読み手と書き手の交流サイト

読むCafe
 

囲碁宅急便

庵名路久


約 11332

都会の街外れ、明日にでも取り壊されそうなほど年季の入ったビルの一角で「囲碁宅急便」と書かれた張り紙がドアにへばりつき木枯らしとともに揺れている。普通の宅急便取扱所と混同されないためか「高齢者の安否確認を兼ね囲碁対局の出前をします」と説明書きされた端っこなどは今にも風で飛ばされそうだ。水曜日の午後三時、囲碁宅急便の主である山崎から顧客の渋川さんに安否確認と囲碁対局の出前希望を聞く電話の時間である。ラジオの時報が三時を告げるや即座に電話をかけると、通話先にとって待ちに待った電話であったらしく、初回の着信音が鳴り終わらないうちに受話器が上がり、山崎は古くからの顧客に親しみの声を投げかけた。

「渋川さん、まいどー。囲碁宅急便の山崎です」

即座に通話先である渋川さんの声が聞こえてきた。

「囲碁のラスト対局お願いします」

「ラスト……?わかりました。早速お伺います」山崎は渋川さんの発したラストという言葉に多少気になるものを感じたが努めて明るく応じた。
囲碁宅急便は食品会社を退職した山崎が唯一の趣味である囲碁を何とか社会に役立たせたいと思って考えた末、高齢者の安否確認と囲碁対局の出前をセットとして起業したものだが、今のところ客は極めて少ない。それはそうだろう。客となるのは囲碁を打つ人か少なくとも囲碁に興味を持つ人に限定されるし、高齢社会に入った日本では安否確認する大手の会社もたくさん出てきている。仕事の性格上、客の信用を得るまでが大変なことに加え、やっと信用を得たと思った矢先にぽっくり亡くなられてしまうことも日常茶飯事で、山崎としてはそのようなことも自覚していたつもりだったが、顧客との別れは予想していたとはいえつらいものがあった。収入もわずかであり、自分自身も高齢化して他人の安否確認どころではなくなる日も間近のように思え、囲碁宅急便をこのまま続けていくべきか悩んでいた。慎ましく暮らせば取り敢えずの生活は年金で賄える。山崎は最近クセとなった、白いものが入り混じり囲碁を打っているような胡麻塩頭を数回かきむしって仕事への迷いを吹っ切らせた後、渋川さんの住むマンションに向かうべく事務所をあとにした。
 
渋川さんは山崎が囲碁宅急便を起業した当初からの顧客であるが、今回の電話で発せられたラストという普段の渋川さんが口にしない言葉に山崎は多少気になるものを感じながらバスに乗った。以前は自動車を運転していたが、すんでの所で大事故を招くようなことを経験したことで、判断力の衰えを自覚しきっぱりと自動車の運転は止めた。囲碁の出前は定額制にしており遠方への交通費などは殆ど自腹となるが、そんな交通費などの負担以上に体調への不安があった。バスは混んでおり空席がなく、頼みの優先席には若者がスマホを片手にゲームにでも熱中しているのか席を譲るような気配は全くない。マナーを注意して若者に逆ギレでもされたら大変だ。山崎は無言のままバスの中を見渡すと優先席以外は山崎以上の年配者が皆疲れたような表情で座り、立っている。山崎は「優先席」との文字が「普通席」の見間違いではないかと目をこらしてみた。視力が衰えたせいかやはり「優先席」としか見えなかったが、高齢者が増えてきた昨今、数少ない席が「優先席」でなく「普通席」と表示される日がすぐそこに迫っていそうな感慨に耽ったとき目的のバス停に到着した。これまでの運動不足がたたったせいか体力も大部衰えてきたようで、降りる際に体をふらつかせた山崎に若い女性の運転手が「大丈夫ですか、後ろから自転車が来てますので注意してください」と声をかけてくれた。女性運転手の言葉通り、降りようとした山崎の鼻先を猛スピードで自転車が駆け抜けていった。女性運転手の声でいったん止まることなく、もし普通に降りていたら間違いなく自転車とぶつかっていただろう。山崎は胸の中で女性運転手に感謝しながら渋川さんのマンションに向け歩を進めたが、そこまで歩くのでさえ息が切れ、暑いバスの中で立ち通しだったせいもあるが、渋川さんのマンションに着いたときには額から大粒の汗が噴き出していた。

