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少年とライオン

神谷邦昭


約 9656

「ねぇ、どうしておじいちゃんをあんなに小さく白い箱に入れるの?」

おじいちゃんの骨が小さい箱に入れられるのを見ながら僕はお母さんに聞いた。
「死んだら、みんなあんな風に骨になって箱に入るのよ。たつるもお母さんも死んだら一緒なのよ。みんな一緒なの」
「でもあれはおじいちゃんだよ。おじいちゃんはあんな小さな箱に入れられて喜んだりしないよ。もっと大きくて、派手な箱に入れられた方がおじいちゃんはきっと喜ぶと思うよ」
お母さんは泣き始めた。
「たつるはおじいちゃんが大好きなのね」
「うん。たつるおじいちゃんの事大好き」
「そう。じゃあ・・・おじいちゃんにちゃんとバイバイしなさい」
そう言ってお母さんは僕の手を握って、おじいちゃんのすぐ近くまで連れてってくれた。おじいちゃんは頭の骨だけ残っていた。僕はおじいちゃんに向かって手を振った。
「おじいちゃん。また会おうね~」
黒い服を来た男の人がおじいちゃんを小さい箱に入れた。気が付くと周りの人達みんなが泣いていた。僕はそれを見て何でみんな泣いているのか分からなかった。
その日の夜。僕は目が覚めた。口の中に何かしら違和感を感じたんだ。何だろう?奥の歯が少し熱い。僕は隣で寝ているお母さんを起こした。
「ねぇ、お母さん。お母さん・・・」
「ん?なぁに?おしっこ?」
お母さんの口からプ~ンとお酒の匂いがした。うっ・・クサッ!
「ううん。違うの。歯が痛いの・・・」
「どこの歯が痛いの?」
お母さんは枕の近くのルームランプを付けた。
「右の奥の方・・・」
「あら・・・・大きな虫歯があるわね。明日歯医者さんに行って来なさい。一人で行ける?」
「ううん。おじいちゃんと一緒に行く」
「・・・・・そう」
お母さんは僕を抱きしめてくれた。
「そうね。おじいちゃんと一緒に行けたらいいね」
「・・・・・」
「でも、おじいちゃんはどこか遠くに行ってしまったから、もう会えないかもしれないね」
「なんで?」
「・・・・・」
その後、お母さんは何も言わずに寝てしまった。僕もつられて寝てしまった。

 

翌日僕は歯医者さんの待合室にいた。そういえば虫歯なんて生まれて初めてだ。僕は近くにあったマンガを読みながら自分の名前を呼ばれるのを待った。
「おい!」
隣に座っている男の子が僕に話かけて来た。
僕よりも大きくて体格がガッチリしていて、きっと年上だろう。その子が僕に向かって大きく口を開けて中を僕に見せて来た。男の子の歯は虫歯まみれでとっても汚かった。
「ゲッ・・・汚ねぇ・・・」
口がすべっちゃった。
「あ?なんだと!!」
その子は怒ったのか僕の肩をパンチした。
「アガッ!!」
すると、看護婦さんがやって来た。
「大山く~ん。大山敏樹く~ん」
さっき僕を殴った男の子が大きく
「は~い」
と返事をして治療室に入って行った。僕は叩かれた所を押えてジッとしているとジ~~ンと痛くなってきた。ちくしょう・・・
すると奥の治療室から突如『ギャ~~』と叫び声が聞こえて来た。さっきの男の子だ。
「いだーーーーーーーーーーーい!!!!」
同時にドリルの嫌な音も聞こえて来た。
ギャイイイイイイイイイイイィィィン。ギリギリギリギリギリギリ・・・・・ガッガッガッガッガッガッガッガッ・・・・・・・。

 

