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評価しないという選択

深野誠


約 10559

グローバル化は新しくて古いテーマである。私がサラリーマンになったのが1974年。オイルショックの直後。長嶋茂雄が現役を引退。セブンイレブン一号店が日本にできた年。そのころも日本の電気メーカーや自動車メーカーは海外をテーマにしていた。品質と効率を求めた当時の日本のリーディングカンパニーは、その日本における工場の生産性の高さから、供給能力が需要を上回り海外にさらなる市場を求めていた。

 

そのころ、それらの経済活動を一般的に「海外進出」と言っていた。当時は感じなかったが、いま思えば戦争に行くような物騒な語感もあり、市場だけを求めて海外展開した日本がちょっと恥ずかしい気がする。
とはいえ、徐々に日本人の生活が豊かになり「一億総中流」と自らを表現した。1964年解禁された観光目的の海外渡航も一般化してきて、パリのルイビトン本店前に開店前から日本人観光客の列ができたなどというニュースも流れた。昨今、耳にする「爆買い」にも似た30~40年前の日本人の話である。

 

1950年に始まった朝鮮戦争から生まれた日本の特需景気により、日本は高い技術と生産能力を身に付けた。高度成長期の日本の姿は、まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いであった。あまりのスピード感に、人々は周囲を見ることもなく、ただただ前に走り続けた時代であった。頑張れば成功するという時代で、一致団結し、一丸となって足並みを揃え、日本の飛び抜けた成長を喜んだ。

 

そういう時代を背景に、一人たりとも逸脱することなく、日本の成長のためにという秩序が尊ばれた。サラリーマンは、主に年齢という分かり易い序列により構成された社会の中にいた。そして、40歳前後で課長になり50歳前後で部長になるというのが一般的であった。その社会の仕組みに疑いを持つものもなく、日本は成長を続けた。

 

上司は部下に自らの経験や知識を一生懸命教え「一人前」になるように指導した。部下も上司の話を一生懸命聞いた。それは終業時間中だけでなく、時には夜の巷の居酒屋においても続いて行われた。多くの場合、上司が奢ってくれた。中には、この師弟関係という信頼関係を権力と誤解し、やや非常識に、ちゃぶ台をひっくり返すような形で執行していた者もいたようであるが、概して、上司はイイ人であった。

 

そのように自然な形で育まれてきた「終身雇用」と「年功序列」によって支えられた秩序ある経済成長にも陰りが現れ、日本経済にブレーキがかかり始めた。それが1990年代前半の「バブル崩壊」である。

 

一方、アメリカは1980年代に「強いアメリカ」を目指した「レーガノミクス」という政策を背景に、双子の赤字という難題を後世に残しながらも、軍事・経済の両面において圧倒的な世界一の地位を築き上げた。
さらに、時代はIT化へと急速に変革し、それをリードしたのはアメリカであった。アメリカは世界にデジタルネットワークを構築し、21世紀に入った今もITインフラといわれる領域で圧倒的な強さを誇っている。その間にアメリカの経済の中心はエスタブリシュメントと言われる東海岸の人々から、シリコンバレーを代表とする、新たな、そして、自由な環境で変革を起こした西海岸へと徐々に移って行った。

 

「バブル崩壊」により成長に行き詰った日本では、強いアメリカの施策の一つとして、成果主義に着目した。「目標管理」、「コンピテンシー」、「年俸制」、「360 度評価」、「後継者計画」、「9ボックス」。今では、多くの会社がこれらの導入に躍起になっていて、先駆企業の事例を参考にしながら、その導入に懸命である。

 

日本で一番初めに成果主義を導入した某大手IT企業は、報酬は時間で測るのではなく成果で測るべきとしてスタートしたが、実際には成果主義の活用の目的が人員削減にあったということで、日本における成果主義は本来の意味よりややネガティブな使い方でスタートした。
その後、経済活動において低迷が+続く中、成果主義はリストラの有効手段として考えられ、退職勧奨の際に、特定の該当者に「前年度の成果が全体の10%以下に入っている」というデータを示しながら社員自らの転職を促した会社は少なくない。

