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文化的竜宮城、黒板とキッチンとクリエイティブサポートレッツ

村木多津男


約 5410

万年橋パークビル
黒板とキッチン
http://bbandk.blog.fc2.com/
 
黒板とキッチンのあるゆりの木通りの商店街が、経済産業省の「はばたく商店街30選」に選ばれた。街が元気になれば、駐車場も元気に。
万年橋パークビルの黒板とキッチンでは、アート活動、街づくり活動、交流スペース、様々な面白さを作る活動をしている。前身のインフォラウンジはレッツが運営していたが、今は鈴木一郎太さんと大東翼さんの大と小とレフという会社が運営をしている。万年橋パークビルの鈴木基生さんが運営を任せている。必死になって街中を楽しめる場にする仕掛けを作っている。駐車場で自転車レース、能舞台、講談、劇などが行われる。ゆりの木通りの商店街の人達が中心となって企画運営しているゆりの木バザールの会合も開かれる。ここでは女性たちも活躍している。いろいろな会議が繰り広げられている。出会いを求めてふらりと入る人もいる。アート系の人や街づくり系の人のサロンともなっている。ス タッフのあいちゃんは、新聞部という活動をして、個人が小さな冊子を作っている。鴨江アートセンターの写真展で私の写真をたくさん展示した。久保田さんは地蔵部の活動で小冊子を作ってここで売っている。カバンを作り、神社論のセミナーも行なっている。長い固有名詞や地図などの記憶力は素晴らしい。
 
鈴木基生さんは、若い人に運営を任せている。一郎太さんが、ちらしを置くと人が来るという提案をした時に、「本当に来るか」と思ったけれども、言う通りにしたらうまくいったとのこと。はばたく商店街に選ばれたことでの知事への表敬訪問へは、若者を連れていった。
変わったことを最初する時は反対意見があったと思うけれども、基生さんが信頼されて舵を取っている。もちろん、基生さんの力も大きいけれども、商店主がアイデアとやる気を持っていることも大きい。そして、やる気を邪魔する人が少ない。
 
ライブハウス窓枠の上嶋常夫さんは、絵本、映画「果てぬ森のミナ」(土屋太鳳の初演)、駐車場での自転車のパーククライム(ヤフートピックスに載る・TBSなどでニュースに)、外国人観光客がお金を落とすためのイベントなどいろいろな活動をしている。
 
「とりい」の鈴木安彦さんは能に取り組んでおられて、駐車場での能舞台を開催した。
 
ゆりの木手作り品バザールでは、こだわりの商品や手作り品が歩道に並び、二日間で一万二千人の人を集めた。運営は女性たちだ。カスミヤの織田里香さん、きものいしばしの大石麻衣子さんなど商店街の人が中心に企画されている。
 