全身に鳥肌がたった。なんて恐ろしい音だ。突如音が止まり、しばらく静かになった。そしてドアが開き、さっきの大きな体の男の子が涙をポロポロと流しながら、出てきた。僕だったらきっと耐えられない!死んでしまう。
そう感じた僕は立ち上がり、歯医者さんを飛び出した!!走って走って走り続け、逃げだしたのだ。
ふぅ~・・・・やれやれここまで来たらもう大丈夫だろう。さて、これからどうしょう・・・お母さんには歯医者に行くって伝えたし、すぐに帰ったら怪しまれる。どこで時間を潰そうか・・・そんな事を考えていると、昔の事を思い出してしちゃった。おじいちゃんに言われた事だ。あれは僕が近所の奴らにイジメられて帰って来た時の事だ。靴を隠されて見つからなかったんだ。だから仕方なく裸足で帰って来た。バレないようにそっと家に帰ったんだけど、おじいちゃんにはすぐにバレた。
「おい。たつる。お前がイジメられても、奥歯をグッと噛みしめてガマンしたのはとっても偉い事だと思う。でもな、人はいつか勇気を持って自分の意見を言わないといかん!分かるか?たつる?」
あぁ・・・・おじいちゃん・・・
その時だった。突然後ろから蹴りが飛んできたのだ!
「うわぁ!」
僕はびっくりしてふっ飛んでしまった。いてててて・・・・一体誰だ?振り返るとそこには学校一の問題児でクラスメイトの久手堅ユカが立っていた。
最悪だ。手下のタカシとマサシも一緒だ。
「ようたつるじゃん。何してんだよ?」
「べ・・・別に・・・これから歯医者に行く途中なんだ」
「何だ?虫歯なのか?」
「うん。虫歯が痛いんだ」
「俺も虫歯だったんだぜ!!でも見ろよ。抜いて治した!!」
そう言ってユカは口を大きく開けて見せてきた。奥の歯が一本なくなっていた。そして、僕はこいつの口汚いなぁ・・・と思った。
「お父さんとかに抜いてもらったの?」
「イヤ、自分で抜いた」
「えっ?本当に?痛くなかった?」
「ぜっっっっっっっんぜん痛くなかった」

 

ユカは女の子だ。でも僕はこれっぽっちも女の子だとは思えなかった。なぜなら、ちょっと前に教室で授業をしている時にニワトリが迷いこんで来た事があった。すぐにクラス中がワ―とすごい騒ぎになったんだけど、ユカが素手でニワトリを捕まえて外に出したんだ。とても凶暴なニワトリで男の先生ですらビビってたのに凄かった。その他にも色んな伝説がある。ある男の子が『お前はジャイアント馬場の生まれ変わりだ』とユカに言ったら、凄い剣幕で怒ってその男の子を泣かしたとか、給食時間中に地面に落ちたから揚げを普通に拾って食べたとか、周りのみんながダラダラしながら教室を掃除するから怒って一人で教室の掃除をたったの30分で終わらせてしまったとか、間違って男子トイレに入ったとか・・・・・そんな伝説がいっぱいある。
「おい。たつるこれからユカの家に行くんだ。お前も来いよ」
太っちょタカシが言った。タカシはデブだ。生まれた時に看護婦さんが『デカッ』と叫んだくらい大きかったらしい。その事を作文に書いて発表したらみんなに笑われた過去がある。本人は悔しかったのか、その場で泣きだしたのだ。しかし、先生は止めてくれず、ムリやり続けさせた。そのせいでタカシは泣きながら作文を発表するハメになったのだ。
「えぇ?でも、これから歯医者に行くんだ」
「マジだりぃ・・・来いよ~・・・」
「なぁ、俺達これからライオンを捕まえにいくんだ」
とマサシが言った。
マサシはいつも大きな黒い眼鏡をかけている。将棋が大好きで誰にも負けないくらい強い。クラスの女の子から人気があるけど、本人は気づいていない。
「ごめん。今ライオンって言った?」
「昨日の夜ユカが見たってさ・・・」
「ごめん。今ライオンって言った?」
「昨日の夜俺の庭にいるのを見たんだ」
とユカが言った。
「ちょっと待って、沖縄にはライオンはいないよ」
「でも、昨日の夜見たんだ。ライオンがサトウキビをバリバリ食べていたよ。その音で目が覚めたんだ」
「ライオンは肉食だから草なんて食べないよ。サトウキビなんて甘いし絶対食べないよ」
「でも昨日の夜見たんだ。ライオンがサトウキビをバリバリ食べているのを見たんだ」
「そんなの絶対嘘だよ。夢でもみたんじゃないの?」
ユカは突然僕のお腹をパンチした。
「アガッ!」
「見たったら見たの!ライオンはいるったらいるの!」
「はい。ごめんなさい!ライオンはいます」
「なので、これからユカの家に行ってさ、ライオンが食べたサトウキビの残骸を見に行くんだ」
「ダリィけど、もしかしたら本当にいるかもしれないだろ?」
「だからいるって!」
ユカがタカシを睨む。
「ゴメン・・・」
「だからたつる。お前も来い!ライオンがいたら捕まえるんだ!人手がいるんだ」
「でも・・・僕・・・」
ユカが僕に殴りかかろうとする。
「行きます」
やれやれ・・・。

