしながら日本全国を旅してるって言ってたよ」
 この話には櫻も興味を引かれた。櫻も宇都宮の駅前で路上ライブをやっている人は何度か見かけた事があるが、音楽をしながら旅をするというのも、なかなか楽しいかもしれない。

 櫻は帰りの新幹線の中で、右側の車窓から見える山に向かって降りて行く西日を眺めながら、千夏が聞かせてくれた沖縄の話と、子供の頃に兄が話してくれた事を思い出していた。
「世界は広いぞ。世界全体を、櫻が通ってる高校の敷地の面積に例えるなら、俺が持ってる知識なんて、まだまだ名刺一枚の面積にも満たない」
 櫻はスマートフォンを取り出し、グーグルマップで沖縄の地図を見てみる。それから日本全体に縮小。そこからさらに全世界に縮小してみた。世界は広いが、こうしてじっくり見ると、日本国内だけでも結構広い。そして千夏の話では、本土と沖縄だけでも随分と文化が違うらしい。

 二十歳のときの兄にしても、千夏にしても、櫻よりもずっと世界を知っている。――櫻はそんな印象を持った。銀行の中でお金を数えてばかりでは、全然世界が見えない。

 私はもっと、世界を見なきゃいけない。

 四月一日朝。太陽は出ているが、空気はひんやりとしている。空を飛べたら、隅々まで泳ぎたくなるような澄んだ青空だ。
 肩にかかるくらいまで伸びた髪は茶色に染め、ストレートパーマもかけている。背中にはリュックサック、肩にはアコースティックギターを担いだ櫻は、実に新鮮な気持ちでJR栃木駅の改札を潜った。一週間前まで通勤で毎日使い慣れていた駅なのに、何だか違う空間のような気がするのは何故だろう?
 大きなリュックサックとギターケースで背中も肩も隠れ、頭も一部しか見えないので、後ろから見たら、男なのか女なのか見分けが付かない。むしろ、足が生えたリュックサックが歩いているようにすら見える。それとも背が低い分、子供だと思われるだろうか。

 櫻は三月いっぱいで退職し、今日から四十七都道府県を踏破するための旅に出ているのだ。気分を一新するため、有休消化期間だった先週には美容室で髪を染め、ストレートパーマもかけた。
 去年の暮れ、櫻は職場の上司に三月いっぱいで辞める事を伝え、年末年始の休暇中には両親にも伝えた。
「まだ若いんだし、色んな場所を旅して見聞を広めるのはいい事だ」と父さんが言えば、母さんも、「隆史はアメリカとアジアは見てきたけど、日本国内はあまり出かけた事がないはずだから、隆史が見れなかったものを見てくるといいよ」と言って背中を押してくれた。その代わり、費用は全て自分で何とかしろという事だったから、正真正銘、ここから先は全て自給自足の自己責任の人生が始まる。
 旅の計画はただ、「日本国内全ての都道府県を踏破する」というだけ。櫻はこれから待ち受けている旅にわくわくするとともに、親許を離れた生活が始まるという部分で、また一つ大人になれた実感を嚙み締めていた。
 関東地方の都県は子供の頃に家族で何度か訪れた事があるので、櫻はまず、北へ向かって旅を始めた。

 平日の通勤ラッシュが終わった後の電車は空いていた。小山駅から宇都宮に向かう電車に乗ると、櫻は景色がのんびり流れているような錯覚に陥った。道路を走る車も、道を歩く人の姿もよく見える。建ち並ぶ家々の中には、ベランダに出て洗濯物を干している主婦の姿も見受ける。それぞれの人にそれぞれの生活があり、向かう場所がある。電車の中から見える景色の中だけでも、数え切れないほどの人生があるのだ。銀行で二年間働いていたときは、電車通勤をしながらそんな事を考えた事すらなかった。やはり、この二年間がそれだけ息の詰まるような毎日だったという証だろうと櫻は考えた。
「あっ」
 思わず櫻は感嘆の声が出た。ふと、頭の中にメロディが浮かんでくる。
「背中にはリュック、肩にはギター、財布には健康保険証……」
 デニムのポケットからスマートフォンを取り出すと、櫻はぼそぼそ口ずさみながら、スマートフォンでメモを取る。メロディと歌詞が同時に浮かび上がってきたのだ。この感覚は高校卒業以来、実に久しぶりだ。新しい曲のアイデアが少しずつ形になっていく。電車の中だからギターを弾く事は出来ないが、最初の滞在地に着いたら、ゆっくり弾いてみようと思う。

 ローカル電車だけを乗り継いで最初に滞在したのは福島県の郡山だ。午後一時過ぎに郡山駅で降りると、バスチケット売り場で翌朝の仙台行きの高速バスの切符を買い、駅の周辺を歩いてみる。
 櫻にとって、福島県は隣県でありながら、初めて訪れる地だ。原発事故が起きたときは、福島に比較的近い栃木は大丈夫なのか不安になり、父さんが買ってきた家庭用放射能測定器で毎日測定していたが、そもそも、事故が起きる前からその数値だったのかどうかすら分からなかったし、関東に避難している福島県民もいる一方、原発から離れた地域では大河ドラマの舞台になった影響で観光客が増えた時期もあったというし、実際のところ、福島がどんなところなのか、この目で確かめてみたいという思いもあった。
 昼食のため、駅のそばにある定食屋に入ってみる。ファミレスとかファーストフードではなく、地元の人がやっていそうな自営業の店だ。お昼のピークは過ぎているという事もあり、店内は空いていた。二人掛けのテーブル席に座ろうとしたら、お店の女将さんが「大きな荷物で大変でしょう。こちらにお掛けください」と言って、四人掛けの席に案内してくれた。
 リュックサックとギターを自分の向かい側の椅子に置いて、生姜焼き定食を注文する。やがて出された料理を、櫻はじっくりと眺めた。こんがり焼けた上に油が滴る豚肉、みじん切りにされた薄い緑色のキャベツに、ポテトサラダ。そして真っ白なご飯に、豆腐とワカメ入りの味噌汁からは湯気が出ている。この料理で使われている食材は福島県産のものかどうか女将さんに訊いてみたい気持ちがあったが、何となく訊けなかった。櫻は福島県産でも問題なく食べれると思っているが、実際地元の人は気にしないで食べているのかどうか、以前から気になっていたのだ。でも、実際福島に来てみて、定食屋の女将さんを目の前にしたら、訊けなくなった。訊けば答えてくれるだろうが、そういう質問をしただけでも気を悪くしないだろうか。そんな心配が脳裏を過ぎる。他のテーブルのお客さんは特に変わった様子もなく食事をしている。
 櫻が生姜焼きを一口食べてみると、しっかりと火が通った豚肉はとても柔らかく、食べやすかったし、長距離移動で空腹だった櫻にとっては生き返るような心地がする美味しさだった。食べ終わる頃には、放射能の事はすっかり忘れていた。

 ビジネスホテルに荷物を置いて、ギターケースだけを持って再び街へ出る。日はすっかり落ちて、郡山のビル街の上に見える空は深い藍色に染まっていた。

 郡山で生まれ育ち、全国的に有名なヒット曲を生み出したポップグループのモニュメントが駅前の広場にはある。櫻はそのモニュメントのそばで、一時間ほど歌う事にした。マイクもスピーカーも、もちろんエフェクターもない。ギターと自分の歌声だけで勝負だ。
 アスファルトの上に胡坐を搔いて座り、始めのうちは、ここに来るまでに思い付いたメロディを口ずさみながらギターを弾いていた。道行く人たちの中には、櫻の前で立ち止まる人もちらほらいたが、いずれも数秒から一分もしないうちに立ち去って行ってしまう。少し離れたところで路上ライブをやっている人の周りにはお客さんが集まっているのに。やはりこれは作りかけの練習を披露するよりは、しっかりと一曲ずつ歌った方がお客さんが集まるかもしれないと思い、高校時代にエバンズビルでやっていた自作の曲を弾き語りで歌った。
 二曲ほどやっても、なかなかお客さんは立ち止まってくれない。座っているからダメなのかとも思い、二曲目は立って歌ったが、それでも誰も振り向いてくれなかった。三曲目に、高校時代にライブでよくやっていた有名メジャーミュージシャンの楽曲を弾いてみた。すると、面白いほどにぽつりぽつりと足を止めて聴いてくれるお客さんが出始めた。オリジナルよりも、誰もが知ってるカヴァー曲の方が集客率は良いのだろうか?
 どこの誰なのか分からない櫻に、温かい飲み物やコンビニのおにぎりをくれる人もいた。人数を正確に数えたわけではないが、生まれて初めて挑戦した路上ライブは、ざっと延べ十数人の人が櫻の歌を聴いていってくれた。

 何だか、これから先の旅は上手くいきそうな気がしてきた。

 郡山で一晩過ごすと、昨晩お客さんがくれたおにぎりをホテルの部屋で食べてから、高速バスに乗って仙台に移動した。

 仙台では家具付きのウィークリーマンションに入って、週三回コンビニでバイトをする事にした。高校時代もコンビニでバイトをしていたし、仕事の要領は栃木も仙台も同じだ。
 午後から日没後にかけてバイトをして、夜は終電が終わって人通りが閑散としてくるまで駅前の広場で歌った。
 高校時代、かれこれ十曲ほど作詞作曲をしたが、卒業から二年間、ほとんどまともに演奏してこなかったものだから、コードをところどころ忘れてしまっている。指の動きも幾分鈍っていたが、週三回ペースの路上ライブをしているうちに、徐々に勘を取り戻す事が出来た。ドラムに合わせて曲のリズムを取る、いわば縁の下の力持ちともいえるベースと違って、ギターはメロディーもリズムも自分で作り上げる事が出来るから楽しい。バンドも迫力があって良いが、ソロは自分がやりたい音楽を自由に奏でる事が出来るという魅力がある。
 弾いている楽器こそ違えど、高校時代に歌っていた歌を今こうして歌っていると、高校時代に戻ったような気持ちにすらなれた。まだ、社会の重みなど何も知らなかった、純粋だった高校時代に――。