 

その様なネガティブなスタートではあったが、緩やかな景気回復に伴い、成果主義は徐々に優秀な人材の発掘という本来の目的のためにも活用されるようになってきた。成果を上げた人の早い昇給や昇進は顕著になり、若手の抜擢が会社を活性化すると考えられるようになった。
一方、成果を上げられない社員、特に50歳を過ぎた成果の低い社員は、より労働環境の厳しい職場への異動が行われたりした。これらの施策はいかに会社が丁寧に実施したとしても、社員から見れば、企業の成長へ日々貢献をしない社員は不要だという会社の強い意思表示として受け取られたことに違いない。成長と利益のため、成果を上げられない社員や利益を産まない事業の切り捨ては正しい施策として、日常的に平然と行われるようになってきた。業績の良くない会社がリストラをすると株価が上がるという現象も、それらの施策を業績回復の有効施策と考え、株主から歓迎されていると解釈できる。できればリストラはしたくないと考える経営者は多いことと思うが、リストラは業績回復の一手段として正しいというのも多くの経営者の共通の理解となった。

 

これらの環境変化の中で、人事部は社員をデータでランク付けし、目標達成度の高く、コンピテンシーの優れた人を優秀とし、その対象者を抜擢して重要な仕事に就けている。同時に、全社員を対象とした意識調査により環境変化を読み取り、ポイントが下がり始めるとマネージャーに対して部下管理能力を高める教育に力を注ぎ、場合によっては、外部専門家によるコーチングなども行い、マネージャーの育成を図っている。

 

さて、時代はグローバル化に向かっている。筆者が60歳に至るまでに50か国以上の国々を複数回出張した経験から得たものは「グローバルとは異質の集合体」であるという理解である。愛とか平和というテーマには限りない共通性が存在し、「LOVE」「PEACE」は共通語と言える。
一方で「信頼」「協調」「利益」「成長」、そして「宗教」「国」「習慣」などには共通の理解をしようという努力はあるものの明らかな違いが存在する。「愛」「平和」といった言葉で世界が一つになれる日もそう遠くはないかもしれないが、その前提は「違いの理解」がスタートラインであるということだ。

 

例えば、欧州の城を見ると、ほとんどの場合、同じサイズに切られた四角い石をきちっと積み上げて作られている。一方、日本の城の石垣を見ると大小さまざまな形の石を巧みに組み合わせて作り上げられている。この違いは組織作りの違いにとてもよく似ている。欧米企業の組織図を見るとポストを表す四角い箱の中に「Opening」と書かれていることがよくある。組織は論理的機能の構成で成り立っている。
そのため、組織図の一つ一つの箱には明確な達成すべき目標が設定されていて、その達成のために必要な人材に要求される知識・経験・能力などに関しても明確な定義がなされている。これを「Job Description」という。これにピタリ合う人材が出現するまで採用活動を続け、その間、ポストは空席である。

 

一方、日本の組織作りには欧米のそれとは大きな違いがある。組織の箱の一つ一つに期待することは同じように存在するが、人物選定にあたっては、主に在籍する人の中から最適と思われる人材が指名される。その時に、当初決めた箱の機能の組み合わせを変えることすらある。日本の石垣のように、そこにいる人の能力に合わせて組織を作り直し、そこにいる様々な人を任命する。空席にしておくことはまず無い。知識経験が不足していても人物への期待で指名されることは多い。

 