 

僕たちは歩いてユカの家に向かった。歩いている間ユカはずっと昨日あった出来事を話していた。
「お前信じてないだろ?でも俺は昨日の夜絶対に見たんだ!」
「じゃあどんなライオンだったのさ」
「たつる。お前昨日の夜はどんな夜だったか覚えているか?」
昨日の夜・・・・昨日の夜・・・え~っと確か満月で月の光が強すぎて、地面に影ができるくらい明るかったのを僕は薄らと覚えていた。
ユカは話始めた。
「昨日の夜な、寝てたんだよ。そしたらどっかから『バリバリバリバリ・・』って音が聞こえてくるんだ。何だろうと思って目が覚めたんだよ。その『バリバリバリバリ』って音は外から聞こえて来るのが分かってさ、窓から外の方をみたんだよ。そしたら何か大きな生き物が窓の横を通ったんだ。最初は馬か牛が迷いこんで来たと思ったんだ」
「それで?」
「確かめるために外に出たんだ」
「一人で?」
「うん。一人で・・・」
「すごい!」
僕は感動してしまった。だって僕だったら怖くてムリだもん!ユカは話をつづけた。
「そしてさ、外に出て『バリバリバリバリ』って音がする方へ行ってみたんだ。そしたらさ、大きな大きなライオンが庭の近くでサトウキビを3本くらいまとめて食べていたんだ」
「ヒェ~~・・・」
と三人。
「『バリバリバリバリ』って音はサトウキビを食べている音だったんだ。俺はビックリして腰を抜かしたよ」
「それで?それで?」
「ライオンが俺に気づいたんだよ」
ユカの目はとっても怯えていた。その目を見ただけで僕はそれは本当にあった事なんだと分かった気がした。
「ライオンがな、食べるのを辞めて俺の所に来たんだよ。こう・・・ゆっくり・・・ゆっくりとな・・・」
ユカは両手を使ってその時のライオンの足みたいにゆっくり動かした。
「俺は腰が抜けていたから動けなかったんだ。すると、ライオンがな。俺に向かって突進してきたと思ったら、俺をピョーンと飛び越えて裏の山に入って行ったんだよ。そっから朝まで一睡も出来なかったよ。親にも言ったけど誰にも信じてもらえなかったよ」
「・・・・・・・・」
「だからな!お前らは絶対信じろよ~!」
そう言ってユカは僕にアームロックをかけて、グリグリした。痛い!!

 