汗を拭きながらマンションエントランスで顔なじみとなった管理人と軽く挨拶を交わし、エレベーターで五階の渋川さん宅に向かおうとするとエレベーターの前に柵がめぐらされ「工事中」との表示が出ている。さっき挨拶を交わしたとき管理人の表情に何か気の毒そうな気配が漂っていたことの合点がいった。どうやら滅多にかち合わないエレベーターの点検時期にぶつかったらしい。世の中いろんなハプニングが起きる。確率的には同じくらいの高額宝くじには何であたらないんだと愚痴った山崎だったが、ぶつかったのが自転車でなくエレベーターの定期点検だったことは幸いと思い直し、階段を一歩一歩踏みしめ渋川さんのマンション玄関にやっとたどり着いた。山崎は階段を上った際に吹き出た汗をハンカチで拭い深呼吸した。囲碁宅急便の顧客は殆どが年長者である。誰でも自分より年長の者から「元気か?」と尋ねられたら多少体調が悪くても「元気ですよ」と応えざるを得ないように、自分の体調がどうであろうと顧客に明るく接するのは囲碁宅急便のような商売にとってイロハである。山崎は昔父親から貰ったお年玉に対する感謝の贈り物をするような気持ちを込めてインターホンから声を送った。
「渋川さーん、囲碁宅急便の山崎です。お邪魔します」

いつも通り山崎が来訪を告げると即座に玄関扉が開いたが、そこに現れたのはいつもの普段着姿とは違って正装した羽織袴の出で立ちの渋川さんだった。電話でのラストという言葉といい正装した姿といい、いつもの渋川さんとは何かが違う。

「どうしたんですか。囲碁の対局をした後どこかにお出かけでも?」抱いた疑問を山崎は率直に渋川さんに投げかけてみた。

「いやいや。今日あなたと打つ囲碁を私の生涯賭けた全身全霊を賭したものとしたいだけなんじゃよ」
「生涯賭けた……そのための衣装ですか」

生涯賭けるとの言葉に山崎は囲碁の持つ崇高性が呼び覚まされるような思いを感じつつ対局する部屋に向かうと、これまで雑然としていた部屋が綺麗に整頓され、何もなかったはずの床の間に「深奥幽玄」の掛け軸が部屋を見下ろし、あたかも日本棋院の幽玄の間が再現されているかのようだった。東京市ヶ谷の日本棋院にある幽玄の間は主にタイトル戦の決勝等で用いられ、川端康成の揮毫した「深奥幽玄」の掛け軸が飾られたこの部屋で囲碁を打つことは碁打ちにとって垂涎の的ともいうべき貴重なことである。
「これまでは時間やお金がもったいないとのケチな考えから早打ちで何局も打ってきたが、今日はじっくりと制限時間いっぱい使って良い碁を一局打ちたいと思ってな」

制限時間とは囲碁宅急便で決められた訪問時間のことで最大二時間に設定していた。時間制なので、これまで渋川さんはその時間内にできるだけ楽しみたいと、多いときには五~六局ほど対局することもあった。今日は良い碁を一局だけ打ちたいとのことらしいが、どんな心境の変化があったのか山崎には知るよしもない。「一局だけで良いんですか。時間は二時間で延長はできませんが」

山崎は念押しした。延長料金を取りはぐれる等の金銭面の心配ではない。世の中の仕事には二種類あって、お金がたくさんもらえるからという理由でやる仕事と見返りが少なくてもやり続ける意欲が湧くいわゆる天職と呼ばれるものである。山崎の若い時分にやってきたのはお金だけが目的の仕事だったが、囲碁宅急便はお金だけが目的の仕事にしたくなかった。山崎が念押ししたのは、客の中にはよく対局を長引かせる者がおり、別れがたい気持ちは有り難いが、一人の客だけにつき合ってばかりだと他の客に迷惑がかかることにもなりかねないからである。
「延長などせん。一局にこれまでの人生の全てを注ぎ込むんじゃ」
「渋川さんの人生全てを……。そんな大事な一局の相手が私なんかで良いんですか?」