ここで、人事の役割を考えてみる。給与を払う、勤務を管理する、ボーナスの支払い方法を決める、昇進昇格などの明確な手法・制度を考える、そして、育成のための研修制度を準備する等々あるが、答えは明快で「イイ人を採用する」「イイ人を育てる」「イイ人に頑張ってもらう」である。
そもそも会社とは、そこに在籍する人が考えた素晴らしい・新しい・時代をリードする・役に立つ・欲しくなるモノやサービスを世界中の人に届け、生活の豊かさ・便利さ・満足などを共有していただくことにある。その結果、社員も満足、購入してくれた方々も満足、さらに、その会社に関係する多くの人たちがその会社の成長に満足する。

 

では、イイ人とはどういう人か考えてみる。「いつも目標を達成する人」「新しい提案をよくする人」「改革をもたらす人」「大勢をリードする人」「高い視点で全体像をつかむ人」「人の意見に耳を傾ける人」「イザという時に力を発揮する人」と様々な形で前を向いている人と言えるだろう。
しかし、いまの時代環境では当然のことと言えるかもしれないが、最近の経営者はあまりに利益に注力していることから、多くの人事部でも予算に対する達成度とそれへの貢献度をデータベース化して「目標を達成した人」「目標を達成できなかった人」に分ける作業の比率がとても大きい。コンピテンシーという視点で社員の行動にも注目し個人をしっかり見ようと努力はしているが、現実には、会社業績にいかに貢献したかを見る作業が中心になっている。

 

確かに、毎年目標達成している人は素晴らしいと言える。異論はない。そこで、もし社内にスーパーマンが在籍していたらと考えてみよう。日常はクラークケントと名乗り、周囲からは、冴えない、鈍い人と理解されている。
しかし、危機に直面すると、だれにも分からないように電話ボックスに入り、服装を変え、現場に向かい、難局を打開してくる。しかし、データベースマネージメントでは誰にでもわかるような成果を出さなくては評価されない。

 

もし、幸運にもスーパーマンの存在が認識され、同様にスパイダーマン、アイアンマンが在籍していて、三者三様に高い成果を出す人物と認識されたとする。人事部はこの三人のコンピテンシーという共通する行動特性を探ることになる。三人に共通するのは赤い色のモノを身に着けているということが注目され、人事部は社員に赤い制服を着てもらい多くの社員に同様な高い成果を期待するということになる。制度と言うのは、作成した時は作成者が運営しているので、本来の目的がきちっと追求される。

 

しかし、世代が代わり、新しい人が制度運営の担当者となると、ルール通りの運用が正しいとされ、「赤」という答えを引き出すことが正解となる。
さらに、これらの作業によりコンピテンシーを徹底して追及することができたとすると、何人かの業績貢献度の高い人の行動パターンが求められ、クローンがたくさん存在してしまう。しかし、人にはそれぞれの個性があり、クローンにならない。

 

さて、海外に目を向けてみると、それぞれの国にそれぞれの歴史・文化・常識といったものが存在し、日本のルールをそのまま適用するのはなかなか難しい。私自身が経験した昔話ではあるが、ある欧州の国の出身で、その母国の社長になった現地の人がいた。東京本社からとても高く評価された優秀な人である。
しかし、その様な人物でも、時々、自分と日本人との考え方の違いを感じていた。その考え方をすり合わせるために、時折、私が相談を受けることがあった。ある日、この社長が日本で開発された新製品の爆発的な売れ行きの状況を見て、販売をよりスムーズに行い、顧客へ一日でも早く製品を届けるために、自動化された素晴らしい倉庫を作った。もちろん高額の投資だったので、本社経営会議の決裁を取り付けてから建設した。

 

しかし、しばらくして、同種の他社製品の攻勢に合い、売れ行きが伸び悩み、本社ではその製品の撤退すら議論するような事態になった。そこで、撤退の準備に入った時、本社が注目したのが、高価な自動化倉庫である。その投資をしたローカルの社長は、本社から「なぜそんなに大きな自動化倉庫を作ったのか?」と咎められた。彼は「提案したのは自分であるが、承認したのは本社経営会議であって、自分には責任は無いと思う」と反論した。

 

