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心の中は豚じゃない

カッパリーナ由子


約 3979

「痛い!」
部活に行こうとしたユリの左足の付け根に激痛が走った。ユリは中学に入学し、二度の仮入部の後、最終的にバレーボール部に入部した。と言うか、させられたと言った方が早い。
いつも何に対してもやる気のなかったユリは、
「今日も練習かぁ」と思ったその時、急に痛みが走り我慢ができなくなった。母のみち子に言うと、苛立ちながらユリを連れて整形外科に向かった。

 

ユリは親友の麗子と、最初はテニス部に仮入部したのだが、初めての部活の練習で毎日のボール拾いや素振りの練習があまりにも厳しく疲れ果ててしまい、直ぐに止めてしまった。その後麗子は、
「私、合唱部に入るわ。ユリはどうする?」と聞かれ、人気者の麗子と何でも一緒が良かったので、同じようにテニス部を辞めて、合唱部に入ろうと考えていた。
ユリは小学校の六年生後半頃から甘いお菓子などの間食が増え、食べ盛りに伴いどんどん太りだした。母のみち子は中学になってテニス部に入ったと聞いて少しはスマートになってくれるだろうと喜んでいたのに合唱部に入ると聞いた母のみち子はショックが隠せず、
「何でやのよ。折角テニス部で頑張ってたのに何で止めてしもたんよ。運動せなあかんでしょう。バレー部に入りなさい。バレー部に。もう、何で麗子さんの真似ばっかりせなあかんのよ」とユリのお尻を思いっきり叩いてきた。隣の部屋で怒鳴り声を聞いていた、父親の慎二が、
「うるさい!何しとるんや。そんなことで叩くな」と、今度は母のみち子のお尻を叩いてきた。ユリは泣きながら、
「止めてよ。もう、分かったよ。バレー部に入ればいいんでしょ!バレー部に」母みち子の怒りに耐え切れず仕方なくあくる日、合唱部に入るのを止め、勇気を出してバレーボール部に見学に行った。
「ユリ~、入るの?ほんと?よかったなぁ、嬉しいわぁ」
「よろしくね」
「頑張ろね」
意外にも友人が口々に言ってくれてユリはホッとした。
しかし、やっぱりバレーボールにも、あまり一生懸命になることもなく、仲良くなった友達と補欠選手のまま、適当にやりながらまぁまぁそこそこ楽しんでいた。それより、食欲の方は収まることがなく、母みち子の期待に反して逆の結果になってしまった。そしてその日、股関節の痛みに耐えられず、足を引きずりながら、しかめっ面の母と近くの整形外科に向かったのだった。

 

「あ~これは、昔、脱臼していたんだね。後遺症で左右対象でないのが分かるでしょう。左の骨盤の位置が少しずれてるねぇ。ここね、ここ」と院長は、ユリの骨盤のレントゲン写真を指差しながら、説明してくれた。そして、
「このまま体重が増えていくと、もっと負担が掛かるから、お母さんの言うように適度な運動をして太らないようにしないといけないよ」と言われたのだった。
ユリの左足は先天性股関節症で、生まれつき骨頭が外れていて、一歳になるまで父の慎二も母のみち子も気が付かず、カタカタと言う歩行器を押して歩き始めた頃にちょうど、広島から遊びに来ていた祖父の常夫が、
「歩き方がちょっとおかしいんやないか」と気が付いたのが始まりで、医者に行ったらやはり、股関節が外れていたのだった。慌てて直ぐに、重たい石膏のギブスで固め、一歳を過ぎ重たくなったユリを負ぶっての半年間の病院通いが始まり、母のみち子は必死の思いで治したのだった。それなのにこんなことになるとはまさか予想もしていなかった。

 

「ほら、みなさい。毎日お菓子ばっかり食べてるからよ。痩せんとあかんのよ」
「うん、分かった」
さすがにそこまで言われたユリは心を入れ替えて、一生懸命痩せるようにバレーボールに励むかと思っていた。所が部活帰りに、まだ懲りずに相変わらず合唱部の麗子と待ち合わせて、近くの神社で夕方までお菓子を食べながら話す毎日が続いた。
「ただいま~、あ~~疲れた~」
いかにも部活で疲れた振りをして、そ~っと部屋に入って、帰りに買ってきたポテトチップをボリボリ食べていたら、母のみち子はそれを察して、そ~っと、二階に上がってきて、いきなりドアを開けてきた。ユリはぱっとお菓子を後ろに隠した。
「また食べてる」と怒った顔をして文句を言ってきた。
「食べてへんよ」ととぼけても、
「うそっ、食べてるやないの、だからブクブク太るんよ」と鬼の形相で怒ってきた。
「うるさいな~、もう~いいやんか。ちょっと位……もうぉ」とドアをバンッと閉めた。ユリは、側にあったカバンを思いっきりドアに投げ付けた。中から、教科書や筆箱がバサバサとこぼれ落ちた。
「もう、いやや。こんなん、勉強にも身が入らへん。行ける高校もないかも知れへん」ベッドの枕を叩き、泣き伏していた。呑気なユリはそのまま知らない内に夜中まで寝てしまっていた。そんなユリは、口うるさい母のみち子に反発しながらも、バレー部では友達も沢山できた。段々面白くなり辞めることはなく、トスとサーブだけはかなり上達し、最後まで続けることができたのだった。だが、中学校卒業を控えたユリは案の定、近くに行ける高校がなく、担任の先生との最後の三者面談で電車とバスで一時間程の私立の女子校を薦められた。母の苛立ちはピークに達していた。クラスの他の皆は次々に進学が決まっていく中、一緒に遊んでいた友達の麗子も、いつの間に勉強していたのか神戸の私立の進学校に入学が決まったのだった。