山崎は少し不安になってきた。
「一局の囲碁は人生なりといわれる。今までの人生を語り合えるのは山崎さんの他に誰もおらん。かたじけないがよろしく頼む」

渋川さんのいうように囲碁は人生を表現していると言われる。囲碁には序盤、中盤、終盤があり人生に喩えるなら人格形成する青年期、働き盛りの壮年期、人生最後の締めくくりである老年期にそれぞれ該当するが、打ち手の思惑により石の有り様は無限に変化する。そんな囲碁の性格からして羽織袴に幽玄の間までセットし、人生全てを注ぎ込むとの渋川さんの言葉に納得のいくものがあったが、なぜその大一番が今日なのか、電話で語られたラストという言葉と何か関係あるのか尋ねてみようと思ったが、決着はすべて囲碁の対局でつけたいとでもいうように真剣な眼差しで盤面を見つめる渋川さんの圧倒的な迫力に気圧され何も言い出せなかった。

「それでは」

渋川さんは、禅僧が悟りを開くための第一歩を踏み出すかのように碁笥から黒石を一個つまみ盤上に打ち下ろした。渋川さんの放った初手は碁盤中央の天元だった。碁盤広しといえども天元は相手が真似のできない唯一の着点であり、その特殊性から北極星になぞらえ「太極」とも呼ばれ、万物が発する根源というような意味を有している。

「えっ!天元打ちですか。珍しいですね」

吃驚した山崎が胡麻塩頭を両手で包み渋川さんの顔をのぞき込むと、そこに真剣な眼差しながらもはにかんでニヤリとする渋川さんの顔があった。
「実はいつも天元を打ちたいと思いながら、後の打ち方が難しいので打ちそびれてきたが今日こそは最良の着点であるはずの天元を試したいのじゃよ」

天元打ちで史上有名なのは寛文一0年(一六七0年)に行われた御城碁で、時の名人本因坊道策に対して安井家二世安井算哲の放った初手天元である。御城碁とは囲碁を奨励するため江戸幕府が行っていた将軍の御前試合で、天文の知識に詳しい安井算哲は初手天元を最良の着手と考え必勝を期して対局に臨んだが、初手天元の善し悪しというより実力の差ゆえに敗れ、安井算哲はその後天文の世界に転身した。安井算哲が初手天元で敗れた後も初手天元を最良の着手と考える碁打ちは多いが、渋川さんが語るように初手天元を打った後の石の運用が難しいために現代に至るも実戦で打たれることは殆どない。

渋川さんの初手天元に対して山崎は目ハズシの位置に打った。その着手は江戸時代の御城碁で安井算哲の放った天元打ちに対して本因坊道策の打った手で、その後の渋川さんと山崎との囲碁対局は奇しくも江戸時代に打たれた本因坊道策と安井算哲の対局をなぞるような形で進んでいった。

「天元打ちには何か理由でも?」

山崎は疑問を抑えきれなくなって聞いてみた。
「うむ。世の中何かが間違っているような気がしてならんのじゃよ」

「何か間違っている?」
渋川さんはしばし打つ手を休め遠くを見るような目になった。

「昔は自動車が走るのさえ珍しかったが今じゃ当たり前だし、公衆電話ができて便利な世の中になったと思ったのもつかの間、今や携帯電話の時代。じゃがスマホなんかを片手に歩く人の群れにはどうしても馴染めん」

時代が進歩するのは当然のことなので、山崎は渋川さんの真意がどこにあるのかよく分からなかったが、渋川さんと同様あまりに早く進む時代のテンポに取り残されていくような思いを抱いていた山崎は取りあえず相づちを打った。「ホント変わりましたね。私の勤めていた会社でも仕事がデジタル化し、入社したての若者の方が機械なんかには詳しいので年配者の私の方が逆に教えられたりで、先輩としての威厳が保てなくなってきましたよ」

食品会社勤めの経験を語った山崎に対して建築関係の仕事に携わっていた渋川さんも同様の思いを語った。「建築の世界でも同じじゃ。昔は親方の背中を見て学んだ職人技が今はコンピュータであっという間にやってしまう。年功序列なんかも今は昔の話し。近頃良く思うんじゃ。アイヌ民族などが文字を持たなかったのは文明度が低いからと以前は思っとったが、意図してあえて文字を作らなかったんじゃないかという気がしてならん」

当初は冗談と思って軽く受け流そうとしたが、渋川さんの声の調子は慎重で重たい。「作ろうと思えば作れるのに、わざと文字を作らなかったと?」

山崎も慎重に聞き返した。文字こそは文明の基礎となってきたものであり、意図して文字を作らなかったなどということが果たしてあり得るのか、あまりに突飛な発想にしか思えなかったからだ。ところが渋川さんは本気のようだった。