 バイトが休みの日はバスに乗ったり電車に乗って思いつくままに途中下車をして、宮城県内を散策してまわった。山形や岩手も観光した。栃木だったらそろそろ葉桜になっている頃なのに、仙台まで来て満開になっている桜を見る事が出来て、櫻は何やら嬉しい気持ちになった。
 春になって桜を見ると、人は新鮮な気持ちになったり、気分が高揚したり、何かとプラス思考になれるのではないかという考えを、櫻は父さんから聞かされた事がある。緑生い茂る木や、枯葉の散った裸の枝を見ながら宴会をする人はいないが、桜を眺めながら花見をする文化があるのは、そのためだと。
「桜の木のように、人に癒しや喜びを与えられるような人になってほしい」
 櫻の名前には、そんな願いが込められているのだ。
 郡山でもそうだったが、仙台での路上ライブでは親切な人に沢山出会った。毎日自分の前で立ち止まって聴いてくれる常連さんと顔見知りになったり、差し入れをくれる人から、ギターケースのポケットに小銭や千円札を入れていく人までいる。

 私は人に喜びを与える事が出来ている。

 銀行で毎日同じ事を繰り返して息を詰まらせていたついこの間までと違い、今の櫻は自分の名前に込められた親の思いを実現出来ている実感を嚙み締めていた。

 二ヶ月ほどそんな生活をしてバイトを辞め、もう一日滞在したらさらに北へ行こうとしていた夜、誰だか知らないが、親切にコンビニで水を買ってきてくれた人がいたのだが、その水にはどうやら睡眠薬が入っていたようで、朝になったら財布の中に入れておいた所持金が全てなくなっていた、という事があった。
 さすがに櫻は気分が落ちたが、幸いにも、身体とギターは無事だったから、まだまだ旅は続けられる。それに、この二ヶ月の仙台滞在の間に、櫻にとって二年ぶりの新曲も完成した。この二ヶ月間の経験は、決してお金には代えられない貴重なものとなっている。

 青森からフェリーに乗って北海道へ渡ると、札幌でも仙台と同様にウィークリーマンションを拠点にコンビニでバイトをしつつ、人が集まるJRや地下鉄の駅前で路上ライブをしながら、北海道内をほぼ一周した。
 いくら北海道とはいえ、夏になれば暑さは関東と大して変わらないという話を聞いていた櫻だが、札幌入りしたときは二十六度だった気温が、翌日の朝には一気に八度まで落ちたときは天変地異でも起きたのかと思ったが、後でバイト先の先輩に聞いたところによると、北海道の言葉で「リラ冷え」といって、五月下旬から六月上旬にかけて、寒の戻りがやって来る事があるのだという。それにしても、夏なのに八度の気温は寒すぎた。

「日本全国を旅してるんですって?」
 ある日、勤務時間を終えてバックヤードにある控え室でロッカーから自分の荷物を出して帰ろうとしたとき、ソファに座って休憩中だった五十代の主婦の先輩が話しかけてきた。
「いい人生送ってるわね。北海道はもう色んなところを見てきたの?」
「昨日までバイトの休みを利用して、野付まで行ってきました」
 釧路空港からバスと船を乗り継いで野付半島に行ったのだが、運良く空が晴れていて、穏やかに波打つ海の向こうに国後島の姿を薄っすらと眺める事が出来た。戦後七十年を過ぎるのに、未だ故郷に帰る事が出来ない人たちの気持ちはどんなものなのだろう? 櫻は悲しい気持ちになるとともに、目の前にあるのに領土を取り戻す事が出来ないもどかしさに、何ともやるせない気持ちになった。
「せめて、北方領土出身の方たちがご健在でいるうちに、返還が実現したらいいなぁって思います」
「そうねぇ……」
 先輩は俯いて溜め息を吐いた。
「あなは北方領土が返還されたとして、上手くやっていけると思う?」
「……ロシアとの関係ですか?」
 櫻は日露戦争以来、両国の国境は、常に戦争で人の血が流れる事によって変遷を遂げてきた歴史がある事を知っている。もし本気で取り戻そうとしたら、やはりまた戦争をするしか道はないのか。平和的に話し合いで、という主張は綺麗事だろうか。
「違うわよ」
 先輩はかぶりを振りながら苦笑した。
「夕張だって財政破綻したのに、北方領土まで北海道や国が面倒を見なきゃいけなくなったら、税金とか年金とか、どうなっちゃうのかなって不安があるのよ」
 櫻にとってはあまりに意外な話だった。北海道では至るところで「北方領土返還実現を」といった文言の看板やポスターを見かけるし、メディアでもそういった主張が叫ばれている。それでも、実際に北海道で生まれ育った人の中には、こうした不安を抱えている人もいるのだ。確かに、故郷を奪われた人たちの気持ちを思うと何ともやり切れないが、先輩に言われてみればその通りのような気もしてくる。
 また、函館に上陸したとき、「北方領土絶対奪還」と書かれた看板のすぐ傍に、ロシア語教室と、日ロ両国の文化交流事業を推進する事務所が入っている建物があって、ロシア国旗が堂々と掲げられている光景も見た。北方領土の返還実現を目指す一方、財政負担が増える事に対する不安。そして、国境沿いであるが故に、ロシアとの関係も上手くやっていかなくてはいけない矛盾。櫻は学校では教えてもらえない、栃木で閉じこもっているだけでは絶対に学ぶ事が出来ない、世の中の現実に触れる事が出来た実感がした。

 路上ライブでは、ライブをやっているうちに、どういう曲を弾けばお客さんが集まってくるかという傾向も分かってきた。コード弾きよりは、早弾きで旋律を奏でている方が、お客さんは興味深そうに櫻がギターを弾く手の動きを見つめて、いつまでもその場にいてくれる。一度、歌は歌わず、インストメンタルだけで一時間演奏した事があったが、立ち止まってから最後まで聴いてくれる人が数名いた。顔よりもギターを弾く指の動きに注目してくれるというのはギター弾きとして、鼻が高くなるものだ。

 ただ、故郷栃木の知名度が低いという事実を痛感させられたのは、少し悔しかった。
「栃木市から来ました!」と自己紹介をしても、「栃木県のどこ?」と訊かれるのだ。県庁所在地の宇都宮は有名だが、栃木市はあまり知られていない。明治時代まで栃木市が県庁所在地だったんだと説明しても、いま一つピンと来ないという人が多い。人口では観光名所の日光よりも多いのに、どうやら、全国的にはあまり有名ではない地域なのだろうか?

 大宮駅前の歩道橋は無数のサラリーマンやOLが縦横無尽に行き交っている。夏もだいぶ終わりに近付いているが、太陽の熱を浴びたオフィスビルに囲まれた街のどこにいるのか、蝉の鳴き声が間断なく聞こえてくる。
 二十一歳になったばかりの櫻は行き交う人々の中、駅前の案内板の傍に立っている詩音の姿を見つけると、笑顔で手を振った。
「櫻!」
 櫻よりやや背が低い詩音も同様に明るい表情で手を振りながら櫻に歩み寄る。専門学校時代は髪を紫色や銀色に染めていた詩音は、美容師として働く今では黒髪に戻していた。学生時代は色々なネイルの写真をSNSに載せたりもしていたが、最近の彼女のSNSの書き込みを見ると、会社の社則もあるのであまりお洒落が出来ないらしいが、今日は休日という事もあり、ちょっぴり高級感のある真ん丸い銀縁の眼鏡を掛けている。
「半年振りだね」
 エバンズビルの同窓会を行ったのは、櫻が旅を始める直前、まだ櫻が仕事をしていた三月の事だ。社会人としてかれこれ二年の経験を積んでいる櫻に対し、他の三人はいずれも学生。社会人と学生のギャップを感じた事を覚えている。

 櫻と詩音は駅近くのインド料理店で食事をした。詩音は今でも都内に住んでいるので、お互いの住まいの中間地点である大宮で会う事にしたのだ。
「東北と北海道を見てきて、どうだった?」
 詩音は右手で持ったナンにカレーを付けて一口食べると、そう訊いた。詩音によれば、インドでは料理は右手で食べなければいけないんだ、という事らしい。
「お金を盗まれたり、ハプニングはあったけど、勉強になる事は多かったよ。学校じゃ絶対教えてくれない事とか」
 櫻は北方領土の問題について垣間見た矛盾について話した。
「一人旅って、トラブルが起きたときの対処は大変だけど、一人で行動して色んな場所をゆっくり見て、色んな人と話せる分、勉強になる事は多いかもね」
 櫻は北海道に二ヶ月ほど滞在してから青森へ渡ると、今度は日本海側を南へ進み、新潟で一泊しから、一旦栃木へ帰ってきた。毎日午前中だけバイトをして、午後は自宅でギターやベースの練習をしたり、作詞作曲に時間を費やしている。北海道滞在中にも一曲出来たのだが、アパート生活ではギターの練習の時間が持てなかったので、どんな進行にするかじっくり練る事が出来ている。
「日本一周して、その後はどうするの?」
 詩音が訊ねる。
「今は日本一周が目標だから、それを達成したら、自分が進むべき道を考えてみようと思う」
「よくお金あるねぇ」
「いや、結構貧乏生活してるよ。バイトしながら安いアパート暮らしで毎日節約を考えながら自炊をしてたし、二年間働いた分の貯金もあるから」
「櫻の家はお金持ちでいいなぁ」
 詩音は唇を尖らせる。高校生の頃と変わらない表情だ。
「私もアパート暮らしだけど、毎日働いてもアパートの家賃と公共料金、それからケータイ代払ったら、遊ぶお金は少ししか残らないよ」
 櫻にとって、詩音のこの言葉は素朴な疑問だった。詩音は今年高校を卒業して就職したばかりの妹と一緒に二人暮らしをしている。二人で働いたお金で家賃と公共料金を折半して払っているのだから、貯金はむしろ自分よりも貯まるのではないかと、櫻は単純に考えてしまう。
 櫻が仙台と北海道で利用した、ギターケースと荷物を置けばそれだけで一気に部屋が狭くなってしまう単身用のウィークリーマンションと違い、詩音が妹と二人で暮らしているアパートは家賃が高いのだ。

