幻冬舎グループの作品投稿サイト

読むCafe
 

同窓会

向田キョージ


約 9517

春が動いている。

桐生市役所の横の桜並木はもう満開で、すでに少し散り始めている。確かに、春は動いていて、桜はいつもの年のように咲いていた。

ぼくは市民文化会館の近未来的な建物の中に吸い込まれていく。

20年ぶりの同窓会は、ぼく達の通っていた中学が統合されてなくなるからという理由からだった。東京で生活しているぼくも何人かのまだ交流のある友人から連絡をもらって、しばらくぶりに桐生に帰ってきた。実家はまだ桐生にあって年はとっていてもまだ元気な母親が一人で暮らしている。父親の十三年忌の打ち合わせもあってこの同窓会に出ることにした。

市文の入り口で、さっそく煙草を吸っている山西ことヤマキンに行き会った。昔から仲が良くて年に何度か行き会う。『昔からの腐れ縁』っていうヤツだ。県庁に勤めていて結構えらくなっている。お腹のあたりにたっぷり脂肪がついて、言い方を変えると恰幅が良くなっている。地味なスーツにネクタイでいかにもお役所勤めという感じだ。ヤマキンもぼくももう60に近いいいおっさんだ。中学を卒業してもう、30年以上経つ。

「元気か?」
「ああ。禁煙しないんだ?」
「やめらんねえよ。」
「だよなぁ。」

中学生の時、ヤマキンは『オレはおめえらみてな子どもと違って煙草すえるんだあ』と言って教室に親父さんの煙草を持ってきてみんなの前で火をつけたその瞬間にたまたま教室に戻ってきた担任の中島先生にみつかってしまい、停学になったというエピソードの持ち主だ。そのとき、ぼくはヤマキンのすぐ隣にいてぼくも煙草を吸おうかとしてたところだった。『お前は吸ってないのか』と中島先生に何度も言われたけど、ヤマキンが『こいつは俺に吸うなと言ってたんです』とかばってくれた。それからずっと心の赦せる友達だ。
ヤマキンもたぶんそのことを思い出していたんだと思う、ぼくらはお互いに笑いあった。

エレベーターの前では、超優秀だったナガノ君やクラスでやんちゃしていたイッちゃ ん、給食完食+おかわり人間のモグ、自衛隊オタクだったM(毎日M91戦車の話をしていたからM!)たちに会った。皆それなりに歳を重ねていた。
受付はクラス別になっていて、ぼくらのクラスの席には野球部のエースで学級代表だったマキノとやはり学級代表をやっていたミキチャンが座っていた。マキノともミキチャンとも顔を合わせるのは本当にしばらくぶりだったけれど、二人ともぼくらの仲間だった。
「ごくろうさま。やっと、ナギくんきてくれたね。なかなか田舎にこないんだから。」
ミキチャンはフツーの主婦をしているはずだったけれど、綺麗に歳を重ねている様子だった。
「グレ、ケイジ、タカ、カナピーとかもう中にいる。これが終わったらいくから。」
と、いかにも裕福そうな雰囲気を醸し出ているマキノは、地元で病院を経営している。
文化会館の4階からはちょうど、ぼくらの卒業した学校や公園、駅、今やメガドンキに変わったデパートが一望できた。山々は微かに芽吹いて黄緑色だった。その中に桜の木々が混じっている。ピンクというより白に近い桜の木がいっぱいに花開き、山が春の色に染まっていた。
そういえば、ぼく達の卒業した学校も入学式の頃薄い桜色に染まっていた。桜の木がたくさんあって、一瞬の輝きの後、儚い夢のように風に吹かれて雪のように花びらが舞い、そして道路の端っこや校庭の吹きだまりにあった花びらは気がつくといつのまにかなくなっているのだった。

