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屈強な男達の闘い

T.I


約 968

小学生の頃からプロレスが好きである。私自身、争うことそのものは好きではないが、鍛え抜かれた強靭な肉体の持ち主同士の闘いは、安心して楽しく観られるのだ。
よく観に行く会場に後楽園ホールというところがある。ほぼ毎日プロレスやボクシングが行われている。都心にあり交通の便が良く、どの座席からでもよく見える。そのせいか「格闘技のメッカ」といわれ大変ファンに親しまれている。客席は東西南北と四つのエリアに分かれている。南側は広く、リングと客席との間に分厚いフェンスがあるため、南側以外のエリアとリングをここで観るような形になる。
 興行は、最初から中盤にかけては若手選手、進行していくに従って少しずつスター級の選手が出てくるという流れだ。相撲と似ている。
先日観に行った時のことである。激しい場外乱闘が起こると予想されていたので、身の安全のため選手が来にくい南側を選び、念には念を入れ壁際の席に座った。

メインイベントになり、体格の大きい風格のある選手がそろう。ゴングが鳴り早々に場外乱闘が始まった。並んでいた折り畳み式のパイプ椅子はばらばらに散らばる。テーブルが倒れる。南側以外の三つのエリアで起こっている乱闘を安心して観戦していた。
状況は一変し、選手達が分厚いフェンスを乗り越え南側にやってきた。真ん中の通路での乱闘だったので安心して観戦していた。さらに状況は一変し、取っ組み合ったままの二人が私の方に近づいてくる。私の座っていた席の列は壁側に通路がなく袋小路である。そうだった、計算が甘かった。選手の一人と目が合った。眼光鋭く血走っている。
「まずい! やられる……」
とっさにうずくまり身をかばった。頭上で二人の闘いが繰り広げられた。壁に穴が空く。そしてバシッ、ゴツッ、ドスン。
「こんな音、ここまで間近で聞いたことないぞ」
人間の皮膚や骨、肉が奏でる大音響に、人間の持ち得る能力の幅広さを実感していた。彼らは命がけでパフォーマンスと闘いに没頭する。
やがて彼らは廊下へと闘いの場を移していった。そこからもあの肉音と歓声が聞こえる。
「ああ助かった。凄い迫力だな」
安堵と興奮とが入り交じっていた。長年観てきたが、このようなことは今回が初めてである。プロレス観戦は観客も必死にならざるをえない時があることを、この時に身を持って学んだ。