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やつれたベートーヴェン

牛路田獏


約 1790

「私は格言によって育てられた」といったのはベートーヴェンである。哲学から詩、インド宗教の本に至るまで、とにかく本を読む人だった。

こと私は、去年暮れから、めっきりやつれた。10月に上梓した「ウィーンの天辺~第1楽章」が、絶賛在庫売出中! なのである。ベートーヴェンの伝記や研究書は星の数ほど出ているが、これは日本初の小説化である。生涯を全4巻にわたって描く、その青少年期が第1弾なのだが、なかなか思うように売れない。気を揉んでいたら、そのうち新年を迎えてしまった。30年の長きに渡ったこの本の構想は2020年、ちょうど東京五輪と時を同じくしてベートーヴェン生誕250周年に最後の4巻目が完結するように書き進められている。大体、年に1巻ずつ出版になる予定だ。

さて、たーさんとはミスドの変わり者の年配常連客である。とかく私とたーさんとはお互い話が噛み合わないのが常である。私たちが気が合わないのなら、とっくの昔に付き合いをやめているところだが、そうではない。

ベートーヴェンは耳が悪くなりだしてから人間不信に何度も陥っては、人を避けたり、なじったりして、あとになって慌てて謝罪する、ということが多々あった。変わり者であるたーさんも耳が悪いのだ。それを知っている上で、たーさんと向き合っているのが私である。

ところが、年末に入ってからというもの、困ったことにたーさんは、自分で世界の政治情勢を「新自由主義」という意味不明な言葉を使って論破しようとしはじめたのだ。耳が悪いから、私が喋ったこともはっきり「論」として聞こえていないらしい。私の口が動いたのを見ては、勝手に曲解して「だから、それが新自由主義なんだってーの」とまるっきり私の言ったことなどおかまいなしに、すべて轍からはみ出してしまう。

それが、「ウィーンの天辺~第3楽章」の仕事が仕上げ段階に入っているときにやられてしまったのだ。しかも、いつもならたーさんは9時に開店と同時に入ってきて、話をするのは長くても10時には帰っていくのに、私が仕事を今日こそは仕上げるぞと思っていたら、なんとたーさんは11時30分までその「新自由主義」をふりかざして、居座ってしまった。これで、年末はすっかりやつれてしまい、とうとう神経をすり減らし、ミスドに行くのをやめるに至った。書いている文章もベートーヴェンの最大ミステリー《不滅の恋人とは誰か》という一番難しい展開の部分で、頭は大混乱していたのだ。物語の中で動き回るベートーヴェンがやつれていくのも、私の身体と同時進行している。

だが、残念なことにたーさんは、自分の行動が他人に及ぼす影響というのが理解できる人ではないのだ。謝罪なんて一度もされたことがない。

ただ、たーさんは「ウィーンの天辺」を買ってくれて、読もうと努力している。理解しようと考えてくれている。作者としては落涙ものでありがたい、といいたいところだが、そんなに肩肘張って読むような本ではないのだが……。とにかく、理詰めか直感力しか信じないたーさんにとっては、登場人物ひとり覚えておくのも大変なようだ。文庫版373ページ(厚さ2cmぴったり)のちょっと厚めではあるものの、それゆえ内容も濃い。一気に読んでいかないとわけが解らなくなるかもしれない。私に感想を寄せてくれた方々は、みなグイグイと読み進めてチョー面白かった!と言っていただいたが(拝&涙)、たーさんは年末に入ってきてとうとう参ったのか、

「人物相関図とかないの?」

と、ダメ出しし始めた。これは作りたくても文庫本の1ページには収まらない。従って、あきらめたのだ、とわけを話した。すると今度は、

「表紙の裏とかにあらすじとか書くのはダメなの?」

「2巻以降は書くつもり」

と答えておいて、次の日、400字詰め原稿用紙2枚分をこの1巻目のすべてのあらすじをザッと打ったものを見せた。するとたーさんは大喜びで、

「これさ、これー! どれどれ?」

と言いながら携帯ルーペを取り出して読み始めること10秒。

「これ、もっと短くなんないの?」

それを半分にしたら、本を読むことを拒否しているということになる!

「じゃあ、本読んでよ!」

――ああ、たーさんがベートーヴェンだったらいいのになぁ……。

ベートーヴェンと一緒に新年からやつれている私であった