 詩音の両親は離婚していて、詩音はシングルマザーの家で育った。
 中学高校時代、放課後に櫻が詩音の家に遊びに行くと、たいていお母さんは仕事でいなかった。櫻の家はいつも母さんがいて、居間でテレビを見たり、ワイファイでスマートフォンを弄っていると、「宿題やったか」「バンドの練習がないんだったら勉強しろ」などと口うるさかった。
 それに対し、詩音の家は羨ましかった。学校から帰れば親がいないし、妹が部活で遅くなる日だったら、自分の部屋で彼氏とゆっくり過ごす事が出来るというのは魅力的だった。
 逆に詩音から見れば、櫻の家は学校から帰ればいつもお母さんがいるから、洗濯物もすぐに洗って乾かしてもらえるし、お腹が空けば晩御飯も作ってくれる。まさに絵に描いたような温かい家庭がそこにはあったのだ。
 中学校に入学して知り合って以来、櫻と詩音は、お互いを「羨ましい」と思いながら生きてきた。
 文系教科が得意だった櫻に対し、詩音は理数系が得意だった。櫻は音楽をしている者として、詩音の名前はいかにも音楽家らしい素敵な名前で羨ましい限りだったが、作詞も作曲も全く才能のない詩音は、自分は名前負けをしているだけで、作詞作曲の才能がある櫻が羨ましかった。自分が持っていないものを持っていて羨ましいとは思っても、相手が持っていないものについて、優越感を抱いたりはしない。櫻と詩音は、お互いがお互いを尊重し合える関係として、かれこれ八年以上付き合いが続いている。
 でも、詩音にとってはもう一つ、櫻に対して感謝している事もある。
 詩音は小学校高学年のとき、周囲に馴染めなくて不登校になった事がある。中学校ではクラスがバラバラになるし、他の小学校の人とも一緒になるので新しい気持ちで学校に通い始めたものの、友達はなかなか出来なかった。それでも、入学して同じクラスで、席もすぐ後ろだった櫻だけは、気さくに話しかけてきてくれた。もし、櫻と出会えてなかったら、また不登校になっていたかもしれない。高校卒業後、櫻は銀行に就職、詩音は都内の専門学校に進学して進路がバラバラになったが、詩音にとって、櫻はまさに一生の友達なのだ。

「美容師の仕事はどう? 遣り甲斐ある?」
 櫻が訊ねた。千夏と穂月が今でも大学生であるのに対して、詩音は櫻に次いで社会人になった。自分以外で仕事をしている同級生から見た社会人生活はどんなものなのか、櫻にとっては興味がある。ましてや、詩音にとっては美容師になる事を目指して二年間勉強した末になる事が出来た職業なのだ。
「最初のうちは想像していたのとだいぶ違う事もさせられたけどね」
 詩音は会社に入って最初の数週間は、駅前でチラシ配りをしたり、店舗の周辺地域でのポスティングをさせられた。ひたすら住宅街やマンションの階段を歩き回るのは疲れたし、駅前でチラシ配りをしたときは、嫌な思いをした事もある。
 中学生くらいの男の子がわざわざ詩音に近付いてきてチラシを受け取ったのだが、それを地面に踏みつけ、詩音の方を振り向いて反応を窺っていたのだ。
「ムカつくっていうより泣きそうになったけど、そこでしょげたら私の負けになる気がしたし、気を取り直して笑顔でチラシを配り続けたよ」
 櫻は路上ライブをやっていて、わざわざ櫻に聞こえるような声で「大した事ねぇなぁ」と言いながら立ち去っていく人もいる事を思い出した。人が傷付く事を敢えてして、何が楽しいのだろう?
「思春期で私の事好きなのかな?」
 詩音は笑ってみせた。こういう冗談を言えるあたり、詩音の前向きな性格も変わっていない。
「美容師としての仕事じゃない事をさせられる上にそんな経験しちゃったら凹むよね」
「でも、自分が配ったチラシを見てお店に来てくれたお客さんがいると、そういう苦労が報われる気持ちになるよ。マッサージのアンケートで、お褒めの言葉付きでA評価貰ったりすると、この仕事に就いて良かったって思えるし」
 詩音は初めてお客さんにシャンプーをしたときの緊張感は、おそらく一生忘れないだろう。何しろ相手はお客さん、全くの赤の他人なのだ。人の髪の毛に自分の指を立て、シャンプーをかけ、おまけにお金まで貰うのだ。試験に合格して資格は持っているとはいえ、痛くしてしまったらどうしようとか、そういう不安が今さらながらこみ上げてきた。それでも、記念すべき一人目のお客さんはシャンプーをしている最中、うとうとして居眠りを始めた。それだけ詩音のテクニックに安心感があるという事だ。おまけに、終わった後には「シャンプー気持ち良かったよ。ありがとう」というお褒めの言葉までもらえて、詩音は嬉しさで思わず涙目になってしまった。
「櫻がやってた仕事よりも楽しいかもね」
 月六休のシフト制だから、櫻が働いていた銀行勤務よりも一ヶ月あたりの勤務時間は長いし、一週間の生活リズムも不規則だ。それでも、詩音の笑顔は充実感に満ちている。
「仕事が楽しいと思えるって、凄い事だね」
 櫻は率直にそう思った。
 櫻は高校三年生のとき、卒業後に就職する事になる銀行の説明会の席で、「この仕事はお客様からの信頼を得る事が重要です。信頼関係の構築は、お客様とのちょっとした会話から始まります」と言われた事が印象的だった事を今でも覚えている。さり気ない会話の中から、お客様がどんな生活をしていて、どんな将来像を描いているのかを察し、決して金儲けを優先するのではなく、お客様のニーズに合わせた資産運用の方針を提案する事で、信頼関係を築く事が出来るのだと。
 でも実際働いてみたら、資産運用の話どころか、窓口でお客様からの用件を聞いてそれに合わせて伝票を処理したり定期預金の手続きをしたりするだけで、生活感を感じ取るような会話をする時間は一切ない。言われた事を言われた通りに間違いなくやるだけ。それでいて、先輩からは「仕事が遅い」と文句を言われる。高校時代にライブハウスでライブをやったときは多くのお客さんから「若いのにしっかりしてるね」という言葉をかけてもらえていたのに、職場の上司からは「そんな口の利き方をしてたら失礼だぞ」とよく言われた。自分のどの発言が失礼なのか伺っても不機嫌な顔をするだけで答えてくれないから、直しようもなかった。楽しくとも何ともなかったし、毎日が苦痛でしかなかった。
 その点、詩音は自分らしさを活かせる仕事をしているように見受けられるから羨ましい。やっぱり、櫻もいきなり就職するのではなく、専門学校か大学で勉強しながらやりたい事を見付けた方が良かっただろうかとも思えてくるのだった。
「ところで……櫻は、新しい彼氏は出来たの?」
 カレーを食べ終えた詩音が紙ナプキンで口を拭きながら訊ねる。
「相変わらず独りだよ」
 櫻はグラスに入ったアイスチャイに浮かぶ氷をストローでゆっくり搔き回しながら、首をすくめておどけて見せた。詩音はそんな櫻の表情を見て安心した。
「あいつの事……吹っ切れたんだね」
 櫻には高校二年生のときから付き合っていた彼氏がいた。同じ高校に通う同級生だったのだが、卒業後、彼は大学進学のために大阪に下宿していた。遠距離恋愛で交際を続ける中、去年の夏、櫻は三日間の夏季休暇を利用して大阪まで会いに行った。一泊二日の予定で、一日目の朝に夜行バスで会いに行く約束をしていたのだが、彼を驚かせてやろうと、その前日の夜に、新幹線で彼のアパートにアポなしで押しかけたのだ。
 あれは忘れもしない、夜でもじっとしているだけで汗が滴る熱帯夜だった。身体のコンディションは充分。勝負下着である色付きのブラジャーとパンツまで身に付けて。
 櫻がアパートの部屋のチャイムを押すと、中からは見知らぬ女性が出てきた。
「どちら様ですか?」
 関西訛りの言葉を話す女性は怪訝な顔で櫻を眺めていた。櫻は部屋を間違えたかと思い、「失礼しました」と言ってその場を立ち去りかけたが、チャイムの上に書かれた部屋番号は間違いなく彼の部屋番号だった。
「ここって……駿一の家ですよね」
 櫻が彼氏の名前を告げると、女性は「そうですけど……」と、警戒心を漂わせる目で答える。それから部屋の中からトイレの水が流れる音が聞こえたと思うと、タンクトップ姿の駿一が後ろから顔を見せた。
「どうしたんだ?」
 彼は櫻の顔を見ると、一気に顔色を白くし、慌てた様子で部屋の外に出てきてドアを閉めようとしたが、女性も強引に外に出てくる。よく見たら、ハーフパンツにタンクトップといった出で立ちだ。
「この人は?」
「いや、あの……」
 櫻が訊ねても、駿一は俯くばかりで何も答えない。
「あ、明日の朝……来る予定じゃなかったのか?」
「サプライズで今日から来たのよ」
 櫻が事務的に冷たく言い放つと、しどろもどろな駿一を他所に、女性が口を開いた。
「言葉の訛りから察すると、駿一と同じ栃木の人ですね。駿一の関係者の方かしら?」
「あの、その……こちらは……」
「駿一とかれこれ三年付き合ってる彼女なんですけど」
 女性はみるみるうちに顔を赤くした。櫻は殴られるかと思い、身構えたが、次の瞬間、彼女の手は駿一の頬を思い切り平手打ちで叩いていた。女性は一度部屋の中に入ると、鞄を抱えて、軽装のまま再び出てきた。
「勝手にどうぞ」
 女性はそのままどこかへ立ち去って行った。駿一は殴られた左の頬を押さえながら女性の後ろ姿を見送ると、櫻の方に向き直った。
「まぁ……、入りなよ」