たくさんの旧知の連中と再会した。もしかしたら、中学を卒業して以来の奴もいたんじゃないかと思う。男はなんとなくあいつは誰だというのが わかった。
あのころバスケ部のエースで格好良くて下の学年の女子から熱い視線を一身に受けていたガンさんが全く髪の毛がなくなってすごく年寄りそうだったのを見てヤマキンと視線を合わせてニャッとした。真面目な連中もそこら辺で集まっていてそこはスッと通り過ぎた。でも、女子は皆よく分からなかった。髪型も体型もなにしろ、彼女たちの一番若くてかわいい頃しか見ていないんだから、わからなくて当たり前と言えば当たり前だが、名前を聞いて顔を見ると瞬間にフラッシュバックして記憶の奥の顔と名前が結びついた。
中学校の頃のぼくらは超真面目な連中とは一線を画していて、どちらかというと斜に構えて、教員に対しては生意気な態度をとってそして周りの友達に対しても大人ぶっていた。
昔の仲間との久しぶりの再会だった。

同窓会はフツーの同窓会らしく進行役が前に出て、幹事長のあいさつや当時教わった先生の紹介、卒業した学校がなくなることなど一連の話がおわって宴会になると一気にテンションが上がった。

グレは生意気な中でも最も生意気で、いいかっこしいで、教員には面と向かって逆らって、でも野球部の3番ショートで、彼のことをぼくらは認めていて一目置くような存在で華やかな雰囲気を持っていた。グレは東京でファション関係の会社を起こして社長だったけれど、バブルで会社がはじけて桐生に帰ってきて今は実家の織物会社でネクタイを織っている。織物の布地をいろいろ工夫して大手の会社に卸しているらしい。
カナピーは中学時代サッカー部だった。いまだに少年のような眼をしていて、ぼくら の卒業した隣の中学校で熱心にサッカー部の指導をしている。
『ケイジはミキチャンに気があるみたいだから、ナギ、おまえケイジと仲がいいんだからなんとかしてやれよ』今から30年前にぼくにそういってきたのはマキノだった。ぼくはマキノの観察眼に驚きながら、ケイジの様子を見てここでひと肌脱いでやるのが、友達ってもんだろうと思ってケイジとミキチャンが二人で会えるように裏でいろいろ工作してやった。結局、二人で会うように約束させたけれど、二人だけで会うのは心細いからといってケイジはぼく、ミキチャンは彼女が仲の良かったユリを連れてきてダブルデートのようになった。ケイジは当時同級生の女の子から絶大な人気でミキチャンとのことをまとめたのがぼくだと分かると後でけっこう逆恨みのように文句を言われた。ケイジとミキチャンはず っと付き合い続けたが結婚の手前で別れた。その訳はぼくにも教えてくれなかった。ケイジは地元の企業に勤めていて今では総務部長になっている。
タカは理想主義で、思想家みたいなところがあって当時の学生運動などにも精通していた。先生に対しても理論的に立ち向かっていっていい加減な教え方の先生にわざと回答できないような質問をしたりして『あいつはミニ全学連みたいだ』と先生達から言われていたが、今ではすごく丸くなって実家の割烹を引き継いで、みんなから親しまれる愛想の良い大将になっている。

ぼくはというと、大学の時間給の講師や時々雑誌にエッセイとか書きながら東京で暮らしている。

他にも仲の良かった連中がたくさんいた。高校にいってバンはっていたリコさん、今も超真面目風で天然のミズノ、究極のお嬢様であいかわらずお嬢様然としているマミ、剣道で全国大会に行ったアキモト、いつも先生に怒られていたミント、生徒会長だったカッちゃん、同じクラスのユリに気があっていつもウチのクラスにきてたクニさん、鉄道オタクのオグ、それにエゴヤン、フミちゃん、クミコ、ナカイ、ヨッくん、バンバ、アキ・・・どれも懐かしい顔だった。

でも、ぼくが始めから探していた人はいつまでもみつからなかった。みんなと話しながらも、ぼくはもしかしたらユリが近くにいるんじゃないかと思って気を配りそこら中をチラチラと見ていた。
ケイジとミキチャンが二人で真剣に話し込 んでいる姿を見つけた。ミキチャンのそばにユリがいるんじゃないかと思って近づいていくと、ミキチャンがぼくに気づいてこっちへおいでよというように手招きした。
「ナギくん、ユリのこと探してるんでしょ。」
図星。
「アタリだな。ナギは正直だから今も表情に出る。」
「ユリのこと、聞いてないの?その前にどうして別れたの?あたし達が言える立場じゃないけど。」
そう言ってミキチャンは話した。