ユカの家に着いた。ユカの家は大きな二階建ての家で屋根の色は赤だった。僕たちはさっそくユカが昨日ライオンを見たと言う場所に向かった。そこのサトウキビは本当にかじられていた。しかも範囲が広い。本当にライオンがいたみたいだ。それに荒され方もすごいパワフルで、太いサトウキビが縦に真っ二つになっていた。僕たちはしばらくその場所を調べてみた。
「おい!こっち来て見ろよ!」
マサシが言った。行ってみるとそこには大きなライオンの足跡と思われる物があった。僕達4人は同時に『おぉ~~』と言った。足跡をたどってみると山の奥へと進んでいるのが分かった。僕達はその足跡を追って森の入口までやって来た。すぐ近くに『立ち入り禁止』の看板が立てられていて、たくさんの大きな木が風でざわざわと揺れていた。僕は最高に恐いと感じてしまった。森になんか入りたくなかった。
「ねぇやっぱりと戻ろうよ。恐いしもしライオンに遭遇したらどうするのさ?」
「お前バカか?ライオンを見つけたらテレビとか新聞とかに載るんだぜ」
とユカ。
「有名人になれる!」
とマサシ。
「お金もらえるかな~」
とタカシ。やれやれ・・・・しぶしぶ森の中に入る事になった。 森の中は暗くてジメジメしていて、遠くから変な鳥の鳴き声が聞こえていた。どことなくひんやりとした冷たい風が吹いていた。僕は恐かった。小さな虫が僕の顔のすぐ近くにやって来た。
「ひゃあ!」
もうヤダ!う~~恐い。恐い。恐いよう。そんな事を想っていたらまたおじいちゃんの事を思い出しちゃった。あれは確か僕がトイレに行きたくて夜目を覚ました時の事だ。
トイレに行こうとして、廊下に出て見たけど、暗くて行けなかった。だから僕は寝ているおじいちゃんを起こしたんだ。
「ねぇ、おじいちゃん起きてよ~」
「ん?何だ?どうした?」
「トイレに行きたいの・・・でも恐い~・・」
「そうか。そうか。一人じゃ行けないんだな。分かった・分かった」
すると、おじいちゃんは僕の顔をじっと見て言った。
「よし。たつる。おじいちゃんがここで起きて待っているからたつるは一人でトイレに行って来なさい」
「えっ?でも恐いよ~」
「大丈夫。大丈夫。おじいちゃんがちゃんと起きてここで待っているから・・・」
「えぇ~・・・おじいちゃんも来てよ~・・・」
するとおじいちゃんは両手を僕に広げて見せた。
「おじいちゃんがお前に魔法をかけてやろう」
「?」
そう言うと、おじいちゃんは僕の胸に手をあてて、思いっきり『ヌン』と言った。胸の中に何か熱いものが流れた気がした。
「ホラ、たつる。トイレに行って来なさい。大丈夫だから・・・」
僕は言われた通りした。最初は恐かったけど一歩廊下に出たとたん何も恐くなくなった。暗い廊下を通って、普通に一人でトイレに行けたんだ。そして、そこでおしっこをした。その時の気持ちよさと言ったら・・・へへへ・・・・
「おい。たつる。お前何ニヤニヤしてんだ?」
ユカが言った。
「えっ?何?」
「お前何ニヤニヤしてんの?スケベな事でも考えてんのか?」
「さっきまでビビッてたクセに何だよ。エロ本でも見つけたのか?」
とマサシ。
「えっ?お前エロ本見つけたの?」
とタカシ。
「ちっ・・・違うよ」
僕はすごく恥ずかしくなった。顔が赤くなるのを感じた。
「ねぇそれよりさ、ライオンを見つけたらどうやって捕まえるのさ?」
「どうやって捕まえるかって?」
「うん、そうだよ。もし森の中で遭遇したらどうするのさ?」
「・・・・・」
「あんな大きな足跡だよ。きっとすごい大きさだよ」
「それもそうだな・・・」

 

そうして、僕達が最終的に出した答えは落とし穴という罠だ。サトウキビを5本ほど集めて置いておく。そしてその周りに大きな穴を掘るんだ。僕たちは近くに偶然落ちていたスコップを使って穴を掘った。汗と泥まみれになったけどすごい楽しかった。落とし穴が完成した時は人間が4人くらい入る大きさになった。木の枝でその穴を隠して、僕達は周りしげみの中に隠れた。
「ん?待てよ」
「どうした?たつる」
「これで大丈夫なの?成功するの?」
「うるさい!成功するよ!大丈夫だよ」
「本当?本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。これでライオンは捕まるよ」
「本当?ほんとに本当?」
「やかましい!」
ユカは僕のお腹にパンチした。
「アガッ!」
「おい静かにしろ!何か来るぞ」
マサシが言った。すると奥の林がざわざわと動いているのが見えた。
何だ?何が出て来るんだ?まさか、本当にライオン?
そう思ってじっと見ていると、林の中から一匹のヤギが出てきた。僕は小声で言った。
「ねぇ!ヤギだよ!ヤギが出て来たよ」
「しー静かに!」
僕達は息を殺してヤギの行動を見守った。ヤギはメーメーと言いながら僕達の作ったサトウキビに近づいていく。ゆっくり、ゆっくりと近づいて行く。もう少し、もう少し、そんな事を思っているとヤギは罠の一歩手前で止まった。あと一歩。あと一歩前に進んでくれ!しかし、ヤギは止まったまま一人でずっとメーメーと言っている。僕は小声でマサシに話しかけた。
「ねぇ、どうしてヤギはあれ以上進まないの?」
「知らないよ。サトウキビが好きじゃないんじゃないか?」
僕は祈るような気持ちでヤギの行方を見守っていた。あと一歩。あと一歩。あと一歩なのだ。するとヤギはサトウキビに向かって歩き出し、僕らの作った落とし穴に見事に落ちた。
「ヤッター」
「よっしゃー!」
「落ちた!落ちたぞ!」
「ヤギが罠に引っかかったぞ!」
僕達は飛び上がるように喜んで落とし穴に集まった。穴の中ではヤギがメーメーとこちらをみながら泣いていた。
「ヤッタ―。ヤッタなヤギを捕まえた・・・・ん?」
待てよ。僕達はライオンを捕まえるために落とし穴を作ったんじゃなかったっけ?
「・・・・・」