 入る? 駿一がついさっきまであの女と一緒に過ごしていた部屋に? あの女と寝た布団で寝ろっていうの?

 頭に血が上るというのはこういう事をいうのだと、櫻は初めて理解した。自分の頭に向かって身体中の血が集まっていくのを感じた櫻は、右手で彼の頬を殴ってやりたい気持ちになったが、一瞬冷静になり、左手で、彼の殴られていない右の頬を平手打ちした。ドラマのような派手な音は出なかったが、「パンッ」という乾いた音が鳴ると、彼の体温なのか、それとも叩いたときの摩擦による熱なのか、自分の掌にはしばらく温かい感触が残った。それから櫻はその場を走って立ち去ると、新大阪駅の近くにある二十四時間営業のファミレスで朝まで過ごし、朝一番の新幹線で東京経由で栃木へ帰ったのだった。

「あのときは櫻、これから大丈夫かなぁ、って心配したけど、すっかり心配ないね」
 詩音は胸を撫で下ろすように落ち着いて言った。

「私たち……またライブ出来る日が来るかな?」
 食事を終え、ドリンクを一杯ずつおかわりしてから店を出たところで、櫻が呟いた。太陽はだいぶ傾いている。そんなに時間は経っていないと思っていたのに、もう二時間以上話し込んでいたようだ。
「もう再結成は幻だね」
 詩音が苦笑して首を傾げる。詩音は卒業以来、全くドラムを叩いていない。卒業直後の五月に三人で会ったときは、夏にライブをしようと話をしていたのに、気付けば二年半のときが流れている。櫻はブランクを挟んで音楽を再開しているが、千夏はギターを弾かず、詩音がすっかり音楽から離れているこんな状況で、人前でライブするのは逆に恥を晒すだけになってしまう。今年の三月に集まったときも、高校時代の思い出話と近況報告に花が咲くだけで、やはりライブをやろうという話は出てこなかった。
 今ではガールズバンドというより、ただ単に仲良し三人組の同窓会といった趣旨で集まっている感じがあるが、今は三人ともそれぞれ充実した生活を送っているのだから、たまに集まって近況を話し合って、困った事があれば相談し合うという関係を続けるだけでも、充分意義があるような気がしている。それは櫻のみならず、千夏と詩音も同じ考えだ。

「あーあ。私ももう来月で二十一かぁ……」
 駅に向かって歩きながら、詩音が溜め息を吐く。
 二十歳(はたち)というと、大人になったばかりで初々しい響きに聞こえる。でも、それよりもさらに歳を重ねていくとなると、自分は確実に歳を取っていくんだという事を痛感させられる。
「社会は重いよね……」
 櫻も同じように溜め息を吐く。
「私も銀行で二年働いたからよく分かるよ」
 社会人になったら勉強なんてしなくて良いんだ、大人による支配から解放されるんだと思っていた。ところが、実際社会に出てみると、自己責任が重くなる反面、組織としての制約に束縛される。それは学校の校則を守る事よりよっぽど重圧を感じるものだ。
 SNSで千夏をはじめ、大学や専門学校へ通っている同級生の書き込みを見ていると、「明日は一限からだ。しんどい」とか、「明日はせっかくの休みなのにテストに向けて一日勉強漬けだ」といった書き込みをよく見かける。詩音も学生のときは、確かにたびたびこういう事を呟いていた。でも、実際一人暮らしの社会人生活を送ってみると、親にお金を出してもらいながら勉強を最優先にして生活出来るなんて、実に贅沢な身分だと思えるのだった。
「ねぇ詩音、来週、詩音のお店に行っても良い? 詩音にカットしてもらいたい!」
「マジで?」
 詩音の透き通るような瞳が一層輝いた。
「そしたら、カラーモデルになってくれない? 材料費の千八十円でカットと染髪両方やるよ!」

 兵庫県神戸市は、異国情緒に溢れた街だ。中華街があり、そこから北へ向かって坂道を上ると、幕末から明治にかけて造られた外国の公使館が文化財として保存された街並みが広がっている。櫻は子供の頃、家族で横浜へ旅行に出掛けた事があるが、まさに横浜で見た景色に似ていて、懐かしい気持ちすら湧いてくる。地元の人に話を聞けば、幕末の時代、横浜が開港するのと同時に神戸も開港されたというし、歴史の変遷も似ている。
 兵庫県で一番のターミナルといえば、やはり三ノ宮駅だ。新幹線が止まる新神戸まで地下鉄で一駅。JRと私鉄もあり、高速バスターミナルもある。空港に行こうと思えば、モノレールの始発駅も三ノ宮なのだ。当然、人が集まる駅の周辺には飲食店やホテル、商店街が並び、街の様子は賑やかだ。
 さて、JRと私鉄の改札を行き来するには、交通量の多い県道に架かった横断歩道を渡る必要がある。バスや電車、地下鉄など、あらゆる場所からやって来た人があらゆる方向へ向かって歩いていくので、朝から夜遅い時間まで、電車が動いている時間は人の流れが絶える事はない。私鉄側の歩道にもJR側の歩道にも、横断歩道の手前にはちょっとした広場があり、夜にもなると、毎日誰かが路上ライブをやっている。
 最高気温が十度未満の日が五日連続で続いた日。さすがに路上ライブをやっている人もいないのではないか、と思った櫻は、白い厚手のコートに黒いブーツを履き、ニット帽に手袋と、しっかり防寒対策をしてギターを背負って三ノ宮にやって来たのだが、予想が甘かった。すっかり日が暮れ、ネオンが明るく照らす駅前広場では、既に二組のアーティストが路上ライブをやっている。
 櫻は発想を変えた。路上ライブをやっている人たちは、昼間の仕事を終えてからここへやって来るのだ。まだ日が出ている午後三時頃であれば、路上ライブをする人もあまりいない。それでも、三ノ宮の街は毎日観光客も歩いているから、中には立ち止まって聴いてくれる人もいるのではないか。
 そう思った櫻は、二月からはバイトのシフトを午前中に変更してもらい、午後は三ノ宮で歌う事にしたのだ。この予想は的中し、まだ誰も歌っていない広場に陣取ってギターを弾くので、観光客を中心に足を止めて聴いて行ってくれる人が多かった。

 もうすぐ一人旅を始めてから一年になる。栃木で充電期間を過ごした櫻は、琵琶湖を遊覧船で観光した後、この冬一番の寒さを記録した日に神戸に入ると、牛丼チェーン店でバイトをしながら三ノ宮で路上ライブをしつつ、休みの日は京都や大阪を中心に、関西地方の色々な場所を散策した。牛丼チェーン店でのバイトは初めての経験だったが、今までとは少し違う事をした方が、脳により刺激が入ると思ったのだ。

 一月十七日は早起きをして、東遊園地で行われた阪神淡路大震災の慰霊の集いにも参加した。震災当時はまだ生まれていなかった櫻にとって、阪神淡路大震災は歴史上の出来事でしかなかったが、神戸まで来て、実際に震災を経験した人たちと触れ合う事で、何か意識が変わる部分があるのではないだろうかと思っていたのだが、バイト先の先輩や上司、路上ライブで出会った年上のお客さんの、当時神戸に住んでいたという人は、誰も震災について進んで語ろうとする人がいないのだ。京都や大阪、あるいは和歌山に住んでいたという人は自分の住んでいた家がどうなったとか、街の様子がどうだったという話を聞かせてくれるのだが、一番肝心な、神戸の人の話が聞き出せない。
 命の尊さについて、人々に訴えかけるような歌を作りたいと思っている櫻。震災を直接経験している人と直接触れ合う事によって、何か得るものがあるのではないかと思っていたが、会う人それぞれが話そうとしないから、櫻も訊きづらいムードになってくる。
 もっとも、交通事故で兄を亡くしている櫻にとっては、こうした人たちの気持ちも、何となく理解出来る気がしている。肉親や親友をある日突然亡くした喪失感や悲壮感というものは、そう簡単に他人に向かって話せるものではない。
 兄が亡くなって、既に四年という年月が過ぎた。それでも、兄がもう実家に帰ってこない、声を聞く事すら叶わないという現実を考えると、いまだに胸を抉られるような気がするし、あり得ないとは分かっていても、「実は冗談だったんだよぉ」なんて言いながら帰ってくるんじゃないか、などと考えてしまう事すらある。もちろん、そんな経験を経た今でも、櫻は今現在元気で健康そのものの両親や、大親友のエバンズビルのメンバーの誰かが死ぬなんてとても考えられないし、考えたくもないと思っている。
 事故で肉親や親友を亡くすのと、自然災害で亡くすのとで、何か心理的な違いがあるかどうかは分からないが、きっと、震災で大切な人を失った人たちが抱えている心の闇は、櫻が抱えている傷と共通する部分があるのだろうという事は、櫻にも何となく考えられる。