「10年くらい前、ユリの家が火事になって子どもを抱えて3階から飛び降りて瀕死の状態になったの。離婚が成立してすぐで元旦那が火をつけたんじゃないかって噂もあったのよ。」
知らなかった。
頭をハンマーで打たれたような衝撃だった。二人がいる目の前だったけれどぼくは明らかに動揺して手に持っていたグラスを落としそうになった。冷静を装うことに努力した。
『付き合ってたわけじゃないし、だから別れた訳じゃない』と言おうとしたが言葉にならなかった。
「ナギくんと別れたころ、ユリはアタシによく相談しにきたんだよ。」
ミキチャンの言葉がさらにぼくを打ちのめした。

ぼくは十数年前、ユリとたまたま出会ったときのことをハッキリと思い出した。
ぼくがユリとユリの娘と行き会ったのは岡公園だった。ぼくも娘の千早を連れていた。
その頃ぼくは公立学校の教員を辞めたばかりで、でも、失業保険はあったから毎日暇で何をして時間をつぶすかそればかり考えていた。逆に女房は仕事が一番忙しいときで結局、女房の仕事の邪魔にならないようにと、桐生の実家に一人娘の千早と一緒にしばらく帰っていた。始めは実家の両親も珍しがっていろ いろ気遣ってくれたけれど、五日も過ぎると大の男が毎日毎日フラフラしていてどういうんだという雰囲気に変わってきた。4月の中旬頃だったので季節もちょうどよく、千早を連れて街の周辺に出かけた。確か、最初に行ったのは岡公園だったと思う。岡公園は遊園地に動物園が併設されていて幼稚園や小学校の遠足の場所として人気があった。ぼくは本当に十何年ぶりに岡公園に行って、動物の檻の位置やベンチの場所、売店で売っているものまでほとんど全てが記憶のままだったことにすごく感動した。ちょうど、キリンとかシマウマとかカンガルーがきた頃で動物好きな千早は、キリン舎の前でキリンをずーっと見ていて、それからサル山の前に行ってそれで午前中が潰れた。遊園地の乗り物より動物を見て いるほうが好きだった。
その日から、毎日千早とどこかに出かけた。運動公園や南公園で桜を見たり(ちょうど、散っているところだった)、近くの温水プールに行ったり、わざわざ第三セクターの小さなトロッコ列車に乗って足尾の方へ行ったり、赤城山の大沼でボートに乗ったり、梅田の奥で川遊びをしたり・・・。でも、母親から離れている千早の表情は不安定で、ぼく自身もこれからどうしたらいいんだろうと毎日不安な気持ちが心の奥底に引っかかっていてなんとなく冴えなかった。あるいは、ぼく自身の気持ちが千早にそれとなく伝わっていたのかもしれない。そろそろ、行くところもなくなってきたころ、
「チーちゃん、今日はどこに行きたい?」と聞くと
「また動物がみたい。キリンさんとゾウさん見て、ヤギさんにまた触りたい。」と、答えが返ってきて、そしてその日も岡公園に向かった。
遊園地の近くの駐車場に車を置いたけれど、やはり、千早は動物園に行きたがった。
「クマ、プーさんのお友達・・・」なんて千早が一人でつぶやきながらクマの檻の前にいるのをみながら春の暖かな日差しの中でボンヤリとしていると、
「ナギくん?」
と、突然、昔からの友達しか使わない独特なイントネーションで声をかけられた。聞いたことのある声で、瞬間、ドキッとしてある種の期待を抱きながら振り返ると、やはり、ユリがいた。ユリはちょうど千早と同じくらいの歳の女の子の手を引いていた。十何年ぶりの再会だった。ぼくの知っているユリより少しふっくらして歳をとったなという感じだった。
「ユリ・・・」
瞬間に、十数年前の電話の中の声がフラッシュバックした。
『じゃあ、あたしはあなたの何なの?』
あのときからぼくの心の中でユリのことは止まったままだった。何を言ったらいいか言葉は何も浮かばなかった。ぼくは、一瞬千早に視線をおくってそれからユリをまっすぐに見た。
「お名前は?ナギくんの娘さんでしょう?」
「千早、4歳。ユリの娘さんは?」
「さつき。五月生まれだから。あと一ヶ月で5歳だからきっと同級生かな。」
「千早、おいで。さつきちゃんだって。同じ歳だって。パパのお友達のお子ちゃまだから、千早もさつきちゃんとお友達になれるよ。」
そう言うとユリもほほえみを浮かべて、視線を交わしてからぼくたちはなんとなく話を始め、千早とさつきちゃんもいっしょに遊び始めた。
ユリの微笑みが一気にぼくらの時間を縮めた。
『中三の時、ミキチャンとケイジが初めてのデートの時二人だけ会えなくて、ぼくとユリに頼むから一緒に来てくれって言われて行ったよね。覚えてる?桐生祭りの御輿渡禦の日でダブルデートみたいな感じで、でも二人はどこかに行っちゃって二人残されたよね。あれが一番最初だったかな。』
『入院していた同じクラスの高田くんのお見舞いも四人で行ったじゃない。あのときもミキチャンが二人だけではいけないから付き合ってって言って、厚生病院に行ってから渡良瀬川にいったでしょ。』
『学校帰りにオリオン座にもやはり四人で行ったよね。覚えてる?内容はよく覚えてないけどかなりハードなシーンがあってぼくは隣にユリがいたんですっごく緊張した。』
『覚えてるよ。すぐそばに高校生がいてあたしたちの方を見て「中学生で」とか「生意気」と映画の合間にいってたの知ってる?』

