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南会津が教えてくれたこと福島コンテスト入賞作品

D.Y


約 2033

地下鉄有楽町線の「銀座一丁目」で下車、地上に出て早朝の銀座を50ℓのザックを背負ったまま闊歩し、地下鉄銀座線の「京橋」から「浅草」までまたしばし地下に潜る。浅草駅で地上に上がり、始点から終点までの特急券を往復で購入した。6:30分、特急リバティは終点の会津田島駅を目指して定刻通りにゆっくりと動き出した。9:45会津田島駅着、会津線に乗り換えてさらに数駅。予約したタクシーは駅で待っていて「釣りおじさん」が出迎えてくれた。「おう、またきたな」「この前は釣れたか?」なんて会津弁で話しかけてくれる。私は私で、「最近雨は降りましたか?」「熊は出ますか?」などの地元情報を仕入れる。どうやら今年は熊の目撃情報が多いらしく、「これ持っていくといい。」と、「煙玉」という花火を今年釣った大物の話しと共にいただいた。タクシーがいなくなり林道の入り口に一人立っていると胸の鼓動が高くなってくる。

 

林道から右手に折れるポイントには誰にも気づかれないように去年木の枝に印をつけておいた。そこから先は急な獣道を下って行く。時刻は11時、朝起きてから考えると6時間の末、ようやく秘密の沢にたどり着いた。そこにはありのままの自然がある。目に入る全てのものが強い自然のオーラを出していて、フカフカな土や苔むした石、不規則な枝を伸ばす樹木や倒木、穏やかにそよぐ風や透明な水からでさえオーラを放っている。初めてのこの場所にたどり着いた時に声に出して言った「すげぇ・・・」という言葉が今回も口を衝いた。準備を急いでいる自分とその気持ちを落ち着かせようとする自分。どちらも自分だけど心の中でせめぎ合う。その結果ちょうどいい所になんとなく落ち着く。準備を終え最後に釣りおじさんにもらった煙玉に火をつける。その玉から吐き出された煙が沢を上流の方へゆっくりと登って行く様を見届け、膝下まで水に入った。深呼吸で気持ちを落ち着かせ、一投目のフライを水面にふわりと着水させようやくこの日に釣りが始まった。この日はすこぶる順調で、林道との合流点までに約3時間で十匹のイワナの写真をカメラに収めることができた。どれも27、8㎝だったが丸々していて力強く美しい魚体をしていた。順調すぎて昼食を食べて無いことに気づき、最初のポイントまで林道を下りそこで遅い昼食をとることにした。おにぎりを咀嚼しながら周りの景色を眺めていたら、下流に続く一本の筋を対岸に見つけた。獣道と思われるその道は沢と着かず離れずの距離で下流側に続いている。この場所から100mほど下流には大きな滝があるはずで、滝上からここまでを釣りあがるのに残った時間があれば十分楽しめそうだ。ザックを木の枝に掛け、ロッドだけを持って対岸を渡ると予想通り獣道は下流に続いていて、簡単に滝上まで下ることができた。

 

再びロッドを振りだして20分ほど経っただろうか、10ⅿほど先にエメラルドグリーンに光る水面が現れた。川底が白い砂地で水量がある時に透明な水はその色を解き放つ。慎重に距離を詰めていき、白い川底が見える距離まで近づき目を凝らす。流れのど真ん中に黄金色に輝くそれは優雅にゆったり漂っていた。私は体をかがめて持っているフライの中で一番大きなものに取り換えることにした。この沢全体でもこのイワナを越える大物は居ないのであろう。その堂々とした泳ぎは、何かを警戒している様子が微塵も見られない。頭上に獲物が流れてくるたびに大きな口を広げてパクリをと飲みこみ、辺りをユラユラと周回してまた定位置に戻るという行動をくりかえしている。一発勝負だと察した。気持ちが強すぎたらミスに繋がる。これも釣りを通して教えられた教訓だ。気持ちをちょうどいい所に落ち着かせ、ロッドを大きく振り、徐々にラインを伸ばしていく。いつの日か大物を釣り上げる為に作っていた甲虫を模したフライがロッドの先から糸を引いて伸びていく。狙いより少し右の水面に落ちそうになった瞬間、突然吹いたそよ風が狙い通りの場所までフライをふわり運んでくれた。

 

会津田島駅の売店で、駅弁とワゴンで置いてあったアスパラガスを買っていると、「釣りおじさん」が声を掛けてきた。私が乗り換えるタイミングに様子を見に来てくれたらしい。おじさんとたくさん話したいことがあったけど、電車の時間があるので、「どうだった?」という問いかけに、「いい思いできました。」と簡単に答え、「また来月釣りに来ますね。」と約束すると、おじさんは嬉しそうな笑顔を残し手で合図しながらタクシーに戻って行った。

 

最後の乗り換えの為に、夜の銀座を不釣り合いな格好で闊歩する。今日一日の出来事を思い返し、自分にとっての贅沢な休日は今日の様な一日なんだなとしみじみ感じながら、銀座のネオンに別れを告げた。
南会津が教えてくれた、ちょうどいい所に気持ちを置いて、明日からもこの大都会で私は生きていけそうです。