「櫻さんはいつもギター一本で歌ってるけど、マイクとかエフェクターは使わへんの?」
 この時間に歌うようになってから、平日はほぼ毎回櫻の歌を聴いてくれている女性が話しかけてきた。大きな口とぱっちりとした瞳、眉毛の上で水平に切り揃えられた前髪が印象的な人だ。櫻よりもだいぶ年上だろうか。だがそれよりも気になるのは、今日はこの女性が背中にギターケースを背負っているという事だ。この人も音楽をやっている人なのだろうか。
「はい。ギター一本で全国の旅をしていますので……」
「ライブハウスで歌ったりもする?」
「高校生の頃は出演してましたが、今はライブハウスやイベントなどには……」
「今はどこに住んでおるん?」
 滑舌の良い女性は櫻が話し終わらないうちに次の質問を投げかけてくる。今まではただ黙って櫻の歌を聞いているだけで一言も会話をした事がないのに、どうして今日はこんなに積極的に話しかけてくるのだろう?
「住所は栃木県栃木市になります。今は神戸に滞在してますが、春になったら、西の方へ行こうと思うてます」
 櫻は最近、自分の話し方が関西訛りになっている事に気付いている。ある程度その土地で生活していると、話し方というものは現地の人たちの話し方が移るものなのだろうか?
「私も音楽やってるよ。私がよく出演してるライブバーがこの近くにあって、今日は飛び入りでライブが出来る日だから行こう思うてるねんけど、良かったら櫻さんも来る?」
 櫻は身構えた。仙台で睡眠薬入りの水を飲まされたときの事が頭を過ぎったのだ。
 吐く息は白い。ビルの谷間に見える空は真っ青。今、女性の後ろに見える歩行者用信号機の色は赤。空気が乾燥しているから喉が渇く。櫻の足元にはペットボトル入りの水がある。これは自分で買ってきたものだ。――櫻は自分の視界に入るものがどんな色や形をしているかを考えていた。そんな事を考えても対応方法は見い出せないのに、そんな事ばかり冷静に考えてしまう。つまり、動揺しているのだ。
「大丈夫やて」
 櫻が警戒している事が分かったのか、女性は手を振りながら笑った。
「ライブチャージはないし、食事代だけで歌うたり、他の人のライブを見たり出来るから」
 まだ安心するのは早いが、飛び入りライブというのも何やら興味がある。いざ、危険を感じたら走って逃げれば良いのだ。路上ライブを終えた櫻は、女性に付いて行く事にした。

 女性は沙耶という名前だった。櫻とはちょうど十歳年上らしい。
「失礼ですが、神戸の方ですか?」
 一緒に歩きながら、櫻は色々な質問をした。沙耶も櫻の身の上話を色々質問してきたが、彼女が怪しい人じゃないかどうかを見極めるためにも、彼女の話を出来るだけ聞き出そうと思ったのだ。
 沙耶は櫻に質問を投げかけてくるだけでなく、自分の事もべらべら話してくれる人だった。生まれも育ちもずっと神戸で、大学生の頃から本格的に音楽活動を始め、今は月二回から四回くらいのペースで、主にライブハウスに出演しているという。
 歩道を歩いていたら向かい側から自転車が来たので、櫻は沙耶の後ろに下がって自転車を避ける。視線を落としたとき、沙耶の左手を見たら薬指に銀色の指輪が見えた。どうやら既婚者のようだ。三十路を過ぎているというが、高校時代の同級生の話とか、今でも親がときどきライブを見に来てくれるとかという話はするが、子供の話はしないから、子供はいないのだろうか。
「櫻ちゃんの歌って、純粋な女の子の気持ちを歌ったもんもあるねんけど、人間の心の闇ゆうか、言葉にしきれへん負の感情が滲んでるねんな」
 一方通行の坂道を登りながら、沙耶が言った。両側には中華料理やインド料理、トルコ料理の店など、色々な国の飲食店が軒を連ねていて、店の前にはそれぞれの国の国旗が掲げられている。このまま真っ直ぐ登っていけば、異人館通りにぶつかる。昼間こそ平日でも観光客で賑わっている界隈だが、夕方になると人通りも疎らで、街灯も少ない。
「その若さでそれだけ深い歌が歌えるゆう事は、人生の悲しみをきちんと知ってるゆう事や。『唄うたい』として、大切やと思う」
 櫻は何やら、新鮮な香りを嗅いだような心地良さを感じた。自分が書いた歌を褒めてくれる人にはこれまで数え切れないほど出会ってきたが、自分が歌う歌の中から、自分の人間性まで見てくれる人に出会うのは初めてだ。櫻は作詞をするとき、特に気持ちを強調したい部分はどんな言葉を紡ぐべきかじっくり悩むが、出来上がった歌詞全体を見れば、基本的には浮かんできた言葉をそのまま綴っている。
「あまり格好付けて着飾る事なく、自然体に」
 高校時代、エバンズビルの歌を書くときにも心掛けていた事だが、それは今でも変わっていない。そうやって作った歌を、音楽活動を長年続けている先輩ミュージシャンから認めてもらえたのは、櫻にとっては自信になった。
 気が付けば、話をしているうちにすっかり警戒心はどこかへ消えていた。

 沙耶が案内してくれた店は、異人館通りよりも一本坂を下った路地にあった。雑居ビルやラブホテルが軒を連ねる一角に、店の看板が一個の電球で照らされているライブバーだ。カウンター席の他にテーブル席が四つほどあり、奥に一段高いステージがある造りで、キャパシティは二十人ほどでぎゅうぎゅう詰めといったところか。
「三ノ宮でよく路上ライブをやってる子がいたので連れてきました」
 沙耶はカウンターの中にいる女性の店主に櫻を紹介した。
「大熊櫻といいます。栃木県栃木市から来ました」
 櫻は関西訛りの言葉で挨拶した。このイントネーションで栃木出身だと言っても、あまり説得力はないだろう。それでも、女将さんからは「話し方が関東の人っぽいですねぇ」と言われた。櫻にとっては関西弁でも、本場関西の人からすれば、まだまだ関東寄りの話し方だという事か。
 他にもピアノを弾く人とギター弾きが来ていて、一人二曲ずつ演奏して交代していく、という方法で演奏していった。ピアノ弾きとギター弾きが一巡目を終えると、次は沙耶がギター弾き語りで歌った。
 沙耶は張りのある、力強い歌声のミュージシャンだった。日常で誰もが経験するような些細な出来事の中にある心の揺れを上手く切り取って、歌のテーマにしていた。愛とか平和とか、そういう大袈裟なテーマではない。感動とか絶望とか、怒りとか感謝といった感情は、自分たちが普段過ごしている日常の中から湧いてくるものなのだという事を思い知らされるような気がした。
 沙耶が歌い終わると、いよいよ櫻の番だ。
(よし、やってやるぞ!)
 路上ライブはもう数え切れないほど歌ってきた櫻だが、ステージに立ってマイクに向かって歌うのは高校の卒業ライブ以来、およそ三年ぶりだ。いざステージに上がって準備を始めようとすると、シールドもエフェクターもないのにどうしよう、と焦ってしまった。
「ウチのシールド使う?」
 ギター以外は手ぶらの櫻を見て女将さんがそう言うと、沙耶も「私のエフェクター使う?」と言って、貸してくれた。
「ありがとうございます! 使わせていただきます!」
 櫻は二人に直角でお辞儀をした。沙耶を疑っていたついさっきまでの自分が恥ずかしくなった。
 自分のギターにお店のシールドを差し込み、沙耶が貸してくれたエフェクターとスピーカーに繫ぐ。ギターのチューニングをして、マイクの音量をチェックすると、深呼吸しながら客席を見渡す。演奏をしに来た人以外にも、数名のお客さんが飲んだり食べたりしている。
「皆さんこんにちは。大熊櫻といいます。栃木県栃木市から来ました」
 客席からは拍手が沸き起こる。人前で歌うのも、拍手を受けるのも、それら自体はとっくに慣れているはずなのに、櫻は不思議と緊張してきた。この緊張感は何だろう?
「えーと……私は路上ライブをしながら日本全国を旅していまして、今まで、兵庫県から東側の都道府県は全て旅してきました。あの……」
 MCに時間を割きすぎると、お客さんは話の内容ばかりが記憶に残り、曲の印象が残らなくなる。これは高校時代、アイソトープのマスター塚本さんから教えてもらった事だ。取りあえず、櫻は旅を始めて最初に作った曲を披露した。

 背中にはリュック
 肩にはギター
 財布には健康保険証
 胸には大きな志

 これからどんな事が待ち受けているのか、夢と希望に満ち溢れた歌だ。この曲が完成した時点では、まだお金をすられる前だった。
 歌い終えると、再び客席から拍手が沸き起こる。
「次は、関西に来てから、琵琶湖のほとりを歩いていて思い付いた曲をやりたいと思います」
 一番最近完成した曲だが、ステージでMCを話すときは「新曲」といった言い方はしない。顔見知りのお客さん以外、櫻を初めて見るお客さんにとっては、全ての曲が知らない曲だから、これ見よがしに「新曲」だと宣伝しても、何もインパクトがないからだ。
 これも高校時代、アイソトープでエバンズビルのライブをしたとき、「次は新曲でーす!」と自信たっぷりに言ったところ、ライブ終了後、塚本さんから窘められた事でもある。
「高校の中でやってるイベントじゃないんだ。新曲が出来たと言ってお客さんから喜んでもらえるようになるには、道のりはまだまだ長いぞ」