江間ふとん店の二階では、ライブイベントが開催される。江間さんは鎌倉時代まで自分の祖先を調べていらっしゃる。
 
いろいろな人が次から次へといろいろなイベントを仕掛けている。
 
これから人口減少になると人気のある不動産や地域とない不動産や地域の格差が生まれる。人が集まる楽しい場所をいかにつくるか、これからもゆりの木商店街の挑戦は続く。
 
 
クリエイティブサポートレッツ
http://cslets.net/
 
クリエイティブサポートレッツは、アート活動を取り入れた障害者のためのNPOだ。久保田翠さんが、障害児のたけし君を育てていると、現状の福祉のあり方に怒りを感じた。たけし君が輝くための施設を作ろうと始めた。ある人はアート活動のために来て、ある人は障害者が生き生きとする支援活動のためにあつまる。それに加え、障害者、健常者のソーシャルインクルージョン、社会包摂があげられる。これは、イクスクルージョン、排斥に対する言葉で、人々を孤立させないでつなげ、救い出していこうとする考え方だ。のヴぁ公民館では、障害者も健常者も輝くための活動をしている。音楽、アート、哲学カフェ、映画上映、座談会、ただ、しゃべるだけ。
自閉症のまいちゃんは、いろいろなものにガムテープを巻いていた。家族は困ったのだけれども、レッツでは「これは面白いことだ」という視点で解釈をして価値を見出した。まいちゃんはアートで賞を取ることになった。まいちゃんはアートとか、賞を取るためにガムテープをいろいろなものに貼るのではない。自分が貼りたいから、そうすることが大好きだから貼るのだ。アートが見る人の視点を変えさせ価値観を揺さぶるものならば、障害者の活動は価値観を揺さぶるきっかけを与えるという点でアート的である。
レッツには、職員のわくわくの時間があり、職員が楽しみながら活動する時間を作っている。佐藤さんは、一時間以上ドラムをたたき続けることもある。
レッツはアート、福祉が軸であるけれども、私は、「一人ひとりが輝くための活動」を目指しているのではないかと考えている。生活、生きる活動で輝く福祉、アート、社会活動を目指している。
レッツは考える活動体で考え方が常に変わり続けている。みんなで話しながら少しずつ進歩している。
 
 
ドット・アーツ構想
「Dot Arts(ドット・アーツ)」
「情報センター、福祉施設、木工室、音楽スタジオといった社会的機能をひとつだけ持った場を、地域の交流拠点として運営し、それを広範囲に点在させてゆくアートセンター構想。根幹にあるのは、人とコミュニケーションをとり、人同士をつなぎ、企画をおこしてゆく意識を持った中間人材の存在である。人の集合がつくる地域社会で、アートの試行錯誤に対する絶対的肯定感を基に、個人性のつながりから人が主体的に動かすさまざまな企画の発生を促す。地域独自文化、教育、教養、余暇支援、自己実現、産業、商業といった多方向への展開を想像させる「原石」の創出と、ちがいを認める心持ちの実践を主軸とし、地域に寄与していく構想。現在、たけし文化センターARSNOVA(障害福祉施設)、たけし文化センターINFOLOUNGE(情報センター)がある。」
 
・・・これは、黒板とキッチンの前身のたけし文化センターINFOLOUNGEにあった小冊子の引用文だ。
 ・・・・地域振興、街づくり、個人の自分探し、アート活動などの思いを巻き込んで情報センターができているけれど、公民館と何が違うかと言えば、アーティストが企画にかかわっていることである。
 
 アーティストは哲学的に時代や地域、コミュニケーションなどを考えていく。乱暴に言うと「哲学的アート観」と「情報処理型プラグマティズム」の衝突があるように思える。
 
         哲学 vs 情報処理型プラグマティズム
       深い理解 vs 速さ 新しさ 広さ 量
       理念・志 vs 新規 注目させる キャッチで次を読ませ多数を集める
人間の文化レベルの向上 vs 経済効率
 
このような対立がおおまかに感じられる。このような世の中への見方を根底にしてコミュニケーションアートという考え方が出てくる。人が出会い、融合し、化学反応を起こし新しいものが生まれる。世の中に創造が生まれ、生活が豊かで面白くなる。家族、地域、友達、の文化レベルが向上していく。
 
 
文化的竜宮城
 考える人が増えれば世の中は変わる。では、どうすれば考える人が増えるのだろうか? レッツでは福祉とか文化の枠を越えて哲学カフェもやっている。哲学カフェでは、市民が普通の話題をテーマに話し合う。この時、相手の話を遮らない。誰かが○○と言っているなどと引用の話はしないことというルールがある。自分の考えを自分の言葉で語るのだ。考えることは無駄ではない。個人個人が賢くなれば社会全体も賢くなる。また、レッツの活動を外の人にも見てもらう活動もしている。みんなが考え始めるきっかけとなってほしいのだ。
 レッツの活動は主に障害者のものだけれども、普通の人こそアート活動に参加してほしいと考えている。のヴぁ公民館では、絵画、版画、音楽など市民のアート活動への参加の機会も多い。私も詩とダジャレの講座を担当している。文化芸術は優れた人のものだけではない。障害者、排除された人々、普通の人こそアート活動に参加するべきだ。
 