千早とさつきちゃんは始めのうちこそチラチラとこちらを見ながらぎこちなくしていたけれど、いつのまにかごく自然に遊んでいた。ぼくらの目の届く範囲で地面に絵を描いたり、クマを見たり楽しそうに一緒にいた。
『青年の家が出来てすぐに、ケイジがどんなとこだかいってみようといったら、何のことはないミキチャンとけんかして仲直りのためにぼく達が引っ張り出されて、やっぱり二人残されて結局、そばのサテンでスパゲティ食べて帰ったよね。』
『それから、なんか二人でもよく会ったよね。お互いの高校の文化祭にも行ったし、そうそう、理由は覚えてないんだけれど、冬に吾妻山にも登ったことがあったね。西桐生から電車に乗って中央前橋に行って片原饅頭買ってきたこともあったし。』
『あたし、ね、すごく良く覚えてるのはね、ミキチャンとケイジがしばらくぶりに4人で一緒に逢おうっていって、夜、恵比寿講にいって、じゃあねってそれぞれ2人で行動ねっていってミキチャンとケイジとわかれる時、これって言ってミキチャンがあたしにゴムを渡したのにはびっくりした。』
『ユリははじめなんだか分からず、じっと見てて分かったらきゃっと言ってドブに捨てたんだよね。一高の裏の方の路地だったかな。駅のそばだったかな。』
『大学生になっても結構あってたよね。ぼくの学校にもきたことあったし、山下公園や港の見える丘公園にも行ったなあ、ユリといると楽しかったなあ。楽しかった思い出ばかりだよ。』
『あたしも。』
そう言って見つめ合ったとき、遠くで「パパァ」「ママァ」と言う声がした。千早とさつきちゃんだった。「動物見に行くぅ。」二人で千早とさつきちゃんの後をついていった。