 櫻が歌い終わり、途中からやって来た別のミュージシャンも含めて三順目まで全員が歌い終えると、沙耶がそろそろ帰るという事だったので、櫻も引き上げる事にした。
「私、毎月第一金曜日にここでレギュラーライブやってるんやけど、良かったら、来月の私のライブでオープニングアクトで歌ってくれへん?」
「え、私みたいなのが出ちゃっていいんですか?」
 思わぬ出演依頼に、櫻は拍子抜けというか、恐縮した気持ちになった。
「路上で会うたのも何かの縁や。櫻ちゃんにも歌ってほしい」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
 櫻は大きな声でお礼を言いながらお辞儀をした。櫻にとっては高校卒業以来、初めての出演依頼だ。栃木から遠く離れた神戸まで来て、まさかこんな出会いがあるとは思わなかった。

 それからも、路上ライブをやるときは沙耶がたびたび見に来てくれた。二、三曲聴いたら帰ってしまうが、自分の曲をほぼ毎回聴きに来てくれる人の存在は、音楽をする者として心強い。
 沙耶のレギュラーライブでオープニングアクトを務めたときは、八人ほどいるお客さんの前で三曲披露した。
 客席の照明が落ちると、明るく照らされたステージに立った櫻からは、座っているお客さんの頭の数は数えられるが、人の顔までは見れない。真っ暗な世界の中に、自分一人だけが浮かび上がっているような気分。高校時代に出演していたアイソトープの半分ほどの広さしかない店だが、そういえばステージに立ったときって、こんな感じだったよなぁ、と、櫻は思い出してみた。
 演奏しながら、櫻は路上ライブとは違う緊張感が何なのかが分かった。三ノ宮みたいな都会の駅前で行う路上ライブでは、聴いてくれるお客さんの後ろでは通行人が行き交う上、次から次へと車が車道を走る音が聞こえてくるから、バラード系の曲だと、歌う方も聴く方も、曲に没頭するのには相当な集中力が必要になる。逆に言えば、よほど良い曲じゃなければ、お客さんは飽きて立ち去ってしまうのだ。
 一方、ライブハウスのような店でライブを行う場合、その場にいる人たちは全員がライブに集中しているし、まるで外界から遮断されたかのように、他の音が一切入ってこない。櫻もお客さんも、音楽で描いた櫻の世界の中にいて、この世の全ての時間が止まっているような、そんな気持ちになれるのだ。
 沙耶のライブでは、お客さんが一緒に手拍子をしたり、コールアンドレスポンスで歌ったり、沙耶のMCにお客さんがツッコミを入れたり、和気藹々とした雰囲気の中でライブが進んでいった。ライブ終了後に女将さんに聞いたら、だいたいいつもこれくらいの人数のお客さんが集まり、もっと入るときもあるという。もちろん、音楽で生計を立てている立場ではないが、自主企画のワンマンライブで確実に自分のお客さんを集められるのだから、彼女はそれなりの実力があるだけではなく、人柄も良いのだろう。実際、ライブ終了後には、彼女はお客さん一人一人に声をかけてお礼を言ったり、ビールを飲みながら歓談をしたりしていた。

「櫻ちゃんは、日本一周した後も音楽を続けるの?」
 ほとんどのお客さんが帰った後、沙耶がビールを飲みながら訊いてきた。カウンター席で隣に座りながら、櫻はラム酒を飲んでいる。少し離れた席では、別のお客さん同士が談笑している。こうして年上の人と一緒にお酒を飲んでいると、櫻は自分もすっかり大人になったものだと感慨深い気持ちになった。
「まだ旅の途中なので将来的な事は何も考えてないですけど、日本一周したら、取りあえずは栃木に帰ってゆっくりしてから、今後の事を考えようと思ってます」
「若いときに色んなところを旅して色んなものを吸収するって、凄い大事な事だと思う。私も若いときに、音楽だけじゃなくて、もっと色んな事やっとけば良かったなぁって思うもん」
 頬に赤みがかかった沙耶はビールを飲み干すと、次はウーロン茶を注文した。お酒はあまり強くないのだろうか。
「私みたいに子供が二人もおると、子供を連れて旅行に出かけてものんびり出来へんし、旅先で出会った人とゆっくり話したり、交流が出来へんから、若いときに比べると、吸収出来るもんが少なくなるんよ」
「え、子供……?」
 櫻は頭の中の思考回路が一瞬停止した。別の人の事を話しているのかとも思ったが、彼女は確かに「私みたいに」という言い方をした。櫻はバイト先で知り合った人など、子供がいる人は必ずといって良いほど、さり気ない会話の中でも子供がいる事を表明する事を知っている。ここまで、沙耶と何度も顔を合わせて話をしてきて、一度も子供の話は出てこなかったから、とても意外な事だった。
 櫻の路上ライブで、沙耶がいつも同じ時間に少ししか聴いていけないのは、パートの仕事を終えて幼稚園に子供を迎えに行く途中だからだったのだ。
「旅が終わって、まだ音楽を続けようって気持ちがあったら、是非また一緒にライブしようよ」
 沙耶がそう言うと、女将さんも「私からも是非お誘いします」と笑顔で話す。
「はい! ありがとうございます!」
 櫻は元気良く返事をした。
「そのときは、エフェクターも持ってきてね」
 沙耶が悪戯っぽい微笑を浮かべながら言うので、櫻は思わず頭を掻きながら照れ笑いをした。

「言葉に訛りがあるね。お姉さんは、どこから来たの?」
 櫻が屋台のカウンター越しにラーメンを注文しただけで、清潔感のある真っ白な割烹着を来た大将が訊ねてきた。カウンターの中に置かれた携帯ラジオからは、先日開幕したばかりのプロ野球の試合中継が流れている。
「栃木県栃木市から来ました」
 櫻は神戸で沙耶のライブにオープニングアクトとして出演した翌週、青春18切符を使って四国を一周してから中国地方を渡り歩き、昨日から福岡に来ている。今日は早速コンビニの面接を受け、三ノ宮で路上ライブをするときにいつも着ていた厚手の白いコートを栃木の実家に郵送してきたところだ。昼夜の気温差が激しいとはいえ、さすがに冬用のコートはもうただの荷物にしかならないだろう。
 博多湾に向かって流れる那珂川に浮かぶ中洲地域には、数えきれないほどの屋台が軒を連ね、仕事終わりのサラリーマンがプラスチックケースの上に敷かれた座布団に座って熱燗やビールを呑み交わしている。
「栃木ガ、ドコデスカ?」
 白髪交じりの大将から何やら指図されながらラーメンの麺を茹でていた若い職人の男性が、櫻の前にラーメンを置いてからたどたどしい日本語で訊ねた。ラーメンから勢いよく出る湯気が、屋台の屋根にぶら下げられた電球に照らされて真っ白だ。二つ隣の席に座っているサラリーマンの眼鏡は曇っている。
「栃木県の南側です」
 櫻が答えても、若い男性は分からないといった顔だ。
「ここからだと、ソウルに行くより時間が掛かるな」
 大将が言った。若い男性はソウル出身の韓国人で、ラーメン職人としての修業を積むため、福岡に来ているという。櫻は栃木にいたとき、日常生活の中で韓国人と接した事がないが、博多の街はいたるところで韓国人の姿を見かけるし、ハングルで書かれた看板の飲食店も多く見受ける。それだけ、韓国が近いという事なのだろう。
 大将の言うとおり、福岡から栃木へ行こうとすれば、飛行機で羽田へ行き、そこから電車を乗り継いで行くのに何時間も掛かるが、ソウルだったら羽田よりも近いし、釜山だったら広島や鹿児島よりも近いのだ。おまけに博多港と釜山港を往復する高速船も一日何往復も出ているという。同じ日本の栃木より、異国の方が近いというのは、櫻にとっては実に不思議な感覚だった。自分はソウルよりも遠い場所から来ているのだ。もっと言えば、北朝鮮の平壌より遠い。
 それから櫻は、自分が日本一周をしている途中だという事を話した。大将は九州地方の歴史的な謂れのある場所を色々教えてくれた。

 福岡での櫻は主に天神の駅前で路上ライブをしつつ、電車やバスで九州のあちこちへ出掛けた。路上ライブでは、酔っ払いが気分を良くして一緒に口ずさんでくれたり、「次はいつ聴けますか?」と訊いてきてくれる人もいる。北海道でも福岡でも、どこの地域でも同じ光景だ。
「栃木って東京に近いんですよね? 東京はどんなところですか?」
 櫻が「栃木から来ました」と自己紹介すると、歌を聴いていたお客さんはやたらと興味深そうに東京の話を訊いてくる。特に櫻と同世代くらいの若者に多いのだが、この質問には、櫻はいつも困惑する。子供の頃、東京には家族で出掛けた事が何度かあるし、高校時代に友達と日帰りで遊びに出掛けた事もあるが、栃木の田舎で生まれ育った櫻にとっても、東京は世界中の人やものが集まる大都会だ。「東京に遊びに行ってきた」というだけで自慢話になったし、同級生らは羨望の眼差しで見てきた。高校時代、アイソトープでライブをしたときも、東京から来たアーティストと対バンの日があると、東京のライブハウスで出演しているミュージシャンはどれだけレベルが高いんだろう、と期待した。「東京」という肩書きが付くだけで、もはや一種のブランドだった。
 だから、地方の人たちが東京に憧れる気持ちも櫻はよく分かるのだが、実際福岡まで来てみたら、福岡も東京に負けず劣らずの大都会だ。通勤通学ラッシュの時間以外は人が閑散としている栃木駅と違い、博多も天神も、昼夜問わず無数の人々が行き交っている。中州の屋台はまさに、今の東京では見られない文化だし、福岡ならではの良いところが沢山あると思っている。
 それぞれの街や地域に、その土地にしかない素晴らしい文化があると櫻は思っている。お客さんと東京の話になったときは、知ってる限りの東京の話もしつつ、櫻から見た福岡や九州の素晴らしさを伝えるように心掛けた。

