読み手と書き手の交流サイト

読むCafe
 

「タイムリップ」

K.A


約 2032

お腹の膨れが目立つ若い女が泉谷の駅から住宅街の中を通り抜けて私の家に向かってっくる。よく見るとその女は大学時代親しくしていた真知子だ。夢なのか現実なのか?私は夢の中で考えていた。
 
 モーニングコールの『星に願いを』が流れてまどろみの中から徐々に蘇ってくると今見た奇妙な夢をたどった。細部は思い出せなかった。ただゆったりとした上着で妊娠中とも思われる腹を覆っているのが印象深い。真知子との交わりはは五十年も前の事だ。卒業後、郷里の福岡で高校教師を始めた頃には連絡を取り合っていたが、その後は年に一度の年賀状のやり取りで退職後はウィーン国立歌劇場に行ったとかニューヨークに行ってきたとかの近況を知るのみだ。それは卒業を待たずに結婚をし、子供二人生んだ後、まだ小学生だった息子達を引き取り離婚し、学生時代の友人と付き合う余裕がなかったという私の一方的理由からであった。なぜ今、彼女が私の夢に現れるのかはとても不思議だった。しかも妊娠中の様な腹である。年賀状だけの付き合いでも結婚したのなら分かるはずだが届いていない。しかも妊娠可能な年齢はとうに過ぎている。たんに若い頃を懐かしむだけにしては短い夢ではあるが謎に満ちていた。
 
 五十年も昔の事ではあっても心の箱は開けられてみるとあの頃の真知子が鮮やかに飛び出してきた。通っていた大学はその頃四人集まれば三人は地方出身といわれていた。しかも地方出の人はその地域では有名な秀才と聞いていた。私と言えば、周りの人が皆進学するからなんとなく入ったといういい加減な学生だった。他に私と似たような女子学生がいたにもかかわらずなぜ彼女と親しくなったのかよく覚えていない。彼女の顔は全体が厚くアバタに覆われていたが満面におおらかさが現れたフランクな様子にすんなりと溶け込んだのだ。父親を亡くしていた彼女は奨学金と、アルバイトの掛け持で卒業したが、私達は他愛なく遊び笑いこけた事も多々ある。ある宗教団体の熱心な信者でもあった。その影響か、白米は蛆虫だったのよとか私は前世の業が強いのよとか知性を求めて東京に出てきた人とは思えないような、当時の私をギョツとさせるような事を言った。私は宗教とは無縁だったが彼女に誘われるままに何度か集会に参加した記憶がある。
窓を開けると額縁で切り取られたような、一枚一枚の葉に命の輝きが描きこまれた緑が目の前に広がる。何十年と見てきた朝の光景だが私にはこういう恵が与えられていたのだとその朝のように思えた事はなかった。
振り返って見れば光と希望に包まれた幸せな時間だったのだ。歳をとるとやることが多いなとボヤキながら、現状維持を保つために髪の手入れ、割れやすくなった爪の手入れなど、些細な事に時間を割きながらも日々の暮らしに追われ過去を振り返る事なぞ無かった私にも昔を懐かしも時が訪れたのかと過ごしてきた年月を思った。
 
あの夢を見た日から三年過ぎていた。電話があった。「澄子」という呼びかけるトーンの低い福岡訛りには記憶があった。真知子だ。五十年ぶりの真知子の少し擦れた声は年月の積み重なりに思えた。東京に来ると言う。四年を東京で過ごした真知子だが、あの頃は貧乏学生だったから下宿近くの新宿御苑にも行った事がないという。東京を見たいから案内してほしいという事だ。東京生まれの私だってそれほど東京に詳しい訳ではないから案内は気が進まなかったが、彼女の本音は東京見物がてら七十過ぎた私の顔が見たいという事らしい。自分だって年齢を重ねているくせに嫌な事を言うわねと思ったが私は「どうぞ、見に来てください」と答えていた。私だって彼女がどんな顔つきになったか見てみたい。
 
 連休明けの五月半ば東京駅で待ち合わせた。初対面の人に会うように服装や持ち物なぞ目印になるものを決めていたが、予想はしていたが、というのも、私の経験上からいうと、仕事だけで結婚も子育てもしていない女性は、年齢を重ねても外見上の変化が少ないからだが真知子は拍子抜けするほど変わらない面高な日焼けした姿で現れた。近くで見ると顔面のアバタはすっかり消えていた。夢に現れたようにお腹周りの膨れた体型でもなかった。そして高校教師から小学校の先生に転じていたと言った。
予約しておいたレストランに着くと彼女はバッグから大学入学式の記念写真を取り出した。「これが澄子よ」というので眼鏡を取り出して見ると俄には信じられない私があった。真知子が「ずば抜けた美人だったわよ」と言った。学生時代の彼女からはそんな事一度も聞いた事がないので更に驚いた。そして七十過ぎの私の顔を見たいと言った彼女の魂胆がなるほどと理解できた。
四日間の滞在中、六本木や美術館巡りをし、、最後の晩は一人暮らしの我が家で、取って置きのワインをあけた。うっかりで、私がどのように変わったかを聞き逃し事が残念だ。今度は私が福岡へ行く番だ。