「そうじゃ。文字というものが存在しなければ老人は物知りの宝庫、いわば図書館で老人は死ぬまで敬われ大事にされる。文明人と呼ばれる者は文字なんかを作ったために最新の知識がインターネット等で簡単に検索できるようになった結果、老人の知識は陳腐なものとなり老人は尊重されなくなった」

山崎の脳裏にバスの優先席で若者がスマホに夢中になっている光景が蘇った。

「確かに今の若者はインターネット等から情報を取ることが多くなってますからね」

山崎が同調したことに気をよくした渋川さんは持論を続ける。
「アイヌ民族などは文字を作ることによりどんな結末を迎えるかをちゃんとわかっていたんじゃないかな。食べ物なんかでも必要とする以上は捕らんかったようだし、できることでもあえてしない知恵を持っていたんじゃないかとね」
「程度の問題もあるんじゃないでしょうか。インターネットとなるとお手上げですが、紙で書かれた文書までなら私らでも何とかついていけそうです。ただ原爆なんかのことを考えると全く同感です。本来作り出すべきではなかったように思います。作ってしまった今では、核抑止力とかいって後戻りが難しい状態になってますからね……もしかして……だから天元打ちを?」

渋川さんが深く頷いた。そして山崎は気づいた。渋川さんは初手天元から打つ囲碁を通じて、最善と思われることが実際の世の中でなされず、すべきでないことが行われているのではないかという自分の抱いてきた思いを語りたかったのだ。

「うむ。儂もそうじゃったが、殆どの碁打ちが初手天元を最善と考えているのにその後の運用が難しいからということで結局は定石化されある程度目安がつく『小目』とかにしか打たんじゃろ。それと同じように、一般社会でも最善のことが別の所にあることを薄々は感じていながら、手っ取り早く効果が目に見えることしかしてこなかったんじゃないかとね」
「確かに初手天元は現実的な目安のつく小目なんかと違って、より将来への期待を込めた打ち方ではありますね」
「囲碁対局で、手っ取り早く効果が見込める小目とかに打たれることが多いように、世の中全般日々の暮らしの中でもすぐに効果の見えるものに頼りがちになってしまっておるんじゃ」
「ただそれはそれで仕方のない面もあるんじゃないですか。家族を養っていこうと思えば、風を吸い露を飲む仙人のようにはなれませんから。ところで渋川さん、子供さんは?」

近年は子供等がいても親と離ればなれの生活で行き来がないため、安否確認を会社等に任せる事例も増えてきているので、子供がいても安否確認を会社に依頼することは特段珍しいことではない。山崎は渋川さんが天涯孤独の身と聞いていたので恐らく子供はいないのだろうと想像できたが、今まで聞きそびれていたことを聞いてみると、想定通りの応えが返ってきた。

「おらん」
「それはちょっと寂しいですね」
「うむ、以前は子供がいたら人様のご厄介にならずに楽しい老後が送れるんじゃないかと思っとった」
「今は違うんですか?」
「正直言えば子供が欲しかった。孫の顔も見たかった。だが、明るい展望が見えん将来に暮らす子供や孫のことを考えるとこれで良かったような気がするんじゃよ」
「明るい展望が見えないというと、年金とか?」

山崎の脳裏には再びバスの優先席でスマホに夢中になっている若者達の光景が蘇ってきたが、今度は年金や老後について不安を訴えているかのような姿だった。
「うむ、儂ら世代は一応生活できるだけの年金を貰えとるが、これからの若い者の年金はどうなるかわからん。それよりもっと深刻に思われるのは環境問題でこのままの状態が続いたら地球に人間が住めなくなってしまうのではないかと心配なんじゃ」

「地球温暖化とか言われてますが、確かにここ最近気候が変ですね」
「二酸化炭素の排出量を減らすとか言っておるが、経済の競争原理からは排出量を減らすコストをかけるだけ損になる、特にグローバル化した今の経済状況ではそう簡単には減らせん。要するに今の政治は、年金問題も環境問題も子や孫の世代に負担を先送りしてるだけなんじゃ」
「殆どの人は何十年先よりも今日明日の生活しか見えませんからね」
「うむ、だから選挙で選ばれる政治家も目先のことしか考えん者しか選ばれんのじゃ」