 それから、福岡の路上ライブで一番印象的だったのは、進学塾からの帰りによく立ち寄ってくれた女子高生だ。いつも歌詞の一つ一つを飲み込むように頷きながら、真っ直ぐな視線で櫻を見つめて聴いていたのだが、あるとき、歌い終えた櫻に話しかけてきたのだ。
「進路の事とか、恋愛の事とか、色々悩んでたんですけど、櫻さんの歌を聴いて、踏み出す勇気が持てました!」
「あ……ありがとうございます」
 そういえば、櫻も高校時代は進路や恋愛で悩んでいた。今となっては甘酸っぱい、良い思い出となっているが、まさに今、高校生活を送っている立場の人からすれば、実に切実な悩みなのだ。そんな悩みを抱えている誰かの背中を自分の歌で押す事が出来たなら誇らしいが、どこか照れくさい。女子高生が握手を求めてくるので櫻も右手を差し出すと、彼女は両手で力強く握り締めてきた。その瞳はやや、潤んでいるように見えた。

 どこかへ出掛けてから福岡へ戻るたびに、中洲の韓国人の見習いがいる屋台に行ってラーメンを食べながら、大将から九州の土地土地にまつわる話を教えてもらった。
 韓国人の見習いからは、日本と韓国の文化の共通点と相違点を色々と教えてもらった。近い国だから文化が似ているのは分かるが、違うものも沢山あるというのが、櫻にとっては意外だった。
「これからも、日本に住み続けるんですか?」
 櫻が訊ねると、見習いは「いつか一人前になって、韓国で自分の店をオープンさせるのが夢です」と照れ笑いしながら答えた。

   ×   ×   ×

「お姉さんは、何か目標はあるの? 九州も全県行ったし、あとは沖縄に行けば、日本一周終わりでしょ?」
 あと一週間くらい福岡に滞在したら沖縄に行こうとしていたある日、大将に訊かれた。九州は暖かいというイメージを持っていた櫻だが、四月の福岡はまだそんなに気温が高くならない。むしろ、日によっては栃木でももう少し気温が高い日だってある。もう九州も全県周り、五島列島や対馬にも行ってきた。残念ながら対馬に行ったときは雨が降っていて、韓国展望台から釜山の景色を臨む事は出来なかったが、比田勝港で高速船の時刻表を見たとき、博多よりも釜山の方が所要時間が短いのを見たときは、韓国が限りなく近い場所なんだな、という事を実感した。
「栃木に帰ってから、ゆっくり考えようと思います」
 櫻は答える。
「いくつになっても、目標は持ってた方がいいぞ」
 大将は力説する。
「目標があるからこそ、人は辛い事があっても耐える事が出来るし、生き甲斐を見い出す事が出来る。目標を失くしたら、もう成長は出来ない」
 櫻はハッとした。これは銀行勤務時代に上司からも言われた言葉だ。言葉は同じだが、今、大将から言われてみると、すんなり胸の中に納まっていくような気がする。この違いは何だろう?
「大将の目標は何ですか?」
「よく訊いてくれた!」
 櫻の質問に、大将は嬉しそうに声を大きくした。
「仕事だったら、こいつを一人前にさせる事」と言いながら、見習いを指さす。
「プライベートでは、孫娘の成人式の袴姿を見る事ばい!」
 櫻は二人を見て、素直に応援したいと思った。二人とも、決して現状で満足はしていないし、前向きな気持ちで将来を考えていて、それに向けて今を一生懸命生きている。特に、大将はもう還暦を過ぎているのに、今でも明確な目標を持っている。櫻も、いくつになっても目標を持ちながら生きたいと思った。夢がある人、目標に向かって頑張っている人は輝いている!

 路上ライブをやろうとすると、雨が降る。天気予報では晴れだったのに、まるで水をぶっかけられて滲んだ絵画のように、ビルもアスファルトも、車道を走る車の姿も、街全体の景色が滲んでいる。櫻が沖縄に着いた翌日に梅雨明けが発表されたはずなのに、ジメジメとした空気がなかなか払拭されない。これが亜熱帯気候というやつなのか。
 鹿児島からフェリーで那覇港に上陸したときは、ついに全都道府県を踏破したという事で一定の達成感はあったが、沖縄本島が見えてから那覇に着工するまで、船の上から左舷の向こうに何時間も島の姿を眺めながら移動してみると、小さな島だと思っていた沖縄が、実はとてつもなく広い県なのだという事が分かり、隅々まで見て回ろうと思ったら、それこそ数日では見切れない世界が待っていそうな予感を嚙み締めた。
 沖縄にはモノレールの駅はあるが、電車の駅を中心に人が集まる本土と違い、県庁前から延びる国際通りを観光客が行き交い、そこから逸れたところに商店街のアーケードがいくつかあり、そちらは地元の人の割合が高いように見受けられた。雨で中止ばかりでは、ギターを持って沖縄まで来た意味がないので、櫻は屋根が付いている商店街で、シャッターが閉まっている建物の前などで路上ライブをした。考える事は他の人も同じなのか、やはり同様に路上ライブをしている人もよく見かける。
 しょっちゅう雨ばかり降る沖縄だが、その代わり、晴れた日の暑さは辛い。むんむんと気怠い熱気が漂う本土と違って、沖縄の暑さは直射日光によって肌を突き刺す殺人的な暑さだ。櫻は沖縄に来て、人生で初めて日傘というものを買って使っている。栃木に住んでいた頃、お年寄りが日傘を差して歩いているのを見ては、どうしてあんな荷物になるものをわざわざ持ち歩くのか不思議で仕方なかったが、沖縄ではそうも言っていられない。
 また、沖縄というと、赤瓦の屋根の住宅が多いイメージを抱いていた櫻だが、実際に街を歩いていると、頑丈な鉄筋コンクリートで造られたアパートをよく見かけるし、公園の植木を見ても、図太い幹からいびつに生えた枝は実に仰々しい。住宅街では「石敢當」と書かれた石版が置かれた家を見かける。石敢當はどうやら魔除けの意味があるらしいが、沖縄ではこうした見慣れないものを沢山見る。だが、行く先々でそういった光景を見るので、見ているうちに段々見慣れてきた。北海道に行ったときは、雪によって家が潰れないよう、尖った形をした屋根を多く見たのが印象的だが、沖縄は街全体がまるで外国のようにすら見える。

 那覇の隣にある豊見城という街にあるウィークリーマンションで暮らし始めて一週間が過ぎた日。
 天気予報で台風が近付いている事を知らせている日の朝だった。台風接近のため、バイト先のコンビニの店長から「今日は休んでいいよ」という電話があり、いつものように昼過ぎから商店街で路上ライブをしようと思ったが、空を見たら灰色の雲が荒波のようにうねりを上げながら瞬く間に流れていくのが見えたので、帰ってくるときの安全を考えて、今日はライブはなしにして、スーパーで買い物だけ済ませようと思い、櫻は街へ出た。
 沖縄の人たちは雨が降っても傘を差さない。すぐに空が晴れれば乾くから、というのがあるのかもしれないが、今日はストレートパーマをかけた髪が乱れるのみならず、歩くのにも普段の倍くらいの労力が必要なほどの強風があらゆる方向に向きを変えながら吹き荒れている。傘など差していたら、たちまち飛ばされて、誰かに当たって怪我でもさせたら大変だ。地味な白地のTシャツにデニムの短パン、肩から提げるタイプのポーチに財布とスマートフォンを入れて出掛けた。すると、民家も商店街も一斉に戸板などで窓の補強をして、まるでどこかに一斉避難でもして誰もいなくなってしまったかのように、街中が静まり返っている。車の通りもまばらだ。
 栃木も台風は来るが、台風が直撃しているときでなければ、ここまで人気がなくなるような事はない。沖縄の人と本土の人で、台風に対する警戒の仕方が違うのかと思っていたが、実際に台風が沖縄に上陸してみて、櫻は沖縄の台風の恐ろしさを身を持って知る事になった。暴風のため、雨戸を開けられないので直接外を窺う事は出来ないが、テレビの中継を見る限り、風に煽られた道路の植木が、今にも引きちぎれんばかりの勢いでしなっているのだ。しかも、海岸沿いのビルに何度も津波が押し寄せている場面が映ったところで停電して、テレビは消え、部屋も真っ暗になってしまった。
 暗闇の中、聞こえてくるのは雨戸やドアを叩く暴風の音だけ。このまま、この世の全てのものが嵐に連れて行かれて、全てが無になったら、何が残るんだろう?
 このまま死んでしまったら、自分の今の人格はどこに行って、どうなってしまうの? 幽霊になって、成仏して、その後は? 毎年お盆になったら亡くなった人の霊が還ってくるって言われるけど、それ以外の長い時期はどこにいるの? 天国とか地獄とか、そんなものは本当にあるの? 生まれ変わって、今の自分と違う人格になって、今までの人生の記憶がなくなったら、それはもう、私ではないの?

