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音二郎の民権運動|女優、貞奴 幾重にも花を咲かせ、咲き乱れて生きた麗人。(7)

だぶんやぶんこ


約 3206

音二郎は、もともと自由民権運動の壮士だ。

官憲の弾圧で政治的発言をする場を失って演劇活動に転じたのだ。

川上座が出来上がると新派の公演をしながら、次の段階、政治活動を初めようと考えていた。

本来なら、余裕を持って、政治に取り込めるはずだった。

だが、川上座は盛況なのに借り入れは減らず、日々の資金繰りが苦しくなるばかりの現実を突きつけられた。

(さだ)(やっこ)も音二郎もお金の工面に迫られる。

音二郎が先に根を上げ「もう、演劇は嫌だ」と叫んだ。

「公演だけでは限界だ。政治の力なくしては立ち行かない」と言い始める。

政治家として資金を得て、川上座を立て直すしかないと。

(さだ)(やっこ)のおかげで今が成り立っているのが良く分かっていた。

だが、芸者の稼ぎがなく音次郎を支えるだけでは、(さだ)(やっこ)の価値は半減だ。

(さだ)(やっこ)の力を音次郎の新派演劇だけではなく、政治活動にも生かすべきなのだ。

(さだ)(やっこ)の人脈はまだまだある。

それを政治活動に活かせば、何とかなる当選できると考えたのだ。

(さだ)(やっこ)は呆れて「なんのために苦労して川上座を創ったの。演劇の後援者を募って、良い演劇を創ることしか、打開の道はないよ」と言ったのだが。

音二郎はニッコリと胸張って「昔は無鉄砲に主義主張を貫いて手痛い目に遭ったが、今は賢くなった。((さだ)(やっこ)という)素晴らしい広告塔がいるのだ。しかも、資金力のある人脈を持っている」と応えた。

音二郎が(さだ)(やっこ)を抑えられないように、(さだ)(やっこ)も音二郎を抑えられない。

現状打開を目指して、音二郎は政治活動に傾きのめり込む。

今度は合法的手段で選挙活動すると威勢よく、準備を始めた。

得意の弁舌を、あちこちで、たくみに披露する。

(さだ)(やっこ)は「どうしようもない」と笑ってしまう。

夢中になって、政治家として日本を、演劇界を変えると訴える音次郎の話を笑いながら聞き続けると、音次郎が輝いて見えるようになっていく。

困難な道だが、もしかしたら、支持を受けるかもしれない。

きっとうまくいく、やってみようと笑って頷いた。

選挙権を持っているのは税金を払っている一部のお金持ちだけの時代だ。

裕福な階層は守旧派が多い。

音次郎の政策は、革新的で受け入れられる要素は少なかった。

それでも、音次郎は、当選の見込みありと思い込んだ。

まず、裕福な層が納得する屋敷が必要と考えた。

選挙の前、1898年3月、政治家に相応しい屋敷、荏原(えばら)(ぐん)入新井村字不入斗(いりやまず)(大田区大森)の白亜の洋館に移り住んだ。

政治家としての格式を保つ暮らしでないと、当選しないはずだった。

音二郎は支援組織作りなど地道な活動は苦手で出来ない弁士だ。

新演劇の保護など高尚な政治理論を展開し、たった一人で選挙に打って出る。

(さだ)(やっこ)は、選挙資金を、伊藤博文など政府を率いる権力者や経済界で活躍する知人から得るしかない。

そんな(さだ)(やっこ)の人脈とは合わない政治を訴え、政党も支援組織を何もなく独自の政治理念を貫くのが音次郎だ。

音二郎の為に、(さだ)(やっこ)がいくら頑張っても集められる資金はわずかしかない。

第五回総選挙が始まった。

(さだ)(やっこ)は音二郎と共に選挙運動を行った。

(さだ)(やっこ)見たさに黒山の人だかりはできるが、票にはならない。

政治家、音二郎の演説を聞きたい人はわずかだった。

途中、選挙資金がなくなり、また、音次郎は、(さだ)(やっこ)の言うことを聞かず、手当たり次第に借金する。

結局、借金で選挙運動を行い、予想通り落選。

(さだ)(やっこ)は「政治を志すのは失敗。もう選挙はだめ」と音次郎に言った。

だが、選挙後成立した伊藤内閣は、わずか半年で総辞職。

8月に第六回総選挙が行われる。

音二郎は「支持者は増えている。これは天の助けだ」と懲りずにまた、立候補した。(さだ)(やっこ)もだめだろうとは思うが、借金の額を思うと藁にもすがる思いで、選挙活動した。

当選して欲しかった。

やはり、浮ついた自分かってな夢でしかなく、現実は厳しく、またも落選。

さらに増えた借金が残っただけだ。

(さだ)(やっこ)は二度の失敗で、音二郎の壮大な夢は楽しいけれど、実現は難しいと身をもって知る。

音二郎は現実を真正面に受け止め進むのではなく、まず夢が先にあり突き進んでしまうのだ。

 共に手を携えて24時間働いたことはなかったが、選挙期間はいつも一緒だった。

音次郎の人となりを見続けた貴重な選挙期間だった。

「借金だけが残ったね。仕方がないわね」と(さだ)(やっこ)は開き直って大笑いした。

金も力もあり希望を叶えてくれた伊藤博文とは違うのだと、自分を諌める。

これからを思い、音二郎を改めてじっと見る。

黙ってついていけば、奈落の底に行きかねない、危なっかしい夫だった。

すぐに執拗な借金取りが昼夜を問わずやってくる。

想像を超えていた。

今まで知らなかった事態だ。

貞奴は、たまらず「(音二郎が)無謀な選挙に出た為にこんなことになってしまったのよ。どうするつもりなの」とさんざん文句を言う。

苦労に苦労を重ねて作った川上座を手放すしかない。

(さだ)(やっこ)の衣装も、装身具も、何もかも手放した。

常に強気の(さだ)(やっこ)だったが、取り返しのつかない失敗をしてしまったのだと、やけくそになる。

その日食べることも事欠くようになってしまったのだから。

(さだ)(やっこ)には貧乏の経験はない。

初めての失敗の衝撃は大きくのしかかり、心の準備ができるまで音二郎を追及し口汚くののしるしかなかった。

音二郎も落ち込んだ。

だが、借金取りが来るとすぐに隠れる。

表に立つのは(さだ)(やっこ)だ。

どうにかこうにか言い訳し、追い返すのが、度重なる。

借金取りも、後光がさす輝きを持つ(さだ)(やっこ)を前にすると後ろに控えているものの怖さを感じ強くは言えなくなるのだ。

(さだ)(やっこ)は返す見込みのない借金に「申し訳ない」と肩を落とす。

そのうち、執行吏(裁判所執行官)が押し寄せ、催促と取り立てが行われる。

(さだ)(やっこ)の後光は意味をなさなくなって、決められたとおり、破産する。

ようやく(さだ)(やっこ)は「夫婦って、良い仕事をする夫と支える内助の妻で成り立つはずと信じていたけど、戦友であり同志として生きるしかないんだ」と悟る。

音二郎を信じ支えることは破滅に繋がり、自分の意志で決定するしかないのだ。

ここで踏ん切りをつけ、度胸が座った。

「誰にも負けない芸者芸を持っている。最後には芸が身を助ける」と揺るがない自信を胸に秘め、堂々と前を向く。

音二郎は悲惨な状況を打開するために必死であがいている。

「もう少しは、音二郎のほら吹きの夢にとことん付き合いましょう。生きる道は私が創る」とニコっと笑う。

いざとなれば自分で稼ぐ決意ができた。

何時でも一から出発できるのだ。