理屈はわかるが理想と現実は違うもの。山崎は話しを現実に引き戻そうとした。
「生身の人間が住むこの世の中、水清くして魚棲まずと言われるように綺麗事だけでは生きていけませんから、ある意味しょうがないんじゃないですか」

「しょうがないじゃと!環境問題など人類の生存がかかっとるんじゃぞ。しょうがないで済まされるような問題ではないはずじゃ」
渋川さんの憤然とした様子に山崎が盤面に向けていた顔をあげると、渋川さんの毅然とした眼差しとぶつかり、囲碁の対局を通して世の中のあるべき姿を真剣に問いかけようとしているのがわかった。囲碁の着手と同様、真剣な話しには真剣に応じるのが山崎の流儀である。

「ではどうすれば良いと?」
「うむ、環境問題等に対処するには人気取りの選挙で行われる今の政治には限界がある。儂の理想論を言えば、長期的な視野を持った哲学者なんかがこれからの政治を主導すべきと思うんじゃ。そうでないと恐らく地球が持たん」
「斬新な見解ですね。確かに私ら凡人は、地球の将来がどうなっても今生きている世代さえ良ければというような発想しか思い浮かびませんから。ただ、囲碁の定石なんかでも昔は複雑な手順を暗記したりしましたが、最近は難解な定石手順にならず簡便に打たれることも多くなったように、一般世間でも昔は鼻から不可能と思っていたことが可能となったりすることも結構あったりするので、そんなに心配する必要はないかもしれませんよ」

山崎の楽観的な話しに渋川さんは首を傾げた。
「ほう、そんなもんかな。確かに囲碁の世界では『そんな手はない』と昔叱られたような手が流行したりしとるが、一般世間で思いの外可能となったような事とは何だね」
咄嗟に山崎は来るとき乗ったバスの女性運転手のことを思い出していた。

「身近なところでは例えばワンマンバスです。昔のバスは方向転換等で盛んにバックする必要がありその際必ず車掌が誘導していたので、ワンマンバスなんかは絶対不可能と思っていたのに、車の性能や道路が良くなったせいもあるのでしょうが今ではワンマンバスが当たり前だし、それから生理現象の近さなどから絶対無理と思っていた女性のバス運転手なんかも今はごく普通で珍しいことではなくなってますからね」「なるほど。ワンマンバスに女性のバス運転手か。儂もそれらは不可能と思っていた部類の人間じゃよ」

ワッハッハ。渋川さんが楽しげに豪快に笑った。
「それから、最近の若者は礼儀知らずで困ったものだなんて批判してましたが、震災が起きたときに若者が震災復興のボランティアに駆けつける様子なんかを見ていると、今の若者も捨てたものではないと思えてきました。会社勤めしているうちの娘も先頃有給休暇を取って被災地にボランティアに行きましたよ」
「娘さんが震災復興のボランティアに!良い娘さんをもたれましたな。そういう話しを聞くと案外日本の将来は明るいのかもしれんと思ったりもしてきますが……」

囲碁宅急便は客の満足げな顔を見るのが一番の目的である。渋川さんが相好を崩すのを見て山崎も安堵した。
「将来が明るいものと信じたいですね。実際どうなるかは全くわかりませんが」
「対局している囲碁と同じで結末など誰も読めん。儂らにできるのは、将来を見据えながらその時点で最善と思われる手をただひたすら求め続けることだけじゃ」

二人はそんな会話をしながら最後まで打ち進めた。囲碁を打ち始める前にはやや体調の悪かった山崎だったが、囲碁を打ち始め囲碁に没頭すると、いつものことながら体調のことなど全く気にならず、むしろ今日は渋川さんのやや青白い顔色が気になった。そして渋川さんが最善として打った初手天元だったが、その後の展開は山崎から見ると天元をうまく活用しているような打ち方には見えなかった。やはり初手天元はその後の活用が難しいのだろう。山崎はあえて下手な着手をして負けることも頭に思い浮かんだ。他の客との対局では気づかないふりをしてわざと石を取られて負けたことがあり、そのときの相手の満面の笑みをみて、負けてやって良かったと思ったことがあった。ところが渋川さんとの対局ではそのような気持ちになれなかった。今、渋川さんは単なる勝ち負けを越えたものを求めており、そのような囲碁対局に手加減することは失礼にあたると感じたのだ。そして終局を迎え、整地すると白番山崎の九目勝ちだった。
「負けはしたが断じて初手天元のせいではない。後の運用がまずかったんじゃ。儂も青年時代には高邁な理想を持っておったが、日々の生活に追われ段々と理想の姿とはかけ離れてしまった。儂の歩んできた人生そのものでもあったような囲碁対局じゃったよ」