 胸が締め付けられるような感覚がする。たまらなく不安だ。誰かの温もりがほしい。

 櫻はギターを抱いて、おもむろに、思い付くままにコードを弾き始める。

「お兄ちゃん……」
 櫻は思わず独り呟いた。櫻は幽霊が存在するのかどうか半信半疑だ。もし存在するとして、兄の魂は今、どこでどうなっているのだろう? 守護霊というものが本当にいて、自分の守護霊が兄だったら、兄が死んだショックも、多少は救われる。仙台でお金をすられたときも、自分の身体もギターも無事だったのは、兄が守ってくれたからなのだろうか? 神戸で沙耶と出会えたのは、兄が導いてくれたからなのか?
 そんな事を考えていたら、櫻は新しい曲のアイデアが浮かんできた。台風が過ぎ去った夜、櫻は海軍壕公園の展望台に登り、遠くに見える那覇の街のネオンを眺めながら、台風一過の蒸し暑さで汗だくになりながら、ギターを弾いた。

   ×   ×   ×

 バイトが休みの日は、バスを乗り継いで色々な場所へ行ってみた。海からだいぶ離れた街で生まれ育った櫻にとっては、出掛ける先々で海が見えるというのがあまりにも新鮮な感覚だ。海を見るたびに、子供のようにはしゃぎたい気持ちを抑えていた。

 米軍基地の前を通ってみると、ちょうど基地反対運動をしている人たちの姿を見たが、夜になってコザの街に行くと、基地が近いという事もあり、アメリカ人が街を練り歩く姿を多く見かけた。バーに入ればお客さんはアメリカ人ばかりで、お店の人は日本人だが、普通に英語をべらべら喋っていた。あれだけ猛烈に米軍基地に反対している人たちがいる一方で、街のバーでは日本人とアメリカ人が仲良く飲み交わしている。櫻には実に矛盾した光景に見えた。
 バイト先の先輩も、路上ライブで出会った沖縄の人たちも、親切で気さくに話しかけてくれる人ほど、沖縄を取り巻く米軍基地の問題や、中国との間で揉めている領土問題について、一切話題にしない。テレビやネットのニュースでは毎日報道されているのだから、人それぞれ思うところはあると思うのだが、沖縄本島に滞在していた約三ヶ月間で、それらの問題について感情を込めて話すような人には一切出会わなかった。
 また、北部の村に行って陶器造りや三線体験もしてみた。陶器造りはいまいち自分がイメージした通りのものが造れずに気落ちしてしまったが、三線体験は思っていたよりも上達が早く、十人ほどの観光客と一緒に受けた三時間ほどの体験授業で、沖縄県民愛唱歌「てぃんさぐぬ花」を一曲弾けるようになった。バチの使い方が少し難しく感じたが、普段からギターを弾いている事もあり、勘を掴むのは早かった。
 ただ、櫻が拍子抜けしたのは、陶器造りも三線体験も、指導している先生が本土出身の人だった事だ。本土から移住した人が沖縄の伝統文化を継承する仕事をしているというのが、悪い事だとは思っていない。ただ、せっかく本土から来て沖縄文化を体験するのだから、やはり沖縄出身の人に教えてもらいたかったというのが、櫻の本音だ。
「ちょっと、残念でしたよ」
 櫻は沖縄本島を離れる直前、バイト先の先輩で、永倉マカトというパートの主婦に愚痴を溢すと、マカトは「だからよねー」と言って苦笑した。二十代後半のマカトは幼稚園に通う子供がいるパートの主婦だ。
「でも、ある意味そこが沖縄らしいところでもあるのかもしれないよ。ヤチムン(陶器)の技術だって、元々は琉球王朝時代に中国大陸や朝鮮から陶工を招いて取り入れたものだし、沖縄の医療設備を発展させたのはアメリカだって事実もあるし」
 櫻はいまいち胸のつかえが取れなかったが、こういう柔軟な考え方が出来れば、「沖縄は侵略された」とか「可哀相だ」とか、いがみ合いや憎しみ、蔑みといったネガティブな思想の摩擦はなくなるのではないかとも思った。
「マカトさんみたいな考え方の人ばかりだったら、それこそ、争いはなくなるのになぁって思います」
 マカトは「大袈裟だよ」と言って照れ笑いを浮かべる。
「私の父は米軍兵士だったし、旦那は本土から移住してきた人だし、本土と沖縄とアメリカの血がそれぞれ混ざってる子供を持つ親でもあるから、自然とそういう考え方になるだけかもしれないさ」
 櫻はマカトが米軍兵士の娘だという話には驚いたが、現実、沖縄には多くの本土出身者やアメリカ人が暮らしていて、お互いに仕事の付き合いがあったり、交友関係があったり、結婚して家族になったりする人もいる。色んな立場の人たちが自分の回りにいる中で、政治的な話や思想的な話を持ち出して特定の立場の人たちを批判していたら、人間関係は上手くいかなくなってしまう。
 いくらインターネットが普及しているとはいえ、やっぱり、本当に現地の実情を知ろうと思ったら、実際に現地に滞在してその土地の人たちの話に耳を傾けなければ分からない。櫻は沖縄まで来て、そんな事を実感した。

   ×   ×   ×

 四十七都道府県も踏破し、九月に沖縄で二十二歳の誕生日を迎えた櫻は、栃木に帰る前、マカトからの勧めもあり、石垣島へ立ち寄ってみる事にした。
「那覇と石垣島は、天気予報の図とかで見るとすぐそばに描かれてるけど、実は東京と大阪くらい距離が離れてるんだよ」

 飛行機で石垣島へ渡った櫻は離島ターミナルのそばにある民宿に一週間ほど泊まり、八重山諸島をいくつか日帰りで巡ったり、自転車で石垣島を観光したりもした。夜は民宿のそばにある商店街のアーケードで路上ライブをした。

 月を跨いで十月に入り、石垣島から飛行機で那覇、羽田を経由して栃木へ帰る前日の、新月の夜。
 半袖姿の櫻は一人、防波堤に腰掛けている。ちょうど干潮なのだろうか。不規則にやって来る波はとても穏やかで、防波堤に打ち付けるというよりも、母親が子守唄を歌いながら赤子を撫でるような、優しい音を立てている。
 もう十月だというのに、かなりジメジメしている。脇の下からはさっきから汗が流れっぱなしだ。明日の夕方に栃木に帰ったら、だいぶ涼しくなっているはずだ。むしろ石垣島が暑い分、寒く感じるだろうか。ここはまだまだ、季節が夏のままで止まっている。日が昇るのも暮れるのも、沖縄本島よりもさらに遅いから、時間がのんびり進んでいるように感じる。海を航行する船舶の船灯は見当たらない。この世の全ての時間が、止まっている。――そんな気分。櫻は月もない漆黒の空にまたたく無数の星たちが、自分一人を見守ってくれているような心地がしていた。

 旅を始めてから一年半が過ぎたが、今日はとうとう最後の夜だ。
 振り返ってみれば、この一年半で、色んな人たちに出会えた。路上ライブをしていて、櫻の歌を褒めてくれる人、癒しを求めて毎回聴きに来るんだと言ってくれた人、千円札をくれる人。もちろん、ときには酔っ払いに絡まれたり、見るからにスケベ丸出しの表情をした男にしつこくナンパされて路上ライブを切り上げたり、親切そうに見える人からお金をすられた事すらあった。それでも、櫻はお兄ちゃんのギターを弾いているから、歌を歌っているからこそ、沢山の人たちに出会えたのだ。神戸では高校卒業以来、久しぶりに舞台に立ってライブをするという経験も出来た。銀行で働き続けていたとしたら絶対に経験出来ない、思い出せば今でも胸が温かくなるような思い出だ。
 お兄ちゃんはアメリカと東南アジアは見てきたけど、日本国内では関東地方から出た事がない。お兄ちゃんが持っていた、名刺一枚にも満たない知識と、私がここまで見てきた四十七都道府県。比較したら、どっちが広いんだろう? 今、お兄ちゃんがここにいたら、今の私に、どんな言葉をかけるかな?
 博多のラーメン屋台の大将は「目標を持て」と言ってた。今の櫻には、それがはっきりと見える気がしている。

 ――私はこれからも、もっともっと良い曲を作って、歌い続けていきたい。

 櫻は胸がどきどきしてきた。日本一週の旅は明日で終わるが、それと同時に、自分が進むべき新しい人生が、いよいよ明日から始まるのだ。

 櫻は防波堤の上にすっくと立ち上がった。
「お兄ちゃーん!」
 櫻は叫ばずにはいられなかった。今のこの思いを、今すぐお兄ちゃんに伝えたい。
 櫻はお腹の底からありったけの声を出して、海の向こうに向かって叫んだ。
「私、これからも音楽を続けるよー! お兄ちゃんが私に音楽の夢を与えてくれたみたいに、私も色んな人に夢や希望を与えられるような人になるよー!」
「おめでとうねぇ」
 急に、後ろからしゃがれた声が聞こえてきた。櫻がドキッとして振り向くと、腰の曲がった老夫婦が、手を繫いで歩いている。
「チバリヨー(頑張ってね)」
 おじいさんもおばあさんも、防波堤の上で仁王立ちになっている櫻を見て、目を細めてにっこり笑っている。恵比寿顔というのはまさにこういう表情をいうのだろうか?
「あ……ありがとうございます」
 櫻は頬を赤く染め、恥ずかしげに苦笑しながら会釈した。