《楽しかった思い出ばかりなのに、どうして一緒にいなかったんだろう?》
ぼくらの会話は途切れ、ぼくはあの日の電話を思い出していた。
大学生になってぼくらは二人とも東京に住むことになった。大学生になってもなんとなく月に一、二度あって一緒にご飯を食べたりしていた。でも、付き合おうとか好きだとかも言わなかったし、手も握らずもちろんキスもしなかった。不思議な均衡を保ってぼくらの関係は成り立っていたと思う。一歩踏み出せばきっと最後まで行ってしまうだろうという予感があってユリの手を握りたい、ユリとキスしたいという気持ちをぼくはずっと封印していた。

「パパァ、さつきちゃんと一緒なら、ちぃも乗り物乗れるから遊園地に行っていい?」
「いいよ。二人だけで乗ってみる?」
「ママも見ていてあげる。いいなあ、二人で観覧車とか乗れるかなあ。」
ユリもそう言って、眼を合わせた。ユリも話をしたいんだなと思った。

子ども二人は手を繋ぎながら坂を昇っていき、そのあとを大人二人でゆっくりと追いかけていった。
「ナギくん、今、幸せ?」
「子どもと一緒にいられることは幸せなんだろうけれど、実は今無職なんだ。仕事も見つからないし、よくわからない。」
「あたしね、いろんなことがあって、やっと、離婚が成立しそうなの。さつきと二人だけになって心がやっと静かになった。」
ぼくたちは4月の日だまりの中で噴水の縁に腰掛けて、時々、まだはらはらと落ちてくる遅咲きの桜の花びらを浴びながら、子どもたちの様子を見守っていた。ぼくはぼくのことをユリはユリのことを考えながら。

《楽しかった思い出ばかりなのに、どうして一緒にいなかったんだろう?》
ぼくが学園祭に行くからとユリに電話すると、おそらく初めてユリはその日はダメと言った。ちょうどぼくの部屋に友達がきていて、
『おまえらも一緒に行くか、女子大にいけるゾ。友達紹介してくれるよ』なんて言ってしまった手前、
『なんで— 、なにかあるん?友達に一緒にいこうっていっちゃったんだよねえ』とつい、問いただすような感じになってしまった。
『とにかく、その日は予定を入れちゃったの。』
『忙しいなら、ちょっと顔を見せてくれて、友達を何人か案内役につけてくれるんでもいいんだけど。』
『日を変えて。ダメなものはダメ。』
『なんでダメなんだよ。理由を言ってみろよ』
『こっちにはこっちの都合があるの』
『顔、見せてくれるだけでもいいっていってるのに?』
『ダメ』
『ダメな理由を聞かせろよ。』
『やだ』
ほとんど初めてという感じで押し問答をして。結局、ユリは
『中学の時の同期のクニさんから電話があって、その日クニさんが学園祭にくることになったから』と言った。クニさんは中学の時ユリに気があっていつもウチのクラスにきていた。そのクニさんの方を優先するユリにすごく腹が立って、それに、友達の前でメンツがたたなくって、
『なんで、クニさんなんだよ。』と、ついつい口調が強くなった。しばらくの沈黙が続いた。

『ねえ、教えて。あたしは、ナギくんのトモダチ?コイビト?都合のいいオンナ?あたしはあなたの何なの?』
受話器のそばには友達が何人もいて、ぼくとユリの話に耳を傾けていたのでぼくは何にも言わなかった。
それから、ぼくはユリと連絡をとろうと何度も思ったけれど、その度にユリの『あたしはあなたの何なの?』という声がフィードバックして結局ずっとそのままで、ユリと会うことも連絡を取ることもなかった。

そのとき、風向きが一瞬かわってユリの香水の香りがふわりとぼくの鼻孔に飛び込んできた。
「あっ、この香り・・・。」
「香水のこと?そう、あたし、二十歳のときからずっとこれ。」
そう言って二人視線を合わせた。

ほとんど、一日、千早とさつきちゃんはとても仲良く遊んだ。
「じゃあね」と言って別れたけれど、ぼくは、ユリの言葉を思い出していた。
「あたしは今、幸せよ。さつきがいるから。さつきはあたしのすべてだから、どんなこと
があってもあたしが守っていくの。」
母親の顔をしたユリには強い意志が現れていてとてもきれいだった。

