直虎とひよ|井伊直虎を彩る強い女人達。(6)
だぶんやぶんこ
約 3130
直虎は、直政の母、ひよを憎んだ時もあった。
井伊家一門の娘が、主君の許嫁と結婚することは許されないと思っていた。
父、直盛がそのように言ったからでもあるが。
父は、そのために、生涯、直親を許さず嫌った。
直親が殺され、ひよが悲嘆にくれる姿を知り、同情はしたが、直虎が優しい言葉をかけることはなかった。
松下清景に筆頭家老を命じ、直政を守り抜くようにと言っただけだ。
それを縁に、ひよと松下清景は親密さを増し再婚に至る。
直虎は、ひよには似合いの相手だと、家臣の妻としてしまった。
直政を引き取り引き離し、主従をはっきりさせ留飲を下げた。
だが、直政の母、ひよは「立場が変わっても、母子の縁、愛情が変わるわけではない。再婚により再びの幸せをつかんだ」と結婚できなかった直虎に同情しつつ、強気で堂々と幸せに満ちた笑顔を振りまいた。
女としての幸せと直政の母としての誇りの両方を得ていると、直虎と張り合った。
それでも、直虎の治世の見事さに、直親と直虎が力を合わせて井伊家を率いれば、ここまで追いつめられることはなかったと自分の生き方が正しかったのか、自問自答する時もあった。
奥山氏の娘として井伊宗家に忠誠を尽くした生き方だったのか、自信はなかった。
それでも、弱気は見せられない。
父から井伊家当主の妻となり、次期当主の母となり、父が井伊家を主導し、奥山家が一門筆頭となる夢を叶えるのは、ひよしかいないと言われ続けていたからだ。
父の夢を叶えるために、堂々と生きなければならない。
それは自分の夢でもあった。
兄の死・直親の死・父の死と続き、奥山氏は見る影もなく衰退していく。
ひよは、嘆き悲しんだが、奥山氏の立ち直りに、力を尽くすことが、父の願いになったと、気を取り直し、尽力していく。
兄弟は多すぎるほどいる。
父の婚姻網は完璧だ。叔母たちや兄弟姉妹と力を合わせて奥山氏の復権に取り組む。
当主、直政の母だ。
何も恐れることはないと自分を奮いたたせる。
奥山家は、兄、朝宗の幼い嫡男、朝忠が継ぐ。
守り立て支えるのが、弟、朝重・朝家と家老、姉婿、平田森重。
井伊谷3人衆の2人、甥、鈴木重好・妹婿、菅沼忠久が全面的に協力する。
菅沼忠久は、初婚の妹を亡くすと重好の姉と再婚し、固い絆を保っている。
直虎も直政のために、ひよの思いを理解する。
まず、処罰した小野政次の後継を、今は亡きひよの姉婿であり、政次の弟、小野朝直の嫡男、小野朝之とすることを決め、家康に願う。
小野家の井伊家に尽くした功を認め、家老家の一つとして存続させたいと願い、認められた。
続いて、直政と家康の対面を実現するためによく働いた西郷正友と直政の叔母(ひよの養妹)との結婚を決め、縁を取り持った。
正友は直虎の配慮に感謝し家康の承諾も得て結婚、直政と正友は縁続きになった。
ひよの良き理解者となる。
こうして、ひよの思いの実現までには至らないが、井伊家一門重臣として、奥山朝忠が生きる道を作る。
直虎は、ひよを加えて、余裕で和気あいあいと、直政の結婚の詳細を決めていく。
正友は緊張の連続だったが、よく働いた。
直虎は、家康の元で戦い続ける直政に代わり井伊家を守り続けていたが、結婚の内容日程が煮詰まるにつれ、すべきことをすべて成し遂げたと今までの生きざまを振り返る余裕が出る。
井伊家の安泰の為に直政と家康ゆかりの姫との結婚を願ったが、家康養女との結婚が実現するとは、予想外だった。
井伊家には快挙であり、家康が直政を評価した証だ。
我が手で教育した直政の1575年以来の活躍ぶりに、直虎自身も驚くほどだった。
井伊家の誇りを捨て、何も望まず「(直政を人質に出し家康に)仕えさせてほしい」と願ったのは正しかったとしみじみ思う。
直政は少禄の小姓でしかなかったが、家康の側近くで仕え、能力を発揮する場を与えられ、見事に応えたのだ。
家康の婿となるまでに、井伊家が再興したのは、井伊家の持つ歴史の重さゆえだと、ひしひし感じる。
松井氏や松井一族、瀬戸方久を父、直盛は信頼していた。
その縁が再び甦ったのでもある。
思いも寄らない縁に、井伊家の不可思議な面白さを感じる。
瀬名姫が結びつけた縁でもあり、瀬名姫の無念を直政が晴らしたと思えた。
だれかれとなく「直政は立派になった。家康殿の婿になるのですよ」と自慢げに話し、ご機嫌だった。
同時に懸命に家康の意向を述べる正友を見ると、その義姉、西郷の局を思い浮かべる。
瀬名姫が亡くなり、家康の二人の男子を生んだ西郷の局が成り代わりつつあるのだ。
今川氏・吉良氏を引き継ぐ東条松平家は注目度を高め、栄えている。
その東条松平家を支えるのが、松井松平家(三河松井氏)松井忠次(松平康親)と井伊家直政となるのだ。
瀬名姫が殺された故に、東条松平家・西郷の局一族、井伊家が、繁栄していく。
瀬名姫の不可思議な深い思いを感じる。
家康が直政を重要視するゆえだと思いつつも、瀬名姫の死が思い出され、伸びることはだれかを蹴落とすことでもあるのだと複雑な思いもある。
家康は、婚約を決めると、井伊家家臣の再編成を行う。
それまでも家康家臣、木俣守勝・椋原政直・西郷正友を直政に付け、補佐させていた。
皆優秀であり、直政の力をうまく引き出し、その指示の元、戦功をあげることができた。
ここで、彼ら3人を直政付家老とする。
その上、彼らが率いた武田家・今川家旧臣も従わせた。
3人と従う武将が、大挙して井伊谷城に入り、直政の直臣となる。
木俣守勝は、ひよの叔母、新野親矩と結婚した朝利の妹の娘と結婚した。
西郷正友は、ひよの妹と結婚した。
奥山家がかってのような実権を持つことはないが、名誉ある一門重臣として支える体制は整った。
それでも、直虎の悩みが増える。
家康からの付家老、その他の家臣により井伊家の家臣団の層は、厚くなり力を増した。
だが家康の付家老は、家康からの監視役であり、譜代の家臣団の上に付く形となる。
以前から井伊家譜代の臣が口々に話す「(家康から)派遣された家臣団が大きな顔をする」との不満の声を聴いていた。
直政は、家康系の家臣団を直臣とし、新旧の家臣団をうまく扱えるか試されている。
譜代の臣の気持ちはわかるが、今の井伊家は家康に認められることしか生きる道はない。
井伊家が大きくなり、彼らにかけた苦労に、直政が報いる日が来るはず、その日まで待ってほしいと我慢を願う。
井伊家一門筆頭は、父が信頼した中野直由の嫡男、中野直之だ。
直虎が結婚しても良いと思ったほどのお気に入りであり、いよの姉婿でもある。
譜代一門の取りまとめを頼む。
直政の近習、中野直之の嫡男、三考・小野朝之・奥山朝忠の能力に期待している。
まだ若いが、そのうち付家老に匹敵する力を持つはずだ。
譜代の臣を束ね、譜代の臣の名誉を回復させる直政の側近となるはずだ。