 

晴れて高校生になった二人は同じ沿線の電車通学だったので、毎日夜に電話をしては、帰りに時々会って喫茶店に入り、恰好を付けてあまり好きでもない苦いコーヒーを飲んでみたり、ちょっと大人っぽい遊びまで覚えていった。ユリは麗子と遊ぶのが楽しくて、交換日記までやっていたので、学校帰りに電車の中で大学生から手紙をもらったことや、
「また今度、サテンで話そ」と書いていた。その辺りでは「茶店」ちゃみせと書いて「サテン」と言っていた。アイスコーヒーも「レーコー」と言っていた。そんなある日、朝の電車の中で、バッタリ麗子と出会った。相変わらずユリはその日、学校に行く気がせず、麗子にその旨を伝えた。
「今日、学校さぼれへん?」麗子が誘ってくれた。麗子が駅前の公衆電話から母親になり代わりユリの学校へ電話してくれた。

 

二人は川の上流へと河原を歩き始めた。ユリは高校でもこれと言って何の目的もなくただ、ぼーっと過ごしていたから、きびきびした麗子が羨ましかった。小、中学校時代も男子にも人気者で、高校になった途端、電車の中でも高校生や大学生からラブレターを毎日の様にもらっていた。それに比べ、ユリは高校生になっても、益々太る一方だったから、彼もできるはずがなかった。
ユリと麗子は何となくそのままずっと河原を歩き続けていたら、川のほとりに一人の男の人が座っていた。制服姿の二人を見て不思議そうに、
「君達、こんな時間に何してるの」と聞いてきた。不安げに歩いていた二人を見て、
「学校は?休んだの?」と言って来た。
「はい……朝、電車で会って、学校に行くのが嫌だったんでサボろうとなって」
その男の人は真剣な面持ちで、
「それはいけないな。これからの人生に於いて、そんな中途半端なことは良くないよ。親に余計な心配をさせては駄目だよ。早く帰った方がいい」と穏やかな口調で話してくれた。その男の人はこれから小学校で教師として一歩を踏み出そうとしている人で、色々将来の事も話してくれた。その後二人は、
「ありがとうございます。やっぱりちゃんと帰って親に謝ります」
「それもそうやね、やっぱりこんなことあかんね。帰ろか、ごめんね麗子」
「ユリ、私こそ誘ってごめん」お互いに反省しながら家路に向かった。

 

しかし麗子と別れて家の前の道にさしかかった時、鬼の形相の母のみち子が箒を持って門の前の道に立っていた。その箒はまるで、鬼の金棒のように見えた。
「どこ行ってたん。学校から何回も電話があったんよ。まったくもう、あんたは……反省しなさい。明日学校に行かなあかんのよ。もしかしたら退学になるかも知れへん」心配したせいもあって興奮し涙声だった。
折角、真面目にしようと決意した矢先だっただけに、
「が~~ん」打ちのめされた気分だった。さすがの呑気なユリもかなりショックだった。その夜、麗子に電話した。所が麗子の母親は電話口で、
「麗子は今、家庭教師が来て勉強中なのよ」と怒ったように切られてしまった。麗子も同じく叱られたんだと分かった。ユリは再び打ちのめされショックで涙があふれ出た。
翌日、ユリと母みち子は校長室に呼び出された。実は当日、麗子が電話した時点ですぐにバレていて、学校と家とで大騒ぎになっていたのだ。母のみち子は、ユリの部屋にあった麗子との交換日記を見つけ、「茶店」と書いてあったので、電話帳で「ちゃみせ」という名前のお店を必死で探したとの事だった。
『何と言うことだ。そうだったのか……』ユリは心の中で深く反省した。
ユリは、母のみち子に対しても、目の前にいる受話器のような形をした髪型の険しい顔の校長にも心から謝った。
「これからは、嫌なことがあっても決してへこたれません。一生懸命勉強に励みます」心配していた退学も免れた。母みち子のぐったり疲れた横顔を見て改めて誓った。
ユリはこの時ばかりはさすがに反省し、これを機会に気持ちを切り替えようとしていた。そしてあくる日の電車の中。ユリはいつもより早く起き、少し緊張して電車に乗っていると、
「これ、読んで下さい」と手紙を渡された。同じ沿線で通う男子校の時々見覚えのある男の子だった。
「えっ、私に?」何か、夢のような出来事だった。
「やった~」