われわれは、ナポレオンとアレクサンドルの天性に卓絶と天才を見る必要がなくなるばかりか、この二人を他のすべての人々と同じような人間と見ぬわけにゆかなくなるであろう。
 
『戦争と平和』トルストイ
人々が自ら考え文化的生活をしてほしい。そうすれば文化は飛躍的に豊かになるだろう。多様な考え方や生き方から生まれるアイデアや創作物が実りをもたらす。そのためにも他人を排除するのとは反対のソーシャルインクルージョン、社会包摂という考え方が大切だ。人を社会的地位や障害のあるなしなどで排斥していかない世の中が文化を豊かにするのだ。この考え方は一つだけ排除するものがある。それは、他人を排除する考え方や行動だ。自分と違うものは殺してしまうか排除する。そうした考え方は排除するのだ。
 アイデアがあふれる社会は楽しい。アイデアがあふれるためには適切な問いと解決策を探す理論と型がほしい。面白いアイデアにあふれるには、意外な納得が求められる。一人ひとりが考えアイデアや面白いことを考え出したらすごく面白い社会となる。
生活の質を向上させて人生を充実させる。人類の文化遺産に触れて感動し、自分も人類の文化遺産の一部にアイデアを付け加えていく。障害者たちの音楽活動やお絵かきは何も生み出さないかもしれないけれども、活動に参加する姿は、我々に多くのヒントを与えてくれる。今を精一杯輝く。人々が考え、文化的生活をして全体の文化が魅力的になる、そういう文化的竜宮城を私たちは目指さなければならない。
今までの私の読むカフェの投稿は、「文化的竜宮城」を目指すためのものでもある。ここにリンクを貼っておく。
 
将棋で身につく能力
http://www.yomucafe.gentosha-book.com/contribution-71/
教育提言
http://www.yomucafe.gentosha-book.com/contribution-62/
ユーモアのパターン、笑いの本質
http://www.yomucafe.gentosha-book.com/contribution-40/
私の詩集
http://www.yomucafe.gentosha-book.com/contribution-11/
私のアイデアはどのように生まれたか
http://www.yomucafe.gentosha-book.com/contribution-51/
 
みんなが芸術や文化活動に取り組み人間として輝く、そこに文化の成熟がある。考え、文化を発展させる営みの促進、これからの社会の方向性ではないだろうか。そして、方向性に沿って社会を変革していかなければならない。
 自分から黒板とキッチンに来る中学生、高校生は少ないけれども、来ていた子が東京芸大や東京大学に入った。レッツに来る人の子供も東京大学や京都大学に入っている。文化的活動をしている親や子供はかなりの難関を突破している例は多い。
 
チャペックの「ロボット」の理想論
ブスマン「五年後にはあらゆる物の値段が十分の一になるということをです。ねえ、五年たてば小麦でも何でも山とあるようになりますよ。
アルクビト「そうとも、そして世界中の労働者が仕事を失うのさ。
ドミン(立ち上がる)「そうなるよ、アルクビト。グローリー様、そうなります。ええ、十年もしないうちにロッスムのユニバーサル・ロボットが、小麦でも、布地でも、何もかもうんと作りだすので、そう、物にはもう値段がなくなるのです。そのときは誰でも必要なだけ取りなさいということになります。貧困もなくなります。そうです、仕事もなくなります。でもその後ではもう労働というものがなくなるのです。何もかも生きた機械がやってくれます。人間は好きなことだけをするのです。自分を完成させるためのみ生きるのです。
 
『ガラスの地球を救え』手塚治虫
ひょっとするとこれまでもいまも、人類はまだ野蛮時代なのかもしれないと思うことがあります。
 たとえ月着陸を果たし、宇宙ステーション建造がどんなに進もうと、環境汚染や戦争をやめない限り、”野蛮人”というほかないでしょうか。
 
 
人類の発展のために我々は手本にならなければならない。最後に私の詩。
 
 
あなたは無駄でない
 
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