最終的には、この社長は退職することとなり、某国で一時代を築いた社長がやや寂しく去って行った。ローカルと本社の関係はとても難しい。ましてや、日本人以外を社長に就けた時に、その権限とルールを明確にしておかなければいけない。
この時、私が在籍していた会社は日本の会社ながら自由闊達をモットーとし、自分で考え自分で行動することが文化のような会社で、ルールに縛られることは少ない会社であった。世間でいう失敗が発生したとしても、次の手を考え前に進めば咎められることは無かった。あまり反省しない会社であった。自動化倉庫の件も、だれが悪いという犯人探しのような議論をするのでなく、その後の活用方法を考えればよかったのかもしれない。本社から高く評価されていて、理解し合えていると考えていた仲間の中でもこのようなこと事は起こりうる。

 

別の例であるが、ある時、日本の事業部長の信任を受けた若い日本人が某国へ赴任した。その国の社長もその国出身の方であった。この若い日本人社員は、赴任後一か月過ぎた時に本社への初めての業務レポートを書いた。その中の一つのテーマとして、ローカルマネージメントの批判が綴られた。早速その事業部長から私が呼ばれ、そのローカルの社長はそんなにダメな人なのかと質問を受けた。優秀な人物ですと答えた。私は、そこで初めて若手日本人赴任者のレポートを見た。
確かに、ローカル社長を酷評していた。自分の経験したマネージメントと違う。自分のアドバイスに耳を傾けようともしない。自分の上司だった人たちと比較しても相当にできの悪い社長だと言ったことが綴られていた。きちっと読むと理解できるのだが、このレポートは自分と違うことをすべてワルイと判断した結果生まれた、その若い日本人の一つの視点であったが、違いを肯定しないことにより生まれた一つの出来事であった。
その後、新規に海外赴任する人たちには、最初の3か月はイイとかワルイという判断をせず、自分と違う考え方に関して、なぜ違うのか、なぜそのように考えるのかを理解する努力をするようにと赴任前研修で語るようになった。

 

ある海外の工場での話である。この自由闊達な会社では、海外の事業運営はその国の言語で行うか、あるいは共通語としての英語で行うようにという理解があった。しかし、この工場では初期に多くの日本人が赴任し、通訳を介し技術指導を行っていたこともあり、その後も通訳を間に入れて会話していた。何年か経ったとき、その工場の会議が日本語で行われているというローカル社員からの申告で、本社は初めて日本語による運営がされているという実態を知った。
早速、その工場の日本人社長に、ローカル語あるいは英語で会議をするようにと指示した。日本人の技術者は外国語が不得手で、日本語で話をして、ローカル語へ通訳してもらうのが最も話が伝わりやすいと弁明してきた。またローカルの人たちにとっても日本語を学ぶことは快く受け入れられていて、教育を辞めてしまったら、ローカル社員から反発が起きるということであった。
しかし、将来のことを考えると、英語が使われていなければ、他の国々の優秀な人材をその工場のマネージメントに任命する可能性が作れなくなってしまう。あらためて、グローバル経営における全世界で働く人々へのチャンスの創造という意味を理解してもらい、次月からすべての会議を英語に切り替えてくれることになった。ローカル社員への日本語教育も継続し、日本人とローカルマネージメントに対する英語教育も開始された。英語化することで日本人の上目線的なマネージメントのスタイルは変わり、ローカルと日本人との会話は英語になることで、ほぼ対等という環境が整った。

 

その後、私は縁あって転職した。2002年である。その会社に、どのような社員がいるのかと思い、すべての社員の評価表を読んだ。そこに一つの発見があった。ほとんどのマネージャーが部下の育成についてきちっと記述している。素晴らしいことである。しかし、その育成の主旨は部下が上手くできないことを改善し一人前に育てるといった内容であった。マネージャーとして部下を日々見ていて不得意を改善し成長につなげるというのは一見よさそうに見えるが、もっと重要なことがある。不得意なことをいくら改善しても一流にはならない。せいぜい普通である。
しかし、部下の得意なことにチャンスを提供し、さらに得意にしていくことで、その領域でNO.1になれる可能性がある。会社として、全社員の得意を集積した情報があれば、新規事業のチーム編成や空席になりそうなポストへの抜擢が可能になる。例えば、1000人の社員が在籍する会社のマネージメントが1000個の不得意を知っていてもほとんど役に立たないが、1000個の得意を知ることができたら、きっと会社を成長させることが可能になる。