 

シーーンとした沈黙の空気が流れた。その時だった!!
突然反対の林の方から大きな大きなライオンが飛び出して来たのだ。その大きさはビックリするもので、大型トラックくらいはある大きさで目は僕の顔くらいあって牙は僕の身長よりも長かった。ライオンは僕達に向かって吠えた。
「ガオーーー!」
まるで何かに突き飛ばされる様に、地面に倒れこんでしまった。ライオンはこちらに向かってゆっくりやって来る。僕たちは腰が抜けてしまったのか、立てなかった。なので、地面を這いながらヤギが落ちた落とし穴に逃げ込んだのだ。タカシとマサシと僕と一匹のヤギ。ん?ユカはどこ行った?
ライオンは僕達を穴の上から見下ろした。タカシとマサシはガクガクと震えながらお互いに抱き合っていた。僕は仕方なかったからヤギに抱きついた。ヤギくさっ!
ライオンはヌゥっと僕達の方に顔を向けて来た。匂いを嗅いでいるのか鼻をクンクンさせていた。僕は今日ここに来た事を激しく後悔した。きっとライオンは僕をヤギと一緒に食べてしまう気だろう。そしたら僕は明日の新聞に載るんじゃないか?『幼い小学生ライオンに食べられる』って・・・。
その時だった。一本のサトウキビが飛んできてライオンの顔に当たった。ライオンは飛んできた方向を見た。そこにはユカが立っていた。ユカはサトウキビを数本抱えて立っていた。
「来い!ライオン!俺が相手だ!」
ライオンは吠えた。そして次の瞬間ユカに向かって突進してきたのだ。
「キャアァァァァァ・・・」
ユカは叫んだ。ライオンはユカの目の前で立ち止まり、ユカの持っているサトウキビの匂いを嗅いだのかユカとサトウキビを口にくわえた。僕は叫んだ。
「ユカ!」
ライオンは一瞬僕の方を見た。その時にユカと目が合った。ユカの目はとても怯えている目だった。ユカがあんな顔をするなんて・・・初めて見た。ライオンはそのままユカを連れて森の奥に行ってしまった。
「待て!」
僕はライオンを追いかけ走った。後ろから『たつる!』と声が聞こえたが振り向かなかった。僕は森の中に入りライオンを追いかけた。だけど、ライオンの姿はすぐに見えなくなった。
僕はゴツゴツした道を走った。石に躓いたり、木の枝が僕の邪魔をしたけど僕は走った。しばらく走っていると僕は足を踏み外してしまった。濡れた石を踏んでしまったのだ。
「うわぁ!」
そして、そのままちょっとした坂道をゴロゴロゴロ~と転がり落ちてしばらくして止まった。体中が痛かったけど、そのまま気を失ってしまった。周りが真っ暗になった。
「おい。たつる!大丈夫か?たつる?」
ん?この声は?・・おじいちゃん?