帰りの車の中で千早は
「さつきちゃんとお友達になれて良かった。楽しかった。また、一緒に遊びたいな。パパとさつきちゃんのママがお友達だったから仲良くなれたのかもしれないね。」
と言った。
『パパがずっと大好きだったひとだからだよきっと。』と、心の中でつぶやいた。

同窓会は各クラスや友達単位で盛り上がっていて、担任の先生のエピソード紹介や当時は言えなかった一言だのあって、聞いてるヤツは聞いてる様子で進んでいった。
ぼくらは中学生の時のように群れて、それが心地よかった。ビールも美味しかった。
だけど、ぼくはユリのことが気になっていた。ミキチャンをみつけだして改めてユリのことを聞いた。
『瀕死の重傷を負ってからどうしてるんだ?どこにいるんだ?こどもはどうしてる?』
「やはり、ユリのこと気になるんだぁ。ある意味、ケイジとアタシより仲良かったし、あの頃、純粋な感じだったしね。」ミキチャンはもうだいぶ酔っていた。
「そんなこと聞いてるんじゃないんだけど。」
「ごめん。正直言ってどこにいるか分からない。公園の登り口にあった家も取り壊されて空地になっているし、同窓会の案内も戻ってきた。どこかの施設か病院にいるらしいと聞いたことがある。一人娘は確か看護師さんになりたいって言ってた、むかしね。火事の時、一人娘を抱いて3階から飛び降りて打ち所が悪くて体が動かなくなっちゃって。アタシも何度かお見舞いに行ったけど、痛々しくて見てられなかった。」
「知らなかったのぼくだけだったのかな。」
すでにそばに寄ってきていたケイジが
「ナギは全部知っていて、意識してユリのはなしを避けてるんだと思ってた。」
ぼくは公園での別れ際のユリの言葉を思い出していた。
『さつきはあたしのすべてだから、どんなことがあってもあたしが守っていくの。』
ユリはあの言葉通り自分の命をかけて娘を守ったんだなと思った。

「俺たちの学校もなくなっちゃうし、なんか寂しい気がするな。」
「ケイジらしくないこというなあ。」
「俺だって素直に考えるときもある。中学のあの校歌はいいとは思わないけど、もう歌われなくなると思うとさみしい。ユリの姿も見ないと気が抜けたみたいな感じだ。時代が終わったのかな。」
「ひとつの時代が終わって、今度はまた新しい時代が始まるのかもしれない。といってももうしばらくしたら、俺たち定年だ。」
「それはそうだ。たまあに、ナギはイイこと言うんだよなあ、昔から。でも、同時に力が抜けるようなことも言う。」
いつのまにか、周りには昔からの仲間がまた集まってきていた。

同窓会も終わりが近づいていた。この同窓会が終わったらぼくらはどこに行こう。TVのドラマのように恋がもう一度目覚めるようなこともない。ぼくたち一人一人にはそれぞれの人生があって、平凡だけど一生懸命生きているから。
『同窓会が終わったら、学校へ』
どこから、発信されたのか『学校へ』という言葉がうねりになって伝わってきていた。
「ユリがいないのも、学校がなくなるっていうのもちょっと寂しいけれど、でもアタシたちの記憶の中ではそのままね。それに、このまま終わりじゃないよ。新しくやり直せることがあるかもしれない。」
そういいながら、ミキチャンが瞬間にケイジの方に熱い視線を送ってから、遠くを見るような目つきでつぶやいた。ぼくはミキちゃんの一瞬の視線を見逃さず、もしかして二人これから・・・と思った。
「おれたちのあの学校ね、この前、北乃きいがきてPV撮っていったんだよ。体育館も校舎もみんなそのままらしい。きっと桜が満開だぜ。」

今から30年も前のユリの二十 歳の誕生日。僕のユリへのプレゼントはエタニティだった。
そして、十年前に岡公園で出会ったときもユリは同じ香りがした。

僕はさっきまで、いや今でもエタニティの香りを探している。

桜はまた咲いて、雪のように散っていく。
もう春は動き始めている。