 

私が転職した会社は外資系の会社である。考え方をすり合わせるために、まず、グローバルのチームと一緒に議論した。個人の個性を生かし会社が成長するために、「イイ人」とはいかなる人かというテーマで議論した。議論の最初に「イイ人」とうのをいかなる英語で表現するのがよいか、適切な言葉を選ぶのが大変であった。「Good」「Superior」「Outstanding」「Excellent」「Remarkable」など考えたが、いま一つしっくりこない。人事制度にあるコンピテンシーは業績に貢献した人「The person who contributed to achievements」の行動特性から導き出されるが、このグローバルチームとの議論においては、参加者全員の賛同を得て、「イイ人」は次世代に貢献してくれそうな人「The person who contributes in the next generation」を基準とした。

 

例えば、職場での会議を想定してみるとよくわかると思う。会議の始まりに、思いつきで議論したり提案したりする人がいる。一見、いい加減のようにも見えるが、その後の議論のスタートになっている。しばらく議論が進むと、最初の提案をベースに、具体的に商品化できるようなアイデアを発言する人がいる。さらに議論が進むと、人数・予算・組織などを考慮した実行計画にまとめてくれる人がいる。この最初の思いつきの人を「Creative」、アイデアにまとめる人を「Innovative」、実行計画を立案する人を「Leadership」と定義した。そして、この三項目に関して該当する人を全世界で調査した。第一回目はマネージャー以上の人たちから選んでみた。
当然のことながら、いま貢献してくれている人も多く含まれたが、当時存在していた成果主義(Pay for Performance)では選ばれてこない人もたくさん選ばれてきた。新しい視点で観察してみると、いままでの基準では見落とされていた人物を発掘することができた。

 

さて、少し話を戻すが、「海外進出」と言っていたのは1973年のオイルショックぐらいまでで、日本の事情だけで海外で事業展開するのはとても難しいと悟った。当時の日本企業のように日本で生産して輸出していたのでは、もともと高い価格で購入しているオイル価格の変動で生産コストが大きく変動してしまう。少しでもコストに影響を受けないように安く作れるところで生産し、高く売れる所で売るという体制に変わってきた。
そのような環境変化により、1973年から10年間ぐらいの間に「海外進出」から「国際化」と言う表現が一般的になってきた。それは、いまの中国とかアジアで生産するという昨今の考え方とは違って、むしろマーケットのそばで生産するという道を選んだ企業が多い。輸送コストが膨大な大型テレビとか自動車は最も大きな市場のあるアメリカに工場を持つという判断が多く見られた。
それらの結果として、海外において生産から販売までという大規模なビジネス展開がなされ、現地のマネージメント層を含めローカルの人たちの積極的な参加なくしては運営ができなかった。それぞれの該当国の人や会社と一緒に仕事するという状況が必然的に生まれてきた。一方通行の「海外進出」に対し、双方向の「国際化」と言う時代に変わっていった。

 

その後のIT化のさらなる進展、韓国メーカーの台頭、BRICs(Brazil, Russia, India and China)の顕著な経済発展、さらにリーマンショック、日本の人口の減少と高齢化と言う課題が山積みとなり、1990年前半から最近まで「失われた20年」という後追いの泥縄的な対処療法で過ぎた期間がある。バブル崩壊という国内要因で経済が低迷して以降、各企業の新規投資が徐々に減り、2000年前後には先進国における市場を新興国に奪われ、日本企業では儲かる事業への集中と不採算部門の切り捨て、それに伴う大量の人員削減が行われた。それらの環境の中、利益貢献の高い人をイイ人とし、貢献度の低い人をワルイ人として選別する手法として成果主義が使われ続けていた。