あくまで初手天元を擁護し自分の人生を重ね合わせながらしみじみ語る渋川さんを見て、山崎に同情の気持ちが湧き起こった。

「私が初手天元を発揮できるような碁形で対局すれば良かったのかもしれません」
「それは手加減するということか。何を言っとる!人生と同じ真剣勝負で負けたんじゃ。山崎さんが手加減するようだったら、真剣勝負を馬鹿にするのかとそれこそ碁盤をひっくり返していたかもしれん。すべては初手天元をうまく活用できなかった儂の至らなさにあるんじゃ。過去を振り返ってあのときこうすれば良かったなんて言ってみたところでどうにもならん。正に真剣勝負で楽しかった。ありがとう」

帰り際、山崎を見送る渋川さんの目にうっすら光るものがあった。

 

渋川さんと真剣勝負の対局をした翌週の水曜、いつものように山崎が渋川さんに安否確認を兼ねた囲碁出前について電話をすると、着信音のまま渋川さんは出ない。先週電話で語られたラスト対局との渋川さんの言葉がよみがえり、山崎の胸に不吉なものがよぎった。引っ越すなら先週訪問したときに伝えてくれたはず。まさか!

山崎は一旦受話器を置き、渋川さんの住むマンション管理室に電話をかけ直した。顧客と連絡が取れないとき、戸建ての場合には山崎が直接安否確認に出かけることもあるが、マンションの場合には管理人に即連絡することにしていた。電話に出られないほどの体調不良など緊急を要することがままあるからだ。
「渋川さんと連絡つかないのですが、新聞や回覧板がたまっているというようなことはありませんか」
「そういえば渋川さん宅の郵便受けが一杯になってます。確認してみます」

管理人も異変を感じていたらしい。天涯孤独の身であるマンション居住者の場合、安否確認する者がいないと何日も発見されずにいる場合がある。いわゆる孤独死といわれるものだが、何日も発見されないことは本人にとってもマンションにとっても不幸なことなので、安否確認する者からの通報は双方にとってありがたい。

この日は他から囲碁の出前予約もなく、渋川さんのことが心配で電話の側を離れられない山崎のもとに、日が暮れてあたりがすっかり暗くなってきた頃、マンションの管理人から電話がきた。
「通報ありがとうございました」

「それで渋川さんは?」
しんみり話す管理人の電話の声からある程度予測はついたが、山崎の抱いた不安は的中していた。
「お亡くなりになられてました。」

お悔やみの言葉を述べ電話を切った。渋川さんが先週ラストとの言葉を使ったのは近々天からお迎えがくることを恐らく自ら悟っていたのだろう。山崎にとって渋川さんの死はショックだったが、囲碁のラスト対局として人生の締めくくりに当たり渋川さんの言いたかったことを表現するお手伝いができたことにほのかな充足感があった。大手の会社の安否確認なら恐らく監視カメラ等で異常が無いか無機質に確認するだけだったろう。

囲碁は別名手談と呼ばれる。普段豪快な話し方をする人が囲碁の対局では守る一方のおとなしい着手が多かったり、逆におとなしそうな人が豪快な手を連発したりと、外見とは違ったその人の内に秘めた真実の姿のようなものがみえてくる。とかく行き違いを生じやすい口から発する言葉なんかより余程正直でお互い理解しあえる。古来「物言わぬは腹ふくるる」などと言われるように、誰もが内に秘めたものを表現したい思いを抱いており、そんな人の思いを表現するのに囲碁ほど適しているものはない。

山崎が渋川さんの面影を偲び胡麻塩頭をなで上げたとき、「囲碁宅急便のおかげで思いの内が話せた」と渋川さんの感謝の声がどこからか聞こえたような気がしてふと窓の外に目をやると、暗い闇の中にキラリと輝く星が見えた。窓を開き視界を広げると渋川さんをはじめこれまで囲碁対局で思いの内を語り天に昇った方々が満天下の星となって、囲碁宅急便が山崎の天職でありずっと続けて欲しいと伝えるかのようにキラキラと瞬いていた。