 

目を開けてみると、そこにはおじいちゃんが立っていた。
「おじいちゃん!」
僕はおじいちゃんに抱きついた。おじいちゃんも僕を抱きしめてくれた。この匂い。このぬくもり、間違いない。おじいちゃんだ。
「たつる大丈夫か?ケガしてないか?」
「うん。大丈夫」
「おじいちゃん。それよりも大変なんだ。ユカが・・・ユカがライオンに・・・」
「いいか!たつるよく聞きなさい!」
おじいちゃんは僕の目をじっとみながら言った。その顔はとても真剣だった。
「おじいちゃんはな、この世にはいないんだ。死んだんだ。分かるか?たつる?」
「えっ?・・・・・」
「だから、たつる。自分でやるしかないんだ。自分で!勇気を振り絞ってやるしかないんだよ。もうおじいちゃんは何もしてやれないんだ」
「そ・・・・そっ・・そんなの出来ないよ」
「イヤ、たつる。お前なら出来る。勇気を出すんだ。お前なら絶対出来る!」
「で・・・でも・・・」
「たつる。じゃあなぜお前はユカがライオンに連れていかれた時、どうしてライオンを追いかけた?どうしてライオンを追いかけてここまで来た?」
「ユカを・・ユカを助けたかったから・・」
「そうだろ?じゃあ今ここで諦めて逃げたらどすなる?」
「僕は一生後悔する・・・ううん。違う。ここで諦めたら男じゃなくなる!」
「そうだ!」

 

ハッと目を覚ました。周りには誰もいなかった。僕は坂から転がり落ちて気を失っていたんだ。僕は立ち上がり、近くに落ちていた木の枝を拾った。ちょっと太くて僕の身長の半分くらいの大きさだ。僕はこれを杖みたいに使って坂を上った。
坂を上り終わると、ライオンの足跡を発見した。その後を追ってみるとある洞窟にたどり着いた。きっとここにライオンがいるんだろう。僕は洞窟の前に立ち、叫んだ。
「ヤイ!ライオン!出てこい!」
すると、洞窟の奥の方からあの大きな大きなライオンがゆっくりゆっくりと出てきた。目はギラギラと光っていた。僕の足はガクガクと震え始めた。まただ・・・恐い。
それでも僕は木の枝を握りしめてライオンに向けた。
「おい!ライオン!ユカを返せ!」
そのとたんにライオンは『ガオー!』とすごい雄叫びを上げた。体中がガクガクと震えた。その時、おじいちゃんが昔やってくれたおまじないを思い出した。
あの胸に打ち込んでくれたおまじない。僕はそのおまじないを心の中でやって見た。『ヌン!』そのおまじないが効いているのかどうかは分からない。体は震えていたけど僕はありったけの力を込めてライオンに突進した。
「ウオォォォォォォ・・・・」
「たつる!やれば出来るじゃないか!」
「!?」
突然ライオンが喋りだした。僕は驚いて立ち止まった。しかも、この声・・・。
ライオンが一歩僕の所にやって来る。すると、ライオンの姿がみるみるうちにおじいちゃんに変わっていくのだ。
「おっ・・・おじいちゃん!」
僕はまたおじいちゃんに抱き付いた。
「ワーーハッハッハッハッ・・・たつるやれば出来るじゃないか!お前は立派な男だ!」
僕は急に泣き出した。
「うわぁぁぁあぁあん。うわあああぁぁん」
洞窟の中からユカがその光景を見ている。

 

次の日。僕はまた歯医者に行った。近くに置いてあるマンガを読んでいたら、誰かに取り上げられた。見てみると、この前歯医者で大泣きしていたあのイジメっ子だ。僕は言ってやった。
「このマンガは僕が読んでいたんだ。返せよ!」
イジメっ子はびっくりしていた。そのあと看護婦さんが僕の名前を呼んだので、僕は治療室に入った。椅子に座って、大きな口を開けて、グジュグジュペッをさせられた。麻酔をすると口の中にドリルが入って来た。
ギュイイイイィィィィィン・・・・ギギギギギギギギギ・・・ガガガガガガガ・・。
嫌な音だと思ったけど、大丈夫。僕にはあのおまじないがある。僕は心の中で『ヌン』とやってみた。そのギュイイイインの嫌な音がまるで音楽の様に聞こえて来た。
ギュイインヤ・・・ガッガッガッ・・・ギッギッギャ・・・まるでジャズの音楽みたいだ。なんだか楽しいな。そう思っていたら、歯医者さんが
「あっ・・・間違えた」
と言って違う歯にドリルを当てた。麻酔をしていない歯だった。僕は飛び上がった。
「痛ってーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 
おわり