 

これらの経験を積んだ日本企業が、いまは自国・先進国・途上国と一つのチームとして活動を行うグローバル化と言われる時代に入った。一人で頑張る海外進出でもなく、双方向の国際化でもなく、複数の国籍の人たちと様々な形態の中で仕事するというグローバル化が始まった。そのグローバル化においては、日本の経営者も人事部も、海外においては成果主義が一般的で、成果に応じて社員を2:6:2に分類する制度が必須と考え、いわゆる現地法人へ日本で発展した成果主義を展開することになる。

 

しかし、日本企業にはアジアや中国へ進出した当初の理由として、人件費が安く生産コストが安く済むからという認識があり、それぞれの地域のマネージメント層も一般社員も欧米企業と比べるとローカルの人たちの給与は安く、昇進の可能性も少なく、グローバルなローテーションの機会もなかった。ローカル社員から見れば日本企業はいまで言う「ブラック企業」と映っても仕方ない。
その結果、一生懸命育てても、給与の良い欧米企業に転職するという傾向が各地で見られた。日本のマネージャーの多くの皆さんは「ローカルの人は、給与が高ければすぐに転職してしまう。Loyaltyもなく、企業とのIdentityなど生まれる環境ではない」と言うのが定説で正しい見方とされている。

 

しかし、ローカルの人たちの定説は「日本企業の給与は相対的に低く、昇進も遅い」というのである。日本では、入社すると数か月にわたる少し長めの研修がある。3年目ごろにも同期の一斉研修がある。
その後、30歳前後、課長昇進の前後、部長昇進の前後と、それぞれに合わせた研修が用意されている。日本企業の中国やアジアに進出している会社で、ローカル人材のために日本と同じような研修プログラムを用意している会社はとても少ない。将来への人材投資がなく、安い給与で雇用され、なかなか昇進しないとなれば、転職されても致し方ない。経営をコストで考えるとこのような課題はいつまでもなくらない。長期雇用を期待するなら、日本で行われているような人材投資も必須である。「会社は様々な知識と個性を持った人たちのチームワークで成り立っている」と理解すれば、自ずと手法が変わってくるはずである。

 

いま現在、経済低迷期のリストラから解放された人事の人たちの考え方は明らかに変わってきて、人材投資の必要性をとても強く認識している。しかし、失われた20年の間に定着した利益貢献の程度により2:6:2に分類する手法が正しいと理解するマネージメントは、未だ、とても多い。

 

グローバルとは異質の集合体であり、そこに参加している人の個性や得意をきちっと把握し、それらを活かすような機会を提供することが最も望まれている。それは、日本国内での経営においても同様で、個性や得意をしっかりと把握しなくては企業の成長に人は貢献できない。それぞれの個性・得意を理解することによって、はじめて、イザと言う時に貢献してくれるような、素早い対応が可能となる。毎年、選びに選んで新卒を大量採用し、今年は優秀な社員がたくさん入社してきますと人事部は言ったにもかかわらず、その翌年には2:6:2に分類してしまう。社員は全員イイはずなのです。

 

そろそろ、人を短期的な視点で評価して2:6:2に分類するという評価制度はやめて、社員の得意、個性、希望、意志などを把握し、それらを活用すると考えるべき時がきたのです。全社員の得意や希望を前提に、全社員がその組織の活動に貢献できるように、最も適切なところで仕事してもらうという発想に切り替える時なのです。「イイ」とか「ワルイ」とか評価しないという選択。個性を把握し生かすという新たな制度と文化の構築こそ、日本を含めた異質の集合体のグローバルという環境で適切な経営ができるのではないでしょうか?

 

評価しないという選択。ここから新